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エピソード1 『灰の中の火』

 ――大陸歴1649年、帝国領内――


 戦火は終わった。 それでも終わったはずの戦争は、終わりのない悪夢となってエイデンを追い続けていた。


  アストレア王国の北部高原での激戦から一年。王国は崩壊し、彼の故郷は消えた。大地は焦土と化し、かつての豊かな森も村も跡形もなく焼き尽くされた。人々は逃げ惑い、家族を失い、名前を失い、ただ生き延びるためだけに命を繋いでいた。


  エイデンもそのひとりだった。彼は戦場で負った傷を抱えながら、北から帝国領内へと逃げ延びた。雪原を超え、人里に出てもなお夜は凍てつく寒さに凍え、昼は鋭い日差しが肌を焼く。ときには飢えと渇きに苦しみながら彷徨っていた。


  幾度も命の危機に晒された。盗賊の群れに襲われ、何とか切り抜けたものの、魔導の力は以前のように長く持たず、魔法を使う度に魔力回路と筋肉が悲鳴をあげた。負傷箇所は癒えず、激痛に耐えながら埃を呑み込む日々。口にするのは、わずかな干し肉と汚れた水だけだった。


 ーーこのまま消えてしまえば…


  孤独の中、何度も自らの存在意義を疑った。


  生き残った…生き残ってしまったという罪悪感は拭えない。


  仲間は死んだ。守るべき民もその多くが死んだ。それなのに何故、自分だけ生きているのか。


  何度もそう思い、幾度となく自死を選ぼうとしたがその度にナイフを持つ手は震えていた。


  結局のところ彼は半端者なのだ。生き残ってしまったという罪悪感を感じるもののだからといって自分で死ぬことさえ出来ない。

 

「…たく惨めだな」


  半端者であることを知って自虐的にエイデンは嗤う。


  生き続ける理由もない。それでもエイデンは歩き続ける。いつか理由ができるその時まで。


 ーー1650年 帝国領ガルドス辺境自治区 交易都市ロウワンーー


  終戦から二年程が過ぎようとした時分、エイデンは帝国領ガルドス辺境自治区、交易都市ロウワンの牢のなかに囚われていた。


「まさか密偵を疑われるなんてな」


  関所を超えるため身分の提示ができなかったのが痛手だった。


  エイデンは帝国民ではない。言ってしまえば流れ者の不法滞在者だ。


  本来なら関所などは大きく迂回して回避するのだが、今回は乗り合い馬車に便乗させてもらった。


  馬車に乗っていた連中はいい人たちだった。薄汚れ素性も知れぬ男に水やパンを分けてくれた。


  久々に人の温かさに触れたからだろう。 気が緩みウトウトとしていると完全に意識を失ってしまったのだ。


「尋問…いや拷問のあとに処刑が妥当だろうな…」


  ジャラっと手枷に視線をやる。魔放石で作られた手枷だ。これで拘束されている限り強制的に魔力を放出させられ魔力を練って魔法を構築することができない。


  戦後、アストレア王国から大量の難民や敗残兵が国境を抜け帝国へと入った。


  魔導師の量でいうならば王国はクオンザールに次いで多く、そういった連中が帝国に入国したことで魔導師の犯罪率が上がっていると聞いていた。


「さすが徹底してる」


「まぁ非魔導師からしたら魔導師は脅威だしね。当然の備えよ」


  牢の外、暗闇の中から声の主は現れた。


  恰幅のいい男だ。薄汚れた牢屋に似つかない洒落た格好のその男は躊躇することなくエイデンの居る牢に近付くとまるで値踏みをするかのように全身に視線を泳がせる。


「アンタ誰だ衛兵には見えないな」


「うんうん、合格。いいわね貴方、最高だわ。この後、ベッドでもっと良く見せてくれない?」


「生憎、オレは野郎と寝る趣味は持ち合わせてなくてな他を当たってくれ」


「連れないわねぇ」


「で、変態野郎様は何処の何方様ですかね」


「貴方の女神様よ」


  話が通じないのにもほどがある。


  バチッとウィンクするその男に身の毛が立つのを感じながら身の危険から守るべくエイデンは半歩下がろうした。


「そんなに警戒しないでよ()()()()


  '狼"その言葉にエイデンの足が止まる。


「いま、なんて言った」


「あらそんな顔もできるのね」


男の顔を鋭く睨みつけるが男はエイデンの視線など気にする素振りもなく飄々としていた。


「誤魔化してんじゃねぇぞ変態野郎」


「別に誤魔化してなんかないわよ。貴方の魔力を軍の魔導図書(アーカイブ)で検索したら、あらビックリまさか【個体名(ネームド)】持ちだなんて」


「………」

 

「【北壁の大狼(ノルヴァルグ)】エイデン・ノア特務中尉、それが貴方のお名前ね」


  捨てた名が葬った過去が運命はエイデンを逃すことなく皮肉のように纏わりつく。

 

「で、だったらなんだ?」


「貴方の力、隠すにはあまりに濃いわ」


  薄ら笑いを浮かべながら、男は鉄格子越しにしゃがみ込む。


「ここを出してあげる。代わりに……私の領地を守って。兵士ではなく、“存在”として。民が震えるような、守護者としてね」


「アンタ、領主だったのか…世も末だな…」


  男の目は、欲望で濁っている。この男に付いて行けば待っているものは破滅かもしれない。


 それでも男はエイデンに役目を与えてくれるという。一度、役目を果たせなかったエイデンにはそれがとても甘美に思えた。


  守れなかった民。滅んだ国。背に積もる亡霊たちの眼差しが、重く心にのしかかる。


 ……贖罪ではない。ただ、せめて、最後の役目として。


「分かった。了承する。だが記録に残すな。言ったよな必要なの"存在"だと」


「ンフフ……構わないわ。名もなき守護者、それもまた美しいわね」


「それでアンタをなんて呼べばいい?」


「私はセザン。セザン・ヌア・ガルドス。親しみを込めてセザンヌって呼んで」


「わかったボス」


「セザンヌよ」


「ボス」


「セザンヌ」


「………セザンヌ」


「いい子ね狼ちゃん」


  取引は成立した。鉄格子が開かれ、枷が解かれる。けれどその瞬間から、エイデンの新たな戦いと葛藤が始まろうとしていた。



休みは唯一執筆できる貴重な日です。


エピソード「灰の中の火」どうでしたか?

ここからエイデンの新たな戦いが始まりますので、是非機会があれば読んでやって下さい!

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