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「隣座っても良いですか?」
こういう時は断れとアルツに言われたな、と思っているうちに少年はわたしの向かいの椅子に座った。
良いってまだ言っていないのだけど、どうしよう……。
わたしが首を傾げて少年を見ると、少年はちょっと顔を赤らめた。
「ごめんなさい。ちょっとお話しがしたくて。僕はケニスと言います。貴方は薬術師様ですよね」
ケニスと名乗る少年は、そういうとわたしの傍らにある鞄を見た。これは普通、薬術師が薬を持ち運ぶ際に使う鞄である。
わたしにとっては、とても大切で身近なものだが、一般の人にはこれが薬を持ち運ぶ為の鞄だとあまり知られていないので、わたしは少し驚く。
「ケニスさんの身近な人が、ご自宅でお体を患っているのですか?」
「ケニスと呼んでください。――良く分かりますね」
この鞄を知っているということは、こういった鞄を見たことがあるということで、こういう鞄を見たことがあるということは、薬術師が自宅に往診に来るということだ。
「姉が肺血病に掛かって長いんです。往診に来てもらって薬を処方されていますが、最近効きが悪いような気がして……。出来たら薬術師様に、少しお話を聞いて欲しいんです」
「担当の医術師に相談されたのですか?」
「はい。でも治療に長く掛かる病気だからと取り合ってもらえなくて……。本当に大丈夫なのか心配なんですけど、他の医術師に相談するのも難しくて」
治療する場所が教会の医療院だけだと、他の医術師に相談するのは心情的に難しい。こういうときに、街に他の治療院があれば良いのだが、先日のトベリウスのようなところは例外で、医療院がしっかり整備されている街では治療院があまり流行らないため、治療院自体ない街も多いそうだ。
「実際に患者さんを診せていただかないことには、何も言えないのですが……」
申し訳ないがそれだけの情報では、助言をすることすら出来ない。
「では、僕の家に来てもらって姉を診ていただくことは出来ませんか?」
「――すみません、わたしは薬術師なので医術師の診断がなければ、薬を処方することは出来ないのです」
アルツがいなければ、わたしは薬術師としても役立たずなのである。これがわたしではなくアルツなら、青銅の薬術師のメダルも持っているので、簡単な薬の処方は出来るのだが……。
自分の不甲斐なさと、アルツに自分が必要ないことを改めて思い知らされた気がして、わたしは内心ひどく落ち込む。
すると違う方向からまた別の声が聞こえてきた。
「それなら、私が診ましょうか?」
振り返ると、黒髪を撫で付けた眼鏡の男が近付いてきた。
「私は黒銀の医術師 タックと言います。休暇中の身ですが、私で良かったらお姉さんを診させてもらいますよ」
男は懐から黒く変色しているメダルをちらりと見せ名乗る。ケニスは顔を輝かせて立ち上がった。
「本当ですか! 是非お願いします」
わたしはその様子を見守っていたが、首に掛けているアルツにもらった首飾りとメダルを両方外し、メダルの方だけを掲げた。
「わたしは黄金の薬術師 シアルフィーラと言います。わたしのパートナーは白金の医術師なのですが、只今外出中なので、彼が戻るまで待ってもらえませんか?」
わたしがケニスそう提案すると、黒銀の医術師 と名乗った男タックは、不愉快そうに顔を歪める。
「君は黒銀の私では力量不足だと言いたいのか?」
「いいえ。ただ薬を処方するなら、初対面の方よりパートナーの医術師の診断を仰ぎたいのは薬術師として当たり前なのではないでしょうか?」
「その通りだが、今そのパートナーは居ないのだろう。私しか居ないのだから、しょうがないではないか」
「肺血病はそこまで一刻を争う病ではありません。わたしのパートナーを待っていただいても支障は無いと思います」
わたしと彼との睨み合い――っと言ってもわたしは別に睨んでいないのだが、にケニスは右往左往していたが、わたしに申し訳ないような顔をして、
「すみません、それならばタックさんだけうちに来ていただくと言うことでも良いでしょうか? 薬はまだあるので、担当の医術師の診断が問題ないかの診断だけで結構なので…」
わたしに頭を下げ言ったが、途端にタックは面白く無さそうな顔になり「それならば自分は行かない」と言い出した。薬術師が付き添わない診断はしたくないらしい。
わたしはしばし考えるが、小さく息を吐きケニスに紙とペンを渡した。
「それではここに貴方の住所を書いて頂けませんか? 行き先を告げずに出掛けては連れが心配しますので」
アルツに心配を掛けてしまうのは申し訳ないが、このまま彼らを放っておくわけにはいかなかった。ケニスに書いてもらった住所の下に、理由を簡単に書いて宿屋の受付の人に言付けを頼む。
この行動が正しくないことは分かっていたが、ではどのように行動すれば正しいのか、わたしには分からなかった。




