いつか別れるその日まで
ちらほらと雪が降ってきた。
駅までの道を傘も差さずに妻と歩く。
俺も妻も一言も口をきかなかった。
いつもは並んで歩くはずの妻が、この日だけは少し先を歩いている。
俺は妻の背中を見つめた。
妻が行ってしまう。
そう感じていた。
俺も妻も分かっているのだ。
これが共に歩く最後の道だと。
駅前の広場に出るとすでに雪は薄く積もり始めていた。
舞い降りてくる雪も少しずつ大きな塊になりつつある。
俺は未練がましく妻に声をかけた。
「綺麗な雪だな」
俺の言葉に妻は少しだけ立ち止まって空を見上げたけれど、すぐに何も言わずに歩き出した。
俺はまた黙って妻の背中を追う。
改札をくぐり階段を降りた先の駅のホームには、あっさりと妻の待つ電車が到着した。
別れを惜しむ暇もない。
だけど電車に乗り込む直前、妻は一度だけ振り返り、俺に何かを差し出した。
それは1本の折りたたみ傘だ。
俺は黙ってそれを受け取る。
そして妻は俺に背を向け電車に乗り込むと、そのまま旅立って行った。
さよならも言わずに。
二度と戻ることのない永遠の旅路へ。
今生の別れだ。
俺は妻を乗せた電車が見えなくなるまで見送ると駅を出て、ここまで来た道を引き返した。
先ほど妻と2人で歩いたばかりの道を今度は1人きりで歩く。
雪はさらに強くなっていた。
帰りに濡れるからこれを差すようにと、妻は傘を手渡してくれたんだろう。
傘には妻の手の温もりがまだ残っている。
俺はその温もりが消えてしまうことが怖くて、傘を差すことが出来ずに雪をかぶりながら帰り道を歩いた。
さびしくて、悲しくて、涙が溢れてくる。
1人になった帰り道で俺は通行人の目も気にせず、雪に濡れて泣きながら歩き続けたんだ。
☆☆☆☆☆☆
目が覚めると妻が隣で静かに寝息を立てていた。
まだ残暑の居座る9月の真夜中だ。
俺は眠っている妻の顔を見つめた。
いつか必ず別れの日がやってくる。
どちらかが取り残される。
普段は考えもしないそんなことを思い、俺は怖くなった。
こうして隣にいるはずの妻が影も形も無くなり、その後はずっと妻のいない日々を過ごすことになる。
夢で見た雪の中の帰り道のような気持ちで生きていかねばならないんだ。
あるいは俺が先に逝き、妻がそんな日々を過ごすことになるのかもしれない。
俺は妻を起こさないよう、そっとその髪を撫でた。
いつか死に別れるその日が来たら必ず後悔するだろう。
もっと妻に愛を注げばよかったと。
だからその日に備えて、少しでもそんな気分が軽くなるよう、生きてこうして共にいる間に精一杯の愛を伝えよう。
でなければ必ず俺は悔やむことになるのだから。
夢の中のような冬の日だったら寝ている妻をそっと抱きしめるところだけど、今は暑がるからこれくらいにしておこう。
そう思い、俺は妻の手を静かに握るのだった。