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サルトの街に着いてから、アルツはやけに落ち着かなかった。ずっとキョロキョロと周りを見渡して、短い黒髪の女の人を見掛けてはビクッと反応している。
「――この街にどなたか友人でもいるのですか?」
ちょっと声がつっけんどんになってしまったが、仕方がないと思う。だってわたしはすごくヤキモチ焼きだから。
「えっ! なんで分かったの?」
「わたしだって、アルツの様子が何時もと違うことぐらい分かりますよ」
「えっ! そう? ふふ、それってちょっと嬉しいかも。あっ、この店プリン美味しそうだよ。シア、頼んでみる?」
アルツはいまだにわたしを12歳の子どもだと思っているふしがある。プリンはもちろん大好きだが、アルツが作ってくれるからこそ大好きなわけで、何でも良いわけではないのだ。アルツはそういうことが分かっていないと思う。
わたしがジトッと目線を外さずアルツを見つめていると、アルツは頭をぽりぽりと掻いた。アルツはわたしに嘘を付かないが、他の事で煙に巻いて誤魔化すことは良くする。甘いもので誤魔化そうとするなんて、奥さんに対して失礼千万だと思う。
「え~っと。知り合いというか、昨日話した仕事を手伝ってくれた仲間がこの街に住んでるはずなんだよね。ちょっと会っちゃいそうでビクビクしてたんだ。挙動不信だったよね、心配させてごめん」
そういってアルツはわたしに向かって手を合わせるが、わたしはその内容に驚いていた。
「そんな大切な人達に会いに行かなくていいんですか!?」
昨日二人きりの時、トリベウスで約束してくれてた通りアルツが4年間何をしていたか、大まかな内容だけ話してくれた。あまりに困難な仕事内容で、それを守護騎士候補推挙の条件にしたナスカ様に怒りと、アルツに対して申し訳なさを覚えたのだが、その大変な仕事を手伝ってくれた仲間の方に会わずに街を去ってしまうなんてさせてはいけないと思った。アルツと一緒にいた仲間の方に女性がいたことは正直複雑だけれども……。
「う~ん、一応別れるときに『今生の別れだから』とは言っておいたから、別に会う必要はないよ。ってか下手に会うと『付いて来る!』って言いそうで……出来たら会いたくないなあ」
「駄目ですよ! こんな時に会っておかないと、本当に今生の別れになってしまいます。会うべきです!」
わたしの守護騎士になるということは、わたしから離れないということで、わたしは教都から離れられないから、守護騎士であるアルツは教都から離れなれないということだ。アルツ自身も分かっているからこそ仲間達に『今生の別れ』と言ったのだろう。今回の旅は本来ならありえないのだ。
この4年で面倒見の良いアルツのことだ、多くの知人友人が出来ただろう。自分の守護騎士になるため、その人たちすべてと『今生の別れ』を強要させることになってしまったことにひどく後ろめたく思う。そしてそう思いながらも、アルツを決して手放せない自分の強欲さに嫌気も感じるのだ。
だからもし、この旅で再会出来る人がいるのなら、わたしはなるべく会って欲しいと思う。わたしのことなど放っておいて良いから。
「アルツ、是非会いに行ってください、わたしは二階の部屋で待っていますから」
「う~ん。オレとしては別に会わなくても良いんだけど……。でもそうだなあ、偶然会っちゃうよりはこっちから会いに行ったほうが良いのかな?」
アルツは困ったように首を捻っている。そこでわたしは、またやってしまったと気が付く。さっきの言い方だとこれはわたしの『お願い』になってしまう。アルツは、いや神殿の神官らはわたしの『お願い』を拒否できない。気をつけようと思っているのに、気が付くとわたしはつい『お願い』してしまい、アルツを困らせている。
「わかった。じゃあ、ここの食事が終わったらちょっと顔を見せてくるよ。シア、悪いけど部屋で待っててね。この街の面白い所連れて行って上げたかったんだけど、遅くとも夕方には戻るから夜案内するよ」
「先ほど買ってもらった本を読んでますので、もっとゆっくりしていていいですよ。夕食もここなら一人で食べられますから。それよりアルツはもう食事が終わってるんですから、さっさと出かけちゃって下さい」
「えぇ~! 追い出そうとしないでよ、寂しいなあ。オレはシアとなるべく一緒に居たいの。ご飯も一緒に食べたいの。せめて部屋まで送らせてよ」
アルツは本人も言っているが、物凄く過保護だ。ここは宿の中の店だから、そこから二階の部屋に帰るぐらいわたしにだって出来るのに、何時だってわたしを一人にしないよう気を配る。薬術院で勉強している時は、一人で食事を取ることもあるのだ。密かにナスカ様が護衛をつけていたことは知っていたけど。
「結構です! わたしは今からのんびりプリンを食べるんです。アルツはさっさと出かけて下さい!」
わたしがへそを曲げてしまったことが分かったのだろう。アルツは弱りきった顔をしたが、小さく息をつくとわたしの頭を撫でながら笑った。
「了解。じゃあお言葉に甘えてもう行かせてもらうね。でも夕食は一緒に取らせてね、オレの楽しみなんだから。それからその首飾りは絶対外さないでね、外したり壊したりしたらオレに伝わるから、何事かと心配になって飛んでくるよ、オレ」
「わかりました。絶対外しませんし、心配されるようなこともしません。部屋で大人しくしていますから、とっとと行っちゃって下さい!」
「――シア、ちょっと冷たい」
アルツが泣きそうな表情になったが、わたしは心を鬼にしてぷいっと顔を背けた。だって心細そうな様子を少しでも見せたらアルツは絶対出かけてくれない。そのまま明後日の方を向いていたら、アルツが寂しそうな声で「それじゃあ、いってくるね」と去って行った。後姿に哀愁が漂っており、駆け寄って抱きつきたくなったが一生懸命我慢する。
アルツを独り占めしてはいけないのだ。わたしの為に生きている人間ではないのだから。そう何度も自分に戒める。そうしていないと、わたしはアルツにとんでもない要求をしてしまいそうで自分が怖い。自分にこんな嫉妬心や独占欲があったなんてアルツに出会って初めて知った。アルツと出会ってたくさんの大切なことを教えてもらったが、これは知りたくなかったなとわたしはため息をつく。
そこに店の店員が綺麗にデコレートされたプリンを運んできた。店を去り際アルツが注文して行ったらしい。こういった卒の無さがもてる理由の一つなんだろうな、とわたしはもう一つため息をついた。
アルツはとてももてる、それこそ老若男女大勢の人間に。それはそうだろう、今現在発行されている白金のメダルは40も無い。そのうちの3つを一人で所持しているような才能豊かな人間を皆が放っておくはずがない。わたしが薬術院に通っていた時、出て行く前にアルツが『知り合いの子だからよろしく頼む』と声を掛けて行ったらしく、アルツの友人や知人にとても親切にしてもらった。彼らはアルツにとても恩義があるそうだ。アルツは誰に対しても面倒見が良い。それを知った時、正直わたしは複雑だった。アルツがわたしにだけ特別親切にしてくれていたわけではないことを知って。
その中には綺麗な女性もたくさんいて、わたしを世話することでアルツへの印象を良くしようという下心が見え見えの人が多くいたことも、わたしが面白くなかった理由ではある。
わたしは自分の至らなさに再び大きなため息をつき、目の前のプリンを口に運ぶ。確かに美味しいけれど、アルツの作ったプリンの方が断然もっと美味しいよ。そうしみじみ考えているわたしに誰かが声を掛けてきた。
「お兄さん、そんなにため息ついてるとしあわせ逃げちゃいますよ」
栗色の髪をした10歳前後の少年がニコニコしながら傍らに立っていた。そんな話は初めて知ったが、わたしからしあわせが逃げるとアルツが困りそうなので、わたしはもうため息はつかないように気を付けないと思った。




