3-8
「やあ、アルツ。夜勤明けかい?」
廊下を歩いていると、ザットが朗らかに話しかけてくる。
「悪いが飲み会なら予定があるから行けないよ」
先手を打って断ると、ザットは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔になったが、すぐに笑って首を振った。
「いや、もう君を飲み会には誘うつもりはないよ」
「んん? 断り過ぎて気を悪くしたか?」
さすがにすげなくし過ぎたか、そう思ったオレにザットは更に首を振る。
「いいや、もう必要無いから誘わないんだよ」
「どう言う意味だ?」
「だって、君最近元気そうだから。もう気晴らしは必要ないだろう」
「――そんなに落ち込んでいるように見えたか?」
なんてことだ。ザットごときに見破られるほど、分かりやすくオレは凹んでいたのか。一生の不覚だ。
「問題が解決したのかい?」
「――事態は何も改善していないけど……そうだな、オレの考えが前向きになれたのと、癒される存在に出会えたお陰で気持ちが持ち直した、かな」
「それは良かった」
そう嬉しそうに笑うザットは、どうやらオレを心配してくれてたらしい。なにやら話しかけてくると思っていたら慰めようとしてたんだな、残念ながら不発だったが。いや、シアに会えたきっかけはコイツだったか。だったらコイツのお陰といっても良いのか?
「心配掛けたみたいだな。ありがとう」
そう言って立ち去ってしまったオレは、その場でザットが照れながら「いやあ、親友のことだもの心配ぐらいするさあ」と言っていたことを知らなかった。
「具合はどう? 何かおかしな所はない? 何度も説明しているけど、この薬は副作用が強いからちょっとでも以前と違うところがあったら教えてほしいんだ」
部屋の中に入って早々身体をいじり倒すオレに、コズミは嫌そうな顔をしながらもじっとされるがままだった。そして、オレの顔をやけにジロジロ見ている。
「どうしたの? オレの顔に見惚れてる?」
「見惚れるほどの顔だと本気で思ってるの?」
「――あ、相変わらず抉るような返しだなあ。オレの顔なんか変?」
「笑顔が胡散臭くない。何かあったの?」
本当に何時もながら抉る返しだ。オレはやっぱり相当暗い顔をしていたんだな。でも、シアのことやウテウオのことを話すわけにはいけない、いくらコズミだといえども下手に洩らせばシアに迷惑が掛かってしまう。
「ふふふ。そりゃあ、コズミが大人しく診せてくれるから。もしかしてデレ期?」
「……やっぱり胡散臭い。ここから去れ」
そんなコズミの冷たい態度にため息を付きながら、オレは彼女の身体をそっと胸の中に引き寄せた。
「やっぱり厳しいなあ。……コズミ、オレね、コズミが長く生きて欲しいってなるべく思わないようにする、ね。勿論すこしでも一緒に君といたい気持ちは変わらないんだけど、それは君が望んでいることではないんだよね。だから、オレはなるべく君の望みの邪魔はしないようにする。望みを叶えることは出来ないけど、邪魔はしない。しないから……最後まで一緒にいて良い?」
いつかオレも死んで常世で君に再び出会えても、きっと君は旦那さんと一緒にいるだろうから、君が常世に行くまでの間だけで良い、オレと一緒にいて欲しい。短くても良い、オレは君と出会えたことを喜べるような思い出が欲しい。君が逝ってしまっても悲しいことばかりじゃなくて、嬉しかったり楽しかったりしたことも思い出したいんだ。自分勝手な願いだろうか? でも、じゃないと君を失った後、その悲しみに耐える自信が弱いオレにはない。
「一緒にいちゃ、駄目かな?」
返事がないコズミに、オレはおずおずともう一度尋ねた。本当にオレは臆病者だ。
「…………あんたの勝手にすればいい」
小さな声でコズミは可愛くない返事をしたが、オレにはそれで充分だ。
「ありがとう。――勝手に、する」
そう言ってオレはコズミをギュッと抱き締める。ああ、駄目だ。言ったそばから一日でも長く君と一緒にいたいと思ってしまう。やっぱりオレは嘘つきだ。
コズミの返事に満足してしまったオレは気が付かなかった。腕の中のコズミが不安そうな顔で、オレの胸に頬を寄せていたことを。




