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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第二章 商業都市 トリベウス
10/99

2-7

 早めの昼食を終え、ガレルド監視院長を医療院の入口にある待合室で待つことにする。


「こうしている間に、証拠品などを処分されてしまわないのですか?」


 シアが疑問をぶつけてきた。4年前はこんな質問をしてくることはなかった。シアの成長にこっそり感動しながらオレは答える。


「動いてくれればありがたいね。

 今、教会もここの医療院も完全な監視下にある。証拠を隠滅しようとすれば一発でばれて、問題解決だ。まあ、ちょっと知ってる人間なら大人しく待ってるだろうよ」


 そう説明するオレをシアはしばらくじっと見ていたが、ふっとため息をつく。


「4年間、こういうことをしていたんですか?」


 シアはオレが4年間何をしていたのか全く知らない。いくら聞かれてもオレもナスカも一切口をつぐんでいた。


「色々していたことの一つではあるね」

「その色々を教えてはもらえないんですか?」


 シアがオレを睨んでいる。睨んでも可愛い顔にオレはときめいてしまったが、真剣なシアに失礼なので態度に出ないよう我慢する。


「まあ、おいおい話すよ。あんまり聞いて楽しい話でもないからね」


 話しを濁すオレに一瞬悔しそうな顔をするが、シアはとりあえず聞き出すことを諦めてくれたのか、もう一度深くため息をつく。



「四年間危ないことをしてきたんですね。こんな――教会の不正を暴く仕事だなんて危ないことを。わたしが……、わたしが無茶なことをいったばかりに……」


 暗い顔で涙を浮かべるシアに、オレは焦って大声で言いつのる。


「なっ! こんなこと危険でも何でもないよ!! こんな仕事で危険な目に遭うなんて失態、オレがするわけないじゃないか。監視官の仕事は監視官の特権が便利だから受けただけで、片手間にやってただけだよ。もうほんと、ちょろい仕事だったんだから!」

「ほう。お前はちょろい監視官の仕事を、適当にやっていたのだな、アルツ=ウィルニゲスオーク」


 ぎくりと振り返って見ると、そこにはいかにも堅物で生真面目そうなおっさんが、一人で立っていた。


「――ご無沙汰しています。ガレルド監視院長。視察なのに部下も連れずにお一人でこられたんですか?」


 オレが気をとりなおしてニッコリ笑いかけても、全くの無表情だ。本当に無愛想なおっさんだよ。


「お前が現れたと報告があったからな。お前がいるなら他の奴らは必要ないだろう、アルツ=ウィルニゲスオーク」

「……いい加減、本人も忘れそうな長ったらしい家名省略して貰えませんか?」

「ダイロン神官長を治療院に連れて行きたいと、こちらの医術師から嘆願があった。お前が絡んでいるようだが、どういうことか報告しろ」


 人のお願い無視したよ! 相変わらずだよ、このおっさん。

 ガレルド監視院長がオレをフルネームで呼ぶのは人前だけだ。つまり名家の家名を面倒くさがるオレに対する、単なる嫌がらせである。


「ダイロン神官長が一刻を争う病である可能性があります。査察を見送り治療を優先させるべきかと」

「なぜ、こちらの医療院ではなく、わざわざ治療院でなければならない?」

「こちらの設備は万全ではありません。教都の医療院が一番良いのですが、そちらに行くまで持たない危険性があります」


 ガレルド監視院長は、ただでさえ深い眉間のしわを更に寄せ、「ふん!」と鼻から息を吐いた。


「トリベウスの医療院が酷い状態だと聞いていたが、そこまでとはな。それを聞いたダイロン神官長から、『下らぬ世迷いごとなので、気にせずそのまま査察を続行して欲しい』と嘆願を取り下げる連絡がきたそうだ」


 百貫デブめ! あれだけわかりやすい自覚症状が現れているのに、まだなんでもないと言い張る気か。


 ダイロン神官長と話した後、知り合いの医術師ザットに声を掛け、最近のダイロン神官長の状態を確認した。それとあの不自然な失語をあわせて考えると、脳の血管に血の塊が詰まってしまう病気の疑いが強い。

 やっぱり、血がドロドロだったな、あの肥満体。本人に治療を拒否されてはこっちも何も出来ない。かくなる上は……


「そういうことなら急いでふんじばって、治療院に監視官つきで押し込めることにしますか。死なれたり植物人間にでもなられたりしたら、査察がパァですよ」

「そのつもりで、ここに来たのだろう。それより…」


 ガレルド監視院長はそういうと、オレの隣にいるシアに視線を送くり、声を潜めた。


「失礼ながら、血縁者の方とお見受けいたしましたが…」


 オレに対する態度と全然違う。四角四面のおっさんにとっては、癒しの巫女の血縁者なんて神のごとく崇める対象なんだろう。シアはどう答えて良いのか判断が付きかねたのか、オレに視線を送る。オレはガレルドのおっさんにだけ聞こえるよう声を落とした。


「黄金の薬術師 シアルフィーラ様です。事情があって母君のもとへ行かれることになり、私が同行を指示されました。この件はナスカ大神官のみ関知しておりますので、どうかご内密に願います」


 シアが行方不明のアルトサージュの息子であるという設定を作ったのはナスカだ。そのお陰でシアは身分と性別を偽って薬術師のメダルをとることが出来た。行方不明のアルトサージュが実は生きていて息子を作ってたなんて大スキャンダルなので、その設定も神殿の長である大神官の奴らや、その大神官さえ罷免する権限を持つガレルド監視院長といった、ごく一部のお偉方しか知らされていない。


「貴方が、あのお方のご子息でしたか……。話は伺っていたのですが、そうですか……」


 ガレルド監視院長はやけに感慨深げにシアを眺めている。対するシアは嘘っぱちの設定に居心地が悪そうだ。ちなみに、守護騎士が誰なのかは大神官しか知らないので、ガレルド監視院長はオレがアルトレーシアの守護騎士であることを知らない。シアに薬術師のメダルを取らせてくれたことはナスカに感謝しているが、このしち面倒臭い設定に正直ウンザリだ。


 ガレルド監視院長は目を細めてオレを睨み付ける。


「ナスカ大神官は、お前を使って一体何をしようとしているんだ?」


 そんなの、シアを守ろうとしてるだけに決まってるじゃないか。そう心の中で答えながらオレは手をパンと叩いた。


「はい! そこ! 深く追求しない! さあさあ、百官デブでもとっ捕まえに行きますよ、ガレルド監視院長」


これでトリベウスでのオレの仕事はおしまいだ。




 脳梗塞でも、生活習慣病が原因のアテローム血栓性脳梗塞を参考にさせていただきました。脳梗塞でも色々種類がありますので、脳梗塞=不摂生な生活と誤解されないようお願いします。

 また、わたし自身医療知識が皆無です。おかしな点が多々ありますが、お目こぼしいただけると嬉しいです。

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