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エピソード7 狼と兵士Ⅲ

 大陸歴1650年 冬 ロウワン交易都市 


 街灯のない暗がりに、湿った空気が重く垂れ込めていた。石畳の路地に一筋の灯が揺れる。静かなざわめきが周囲を包み込み、誰もがひそひそ声で話している。


「この辺りが魔薬の流通ルートなんだな」


 エイデンは険しい目で周囲を見渡す。彼の傍らには、カイルがいた。


「街の外への密輸も増えているらしいく、不審な荷馬車も確認されています」


「門は閉じてるだろ。衛兵は?」


「まぁ十中八九、賄賂でしょうね」


「腐ってやがるな」


「なら、俺たちの仕事は明確。徹底的に摘発するこれ一択っす」


 カイルの声に迷いはない。


 彼らの姿は、市井の者たちには厄介者そのものだった。錆びた革の手袋に手を包み、銃を腰に携えながらも、彼らは表情を変えず冷静に捜索を続ける。


「それで情報は確かか?」


 エイデンが路地の先を指さす。そこには一件の古びた宿屋があった。


「あの地下で魔薬の製造と取引があるとタレコミは貰ってます。昼間は隠していますが、夜になると取引所が姿を現すそうで」


「用心深い奴らだ。だがあの魔薬は危険すぎる。取り締まらなければ、街は滅びる」


 沈黙の中、エイデンが一歩踏み出した。


「よし、行くぞ」


 二人は闇に紛れて屋敷へと向かう。


 屋敷の裏口には二人の見張りが立っていた。だが、エイデンたちは音もなく近づき、瞬く間に捕らえた。


「動くな」


 エイデンの声が静かにしかし冷酷に告げる。


 両名を拘束した後、中へと踏み込むと、地下への扉がひっそりと開かれていた。そこから漏れる薄明かりと、甘く腐敗したような匂いが鼻をついた。


 地下は狭く薄暗く、棚に無数の瓶や袋が並べられている。小さな炉では液体がグツグツと煮え、奇妙な色の煙が立ち昇っていた。


「これが、魔薬か……」カイルが呟いた。


 その時、背後から足音が近づく。取引相手たちが現れ、瞬時に緊張が走った。


「誰だおまえら!」


「ッチ!」


 カイルが瞬時にナイフを抜き一番前にいた男の腹を突き刺したそのまま横へと蹴り飛ばす。


 それに続く形でエイデンが棚の瓶を後方の男に投げつけ怯んだ隙に接近すると流れるように投げ飛ばした。


 その一瞬の出来事に一番後ろにいた売人は腰を抜かしたのだろう。口が閉じられないでいた。


「魔薬は全て没収する。貴様らには取引に関することを洗いざらい吐いてもらおう」


 摘発が終わり、街に戻った二人の表情は重かった。


「これだけじゃ足りない」


 エイデンが拳を握る。


「魔薬の流通ルートは幾重にも張り巡らされている。地下組織の根を断たねば」


 夜が更け、静寂が街を包み込む頃。エイデンは私兵の詰所で一人、装備を整えていた。

 

 そこにカイルが部屋の入り口から入ってくると心配そうにエイデンを見ながら声をかける。。


「エイデンさん。少し休んで下さい。もう三日三晩、働いてますよ」


 だがエイデンは首を振った。


「俺たちが止めなきゃ、街は壊れていくんだ。魔薬のせいで、また一人、誰かが命を落とす」

 

「しかし、身体を壊せば元も子もないっす。オーエン隊長やハリス副長も動いてますからここは…」


「それでもこの調子で摘発を続けていれば、きっと変わるはずだ」


「エイデンさん…」


 エイデンは自分に言い聞かせた。


 しかし、翌日の午後、街は突然騒然となった。


 帝国軍駐屯部隊の指揮官率いる一隊が、突如姿を現したのだ。彼らは装備を整え、整然とした足取りで街中へと進入していく。


「なんだ、あれは……」


 エイデンが眉をひそめた。


「帝国軍が、介入するとは聞いてません」


 カイルが言葉を続ける。


 その指揮官はエイデンたちに向かい、厳しい表情で告げた。


「私は帝国軍ガルドス駐屯部隊の指揮官アゼルだ。これより魔薬取締の指揮権を、帝国軍が引き継ぐ」


 エイデンは唇を固く結んだ。


「おい、待て。俺たちはこれまで街の安全を守ってきた。勝手にそれを奪うだと!」


 アゼルは冷静に答えた。


「帝都から正式な命令が届いている。これ以上の混乱を防ぐための措置だ。これは決定事項だ。疑うなら貴様らの飼い主に聞いてみるといい」


 エイデンたちの間に不満と疑念が渦巻くが今は事実確認が先だった。


 二人は踵を返しセザンヌの待つ館へ急いだ。


 抗議の声を胸に、エイデンたちは館の扉を叩いた。


 中にはすでにオーエンとハリスがおり、どちらも険しい表情でセザンヌを見ていた。オーエンに関しては目を凝らさずしても魔力が荒れに荒れているのが分かる。


「ご苦労様。その様子じゃ貴方たちもね……帝国軍の介入、聞いているでしょう?」


 エイデンは怒りを押し殺しながら問いかけた。


「この街の安全を任せられていた俺たちを差し置いてなぜ介入させる? 理由を聞かせてくれ」


 セザンヌは困ったように微笑み、ひとつの書類を差し出した。


「これが帝都からの正式な命令書。真偽は保証するわ」


 エイデンは書類に目を通す。確かに帝都の印が押されていた。


「だが、この命令書が本物かどうか、疑わしいだろ!」


 オーエンが声をあげた。


 セザンヌは淡々と答えた。


「私も最初は躊躇したわ。けれど今は、私の街を守ることを第一に考えている。だからこそ、命令に従うべきなの」


「ふざけるな!奴らのなかには賄賂を貰って薬の積んだ荷馬車を通す奴もいるんだぞ!」


「組織のなかにはそういったクズもいるわ。それは貴方も分かってるでしょ」


 そう言われてエイデンは一瞬、黙り込む。確かに組織が大きくなるとどうしもうないクズは出てくる。それは規律を重んじる軍隊においてもあり得ることだった。


 だがそれとこれとは話が違う。


「駐屯部隊のアゼル隊長は信頼できる男よ。そういう腐敗も無くしてくれるでしょう」


 ハリスは震える声で言った。


「では私たちは今後なにを……」

 

「今後は街道の警備に回ってもらう。手薄になった街道の安全を守るのも、同じく重要な任務よ」


 エイデンは黙って天井を見つめた。


 心の奥で、何かが崩れ落ちるのを感じていた。


 その後、四人は詰所に戻り今後の方針を練ろうとしていた。


 しかしその心情は誰も穏やかではなかった。

 そのなかか煮えたぎる怒りを待ちながらも冷静な声を上げたのはハリスだった。


「セザンヌ殿から屋敷で従軍経験があり戦闘に適する者たちを使っても構わないと許可を得ました。また周辺の村から狩人を雇い森の監視に付かせましょう。これで東西の街道は軍並みとは言えませんががある程度の監視網を作れます」

 

「うむ、それでいい。オレたちは今まで通り遊撃隊、街の周辺は屋敷の奴らに任せる」


 オーエンは少し落ち着いてきたのか地図を見ながらハリスの案に承諾する。


「そういえばネルはどうするんすか」


 カイルの問いにエイデンが答える。


「あいつには魔薬の分析を頼んでいる。解析が進み素材となってるものが分かればその資源元を叩ける」


「なら二人一組で東と西で別れましょう。魔獣の大暴走でも起きない限り我らのみで対処可能でしょう」


 ハリスの含みのある言い方にオーエンが反応した。


「大暴走って何でまた急にそんなことを言い出すだお前は」


「最悪の事態を思慮するならですよ。ここ数ヶ月の魔獣の大量発生、ここに来てからの魔薬騒動、人為的な工作があってもおかしくありません」


「なるほどここは小さいが貿易の拠点、第三国の介入も視野に入れないのいけんか。西方のヴェルセリア神政国は…違うか奴らは自身の神に背くようなやり方はせん。クオンザール…奴らならやりかねんな」


 ザラリ、と空気が削れるような音がした。

 やすりのように粗くざらついた魔力が、一点から爆ぜるように広がり、瞬く間にその場を這った。

 空気が一瞬、ざわつく。肌に触れた者は、細かな棘で撫でられたような違和感を覚え、息を呑んだ。


「落ち着け"軍曹"ここに奴らはいない」


「すみません…自分は…」


「いいさ気にするな」


 エイデンやカイルにとって魔導王朝クオンザールは因縁深い相手だ。戦後から三年、彼らの胸中には煮え滾る怒りは未だ健在だった。


「エイデン、なぜクオンザールの魔族どもがいないとわかる」


 オーエンの疑問にエイデンは特に迷うことなく即答する。


「俺たちは六年の戦争でクオンザールの戦力を約七割削った。軍備を再編するまでには早くても五年以上はかかる。ましてや大陸屈指の軍事国家の帝国軍相手、たかが三年ごときで事を起こすほど奴らも馬鹿じゃない」


 だからと前置きしてエイデンはカイルに向き直る。


「その怒りはまだ取っとけ。いつかまた奴らと一戦かまえるそのときまでな」


「……了解です」


「それでは話もまとまったところで、本日は解散しましょう。狩人と使用人たちの手配は私がします」


「頼んだハリス」


 エイデンはそう言い残し詰所から出た。

 外はすでに日が傾き懐かしくも妬ましい冬の風が吹いていた。

昨日、投稿しようとしたらすっかり忘れてました。

ギャンブルやめたので名前も変えました笑

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