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ある程度回復したシアを連れて宿に戻った。まだ本調子ではないようなので、無理やり寝台に寝かせるとシアは気鬱そうにため息をつく。
そんな顔をしても駄目ですよ~。旦那様は過保護なんで~す。奥様は大人しく看病されててくださ~い。
「すいませんでした」
オレが甲斐甲斐しくシアの世話をしていると、小さな声で謝る。
「シアの世話は楽しいから、謝る必要はないよ」
オレがニッコリと笑ってわざと意味を取り違えると、素直なシアは首をふるふると振って否定した。
「違います。いえ、このことも申し訳無いのですが、先ほどの……。わたしはアルツに迷惑ばかり掛けています。なんの役にも立てないのに」
オレは寝台に座り、シアのおでこを撫でてそこにキスをした。
「オレは、シアがオレのために怒ってくれて、すごく嬉しかったよ」
そう正直に告白すると、シアは頬を赤らめる。あそこまで怒るシアは珍しい。言葉使いが元に戻っていたから、相当テンパってたんだろう。
しかし最近は大分くだけた物言いになってきたと思ったけど、やっぱり素ではあの口調なんだな。
「でも、そうだな。一つ忠告すると、あの手の人間に苦言を呈しても大概無駄に終わるよ。馬耳東風、豚に真珠って言ってね。あっ、豚はあの百貫デブにぴったりだけど、違う意味か!」
オレがふざけた物言いをすると、シアの強ばった顔が少しだけ緩んだ。
そうだ、君があのデブのことで気を煩わせることはない。『癒しの術』を施す価値なんてジジィにはなかったんだ。でも、あのままだと君の心は何時までも痛むんだろう? オレは君のその慈悲深い心を愛しているけど、同時にとても疎ましい。
「……抱きしめてもらっても良いですか?」
揺れる瞳でオレを見つめ、そんなお願いをするシアにオレはドッキドキだ。ときめきながらシアの隣にもぐりこみ、その身体を抱えると、シアはオレの胸に頬を軽く擦り付け、深く息をついた。
「気持ちいい……」
ドッカーンと今オレの理性、飛びそうになったよ? ドキドキしてるよ! もうドキドキが止まらないぃ! ちょっと待て、オレ。止まれるよな、オレ? シアは今男の身体だぞ、理性を飛ばしてどうする? どうにもならないぞ? んん、でもちょっとさわるぐらいな……、いやいやいやいやだから待てくださいよオレ!! お願い、戻って来て! 理性ぃぃ!
オレの心中の錯乱に気が付かないシアは、落ち着いた声で話を続ける。
「わたし、ひどいんです。4年前わたしが考えなしに、貴方に『守護騎士になって欲しい』なんて願ったから、この4年間貴方は、わたしに教えられないようなたくさんの苦労や危険を冒してきた。後悔してるんです、あんな願いをしたことを。でも、今ここに貴方がいることがひどく嬉しくて、後悔しているはずなのに、やっぱり貴方にわたしの守護騎士でいて欲しいと願ってしまうんです。せめて、せめて何か貴方の役に立ちたいのに、わたしは貴方の足をひっぱることしか出来なくて……」
シアの真剣な話に、オレはなんとか煩悩を押し込める。いまマジで危なかった……。
「4年間何をしていたのかは少しずつ話すよ。でも、勘違いしないで。確かに君が願ったことだけど、これはオレの願いでもある。君が願ってくれなかったら、オレの願いは叶わなかった。
オレは君に感謝しているんだ。君はオレに生きる意味をくれた。
4年間、苦労や危険が全くなかったとは言わない。でもその苦労や危険もひっくるめて、シアを愛せることがオレの幸せなんだ。オレのことを思ってくれるなら、もっともっと笑って。シアが笑って幸せになってくれたら、オレももっと幸せになれるから」
笑ってそう話すオレに、シアは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
そのしあわせそうな笑顔を、一瞬でも長く見つめたいとオレは心底願う。




