第19話「完璧な偽造書類」
封筒は薄かった。
ユースは受付台の上に置かれた内部便を手に取った。宛名は「第三窓口臨時担当」。差出は財務監督院法務局。
昨日の予備照会と同じ筆跡だった。
セフィアが横から覗き込む。
「……もう来ましたね」
ユースは封蝋を確認した。法務局の正式紋章。封蝋の位置、紋章の角度、封緘紐の結び方。すべて規程通り。
開封する。
中から出てきたのは、勇者パーティー関連の補給再認可申請。正式申請だった。
*
書類の束は七枚。
ユースは一枚目を広げた。
申請者名、案件番号、適用法令、日付。すべて正確に記載されている。
二枚目。添付書類一覧、参照条文の引用、過去案件との関連付け。引用条文の号数まで合っている。
セフィアが自分の手元で教会側の照合台帳を開きながら、ちらちらとユースの手元を見ていた。
三枚目。
四枚目。
五枚目。
六枚目。
七枚目。
ユースは最後の一枚まで目を通し、そのまま束を揃えて机に置いた。
セフィアの視線がユースの横顔に止まった。
「……不備、ないんですか?」
声が小さかった。昨日のギデオンの訪問を知っているからだ。
ユースは答えなかった。
もう一度、一枚目から順に確認する。今度は速度を落として。
一枚目。
二枚目。
三枚目で、ユースの指が止まった。
*
動きは、ごく短かった。
ユースは束から三枚目だけを引き抜いた。
裏返して、机に置いた。
それだけだった。
セフィアの目が、わずかに見開かれた。
ユースは引き出しから差戻し票を一枚取り出し、案件番号と日付を記入した。差戻し理由欄には、規程上の条項番号を一つだけ書いた。
それ以上は何も書かなかった。
裏返した三枚目を差戻し票に添え、残りの六枚を元通りに束ねて封緘した。
「差戻しです」
ユースの声は、いつもの温度だった。
セフィアの視線は、六枚に減った束と、机の上に裏返されたままの一枚との間を行き来していた。
さっきまで七枚だった。今は六枚と一枚。その一枚だけが、表を伏せられている。
「……ユースさん」
「はい」
「今の、私には分かりませんでした」
ユースは差戻し封筒を内部便の発送棚に入れた。
「分からなくて正常です」
それだけ言って、次の案件に手を伸ばした。
セフィアは何か言いかけて、やめた。
代わりに自分の手元の照合台帳に視線を落とした。
窓口の奥で、綴じ紐を通す乾いた音だけが続いた。
*
差戻し通知が法務局へ戻ったのは、その日の午後だった。
夕刻前に、旧棟の廊下を見慣れない男が歩いてきた。法務局の事務服。胸元の局章は下位職員のものだった。
窓口の前で立ち止まり、番号札を取った。
ユースが呼ぶ。
「二十三番の方、どうぞ」
男は差戻し封筒を持っていた。未開封ではない。中身を確認したうえで来ている。
「あの……差戻しの件で伺いました」
丁寧だが、声が硬い。
「差戻し理由について、もう少し詳しくご説明いただけないかと」
ユースは差戻し票の控えを引き出した。
「理由は書面に記載の通りです」
「それは拝見しました。ですが、条項番号だけでは……具体的にどの箇所が」
「該当条項をお読みください。照合すれば特定できます」
男の顔が強張った。照合すれば特定できる、ということは――自分たちで探せ、という意味だ。
セフィアが柔らかく口を添えた。
「条項の解説が必要でしたら、教会書庫に注釈付きの写本がございますよ。閲覧申請は三番窓口ではなく教会総務へどうぞ」
笑顔だった。
男は何も言えなくなった。
「他にご用件がなければ、次の方をお呼びします」
ユースの声に感情はない。
男は差戻し封筒を抱えたまま、番号札を返却口に入れて去った。
足音が廊下の角を曲がるまで、ユースは次の帳票に目を落としていた。
*
その夜のことは、ユースの耳には届かない。
ただ、翌朝の旧棟には小さな変化があった。
セフィアが朝一番に受付台の内部便を確認したとき、法務局からの新しい照会や再申請は、一通も届いていなかった。
「来ませんね」
セフィアが言った。
ユースは受付台の帳票を揃えながら、短く答えた。
「偽造を直す気なら、もう一度送ってきます。来ないということは、別の手に切り替えたということです」
セフィアの指が、照合台帳の上で止まった。
「……別の手」
ユースは窓口の奥に目をやった。保留棚には、昨日の予備照会がまだ回答期限内で眠っている。
朝の光が受付台を横切った。
帳票の角が白く光り、影が保留棚の方へ長く伸びている。
「次は、窓口で止められないものが来ます」
ユースの声は平坦だった。
セフィアは「窓口で止められないもの」という言葉を、声に出さずに繰り返した。
その意味を、まだ正確には掴めていない。
ただ、ユースが窓口の外を見ているのだけは分かった。
受付台の向こう側ではなく、もっと上――制度を作る側を。




