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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第三章 8年前 教都(前)
21/99

3-6

 図書館は万人に開かれた場所である。子どもも大人も、平民も貴族も、教師も学生も、商人も医術師も、そして身分を隠した巫女にも平等に開かれている。


「貸し出しのカードを作っておくから、自由に本を選んでいて良いよ。一人10冊までだから」

「借りることが出来るのですか!?」


 うっとりとした雰囲気で、本で埋め尽くされた棚が並ぶ図書館内部を眺めていたシアは、オレの言葉に驚いた。


「教都で働いているオレは正規の登録をしているから、オレを保証人として立てて仮の登録が出来るんだ。そのかわり本を紛失・破損したらオレに請求が来るから大事に扱ってくれよ」

「はい! 大事にします。ありがとうございます」


 夢うつつなシアを送り出し、オレは受付で急いで登録をする。シアをちょっとでも一人にするのは心配だ。探しにいくと本人の自己申告通り、薬術の棚で分厚い本を抱えて右往左往していた。


「持つよ」

「ありがとうございます。――アルツ、ここは天国なのでしょうか? わたく……わたしは幸せ過ぎて夢でも見ている気分です。それとも本当に夢なのかも……」

「プッ。夢じゃないよ。なんならほっぺをつまもうか?」

「頬をつまんでもらうと、夢が現実になる魔術があるのですか?」

「……ごめんなさい。ちょっとした冗談です」


 シアにこの手の話は通じないことをいい加減学ぼうよ、オレ。


「それよりもう十冊あるから、今回はこれだけにしておこう。貸し出し期間は2週間だから、再来週また連れてきてあげるよ」

「また連れてきて貰えるのですか!」


 そう言って、シアはひどく喜んでくれた。こんなに喜んでくれるなら、連れてき甲斐があるというものだ。ずっと嬉しそうにしていたシアだが、オレが大量の本を持つのを見て、何かに気がついたのか急に落ち込んでしまう。


「アルツ……、それだけの本を隠しておける場所がありません。失念しておりました」

「ああ、大丈夫だよ。そう思って、見えないようになるまやかしの魔術が掛かった箱を用意してきた。温室にいる時、女官は近くにいないんだろ。そこに隠しておけばいいよ」

「――!! 本当にアルツはすごい方です!」

「ははは、お褒めにあずかり光栄です。さっ、まだ時間があるし、本を借りたらお茶にしよう。今日は暖かいし、外でのんびり日向ぼっこするのに最適な秘密の場所があるんだ。シアは甘いの好きかい?」

「甘いものですか? あまり食べないのでよく分かりませんが、嫌いではないです」

「よし、それなら決定だ。借りてくるから入口でちょっと待ってて」


 そう言うと、オレは本を借りるべく受付に向かった。





「ここが秘密の場所なのですか!」


 シアがまた目を輝かせて周囲を見渡す。図書館の建物の裏手になるここは、背の高い木々や生け垣に囲まれ人目につかず、過ごしやすい時期のオレの昼寝スポットだ。今日は風もなく、日差しも穏やかだから日向ぼっこするには最高のコンディションである。


 オレは布を敷いて、シアを座らせるとお茶の準備をする。


「巫女様に出すには安い茶葉だし、お茶請けはオレのお手製だからイマイチかもだけど、今のオレにはこれが精一杯のおもてなしだから許してね」


 そう言って、焼き菓子とポットに入れてきたお茶を出す。一口焼き菓子を口にしたシアは、衝撃が走ったように体を震わせた。


「お、美味しい!!」

「あっ、大丈夫だった? 良かった良かった。それ実家の兄弟達にたまに作ってたんだよね。作ってて懐かしくなったよ」


 バターと砂糖と小麦粉を順に混ぜて焼いただけの簡単なものだが、弟妹らは喜んで食べてくれた。もっともお金が無かったから、その時作ったものはバターではなく植物油を固形化した代替品で、砂糖もこんな上等なものでは無かったが。


「こんなに美味しいものを食べたの初めてです……」

「――また作ってくるよ」


 シアは目を潤ませながら焼き菓子をほおばっている。この子がお世辞をいうとは思えないから、本当に初めてなんだろう。神殿、シアに何を食べさてやがるんだ!? 色々教育的指導をしたくなってきたのと同時に、シアにたくさん美味しいものを食べさせたくなってくる。


「ニャー」


 まったりしていると、甘い匂いに誘われてきたか「仲間にいれてくれ」と言わんばかりに茶トラの子猫が寄ってきた。シアはその姿を見た途端、身体がカチコチに固まる。


「猫、見たこと無い?」


 だんだんオレもシアに慣れてきて、これぐらいでは驚かない。


「こ、これが猫ですか?! な、なんとも言えない姿かたちをしていますね」


 どうやら警戒しているらしい。見ず知らずの男には警戒しなかったのに、子猫に警戒するとはこの子の生存本能はあまり上手く働いているとは言えないな。オレは苦笑しながら人馴れした子猫を抱き上げ、シアの膝の上に置いた。


「――!!」

「大丈夫だよ。ノドの下を優しく撫でてごらん」

「は、はい…………。アルツ! 不気味な音がこれから漏れ聞こえてきます!!」

「ぷっ。『撫でられて気持ち良い』って喜んでいるんだよ。顔が嬉しそうだろ」


 オドオドしながら撫でていたシアも、オレのこの言葉に安心したのか落ち着いて子猫を撫で始めた。


「温かいです」

「子猫は体温高いしね。焼き菓子あげてごらん」

「わっ! 食べています。か、可愛い?」

「……何故疑問形」


 シアの顔がとても柔らかくなっている。シアと子猫の交流を見て和やかな気分になったが、痩せた子猫の姿からコズミを思い出し、また少し気持ちが沈んでしまう。コズミは明るい中で服は決して脱がない。だから目で見て確認しているわけではないが、その身体がどんどん痩せていくのは分かっていた。病が彼女を巣食っているのだ。


「アルツ?」

「ああ、ごめん、ちょっと呆けてた。大丈夫だよ」


 シアは、黙ってじっとオレを見つめる。相変わらず無表情なのだが、オレを心配してくれていることがなぜか良く分かった。


「――貰った薬とても良く効いたみたいだ。改めてお礼を言うよ、ありがとう」

「副作用は大丈夫でしたか? 奥様」

「今の所は特に目立った問題はないみたいだ……って奥様ぁ!?」


 思わず口に含んだお茶を吹き出す。それに驚いて子猫が逃げてしまった。シアがちょっと名残惜しげだ。


「シアはオレが幾つに見えるわけ?」

「わたくしにそういった判断が出来るとは思えません」

「そりゃそうだけど妙に自信満々だね。老けて見られがちだけど、オレは17歳だからまだ結婚出来ないよ。男女とも成人は16歳だけど、男が結婚できるのは18歳から。ちなみに女の子は16歳からだからね」

「そうなのですか。勉強になります」


 ふむふむと感心するシア。なんだか言動が更にヘンテコだけど、もしかして気を使ってくれてるんだろうか? オレはくすぐったくて、ちょっと笑ってしまった。


「コズミは……、彼女は奥さんでも恋人でもないよ。単なるオレの片思い。彼女は今でも5年前に亡くなった旦那さんを思い続けてるんだ。だから、病気で自分が長くないのを逆に喜んでる。『やっと常世であの人に会える』ってね」


 オレは何12歳の女の子相手に愚痴ってるんだ。そう思うが口は止まらず喋り続ける。


「道端で倒れているのを見つけてね。行きがかり上介抱したのが彼女との出会い。なんで倒れてたと思う?」

「――ご病気のせいではないのですか?」

「ふふふ。お酒を飲みすぎて泥酔してたの。……痛みから逃れるために酒を浴びるように毎日飲んでいたらしい。そんなに痛いのに病院に行かないんだ。行かなければそれだけ早く旦那さんに会えると思ってるみたい。――もう、行っても医術師が彼女に出来ることって言ったら、痛み止めを処方するくらいだけなのにね」


 はあ、駄目だ。何沈み込んだ顔をこんな小さな子に見せてるんだ。優しい子だからこの子にまで心配を掛けちゃうだろう。コズミの前では幾らでも本心を隠してヘラヘラ笑っていられるのに……。

 そうだよ。コズミ、オレは嘘つきだ。何時も「オレを置いて死んでしまわないでくれ」なんて情けないことを言って縋りつきたいのに、格好をつけて君の前では笑って見せてる臆病者の嘘つきだ。


 ふと、首が優しく撫でられた。

 シアが恐る恐るオレの首に触れていたのだ。オレが気付いてシアを見ると、シアは心配そうな顔をしてオレに聞く。


「気持ちよくないですか? 嬉しくないですか?」


 ぷっ、オレ猫じゃないんですけど。苦笑したくなったが、シアの気持ちが嬉しくて思わずその小さな身体を抱き寄せた。


「ありがとう。心配してくれて」

「どっ! どういたしまして、です」


 コズミの身体は抱き寄せるとひんやりしていて、オレは何時もコズミに近づく『死』を感じて恐ろしかった。でも、今腕の中にいるシアの身体は子ども特有の熱っぽさがあり、とてもほっとする。小さな女の子に愚痴ったり慰められたりと本当にオレは情けない。そう思うのだが、オレはシアの熱がオレの何かを溶かしてくれている気がして、長い間その暖かな身体を離すことが出来なかった。



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