お互いに損な取引
かつては公園であったであろう広場の真ん中で血のように真っ赤な夕焼けを眺めながら男が一人でタバコを吸っていた。周囲には誰もおらず、気兼ねなく煙を吐き出すことが出来る。
しばらくして男はふとこんな言葉を口にした。
「俺っていま何歳だっけ」
周囲には誰もいないはずなのにその言葉に答える声があった。
「三十二歳と五ヶ月と四日だな」
その答えに男はため息を吐くと、損な取引をしてしまったなと疲れた声を出した。私だって損してますよと見えない声が答える。
男はもう一度ため息を吐くと、その声と初めて出会ったときのことを思い出していた。
それは男が成人してすぐほどのことだった。オカルトにかぶれていた友人に付き合って悪魔召喚の儀式に参加した結果、本当に悪魔が呼び出されてしまったのだ。
参加していた人たちのほとんどは悪魔の姿を見て気絶してしまい、結果としてはこの男だけが悪魔と言葉を交わすとことになったのだ。
悪魔は男にこう語りかけた。
「良い取引がある。他の人間ができる限り地獄に落ちるように悪徳を蔓延らせろ。代わりにお前の長寿と健康を約束してやろう」
男はこの取引を飲んだ。というよりは断ったらどのような目に遭わされるか分からなかったので頷くほかなかったのだ。
取引の結果、男は百歳になるまで決して死ぬことも狂うことも生きるのに困ることもなくなるが、出会う人に悪徳を蔓延らせることになったのだ。
男は仕方がないとその仕事に従事していた。しかし、数年後にあることが起きて男はその仕事をせずに済むようになった。
「全人類が死に絶えるような世界大戦なんて本当に起こるとはね」
廃墟になった街を染め上げる夕日が徐々に沈んでいくのを眺めながら男は呟く。誰もいないこの世界で男は死ぬことも狂うことも許されずに百歳まで生きなければならないのである。
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