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手紙

「結論から言えば、ヘルベルトの番の相手はリシャーミル嬢で間違いないだろう」

あの庭園での邂逅から3日後、街にあるアシェルナ大公家縁のレストランを貸し切って、私とリンウッド、カイングベルグ大公は話し合いの席を設けていた。

「こちらとしても異論はない」

神妙に頷いたのはリンウッドだ。

「あの日、リシャよりも我々の側にいた妖精達の反応の方がヘルベルト殿とカイングベルグ大公との違いが鮮明だった」

「妖精達が、ですか?」

「カイングベルグ大公が近づくだけで妖精達は怯え隠れました。それは竜を怖がる妖精達の普通の反応なんです」

「まあ、そうでしょうね」

だからカイングベルグ大公はアシェルナ大公家の邸宅の敷地にも領地にも足を踏み入れない。

「確認なんですが、ヘルベルト殿は、バイルズ家の方…ということは最初の五竜のうちの青竜バイルズを祖に持つ家の方であるというので間違いないですよね?」

最初の五竜とは、聖竜カイングベルグに付き従っていた原初の五匹の竜のことである。

この聖竜と五竜を祖に持つ一族が竜族と呼ばれている者達だ。

「それなら、彼の竜の性は強いのでしょう?」

「私ほどではないですが、ヘルベルトは青竜バイルズの本家の人間ですから。それなりに強いはずです」

「それなら、妖精達はヘルベルト殿を怖がらなければ道理がたたない。けれど、あの時、妖精達はヘルベルト殿が近付いても逃げるわけでもなく楽しそうに舞い踊っていた」

「それは……」

リンウッドの説明に、カイングベルグ大公は驚愕する。

五竜の家の者も自分同様に妖精達を怖がらせてアシェルナの人達に迷惑をかけたことは伝え聞いている。

「妖精達はヘルベルト殿を歓迎していた。それは、きっと彼がリシャーミルの番だからという認識だったのだろう」

首都ギャザリンに棲む妖精達は領地に棲む妖精達よりも竜族に出会う機会は多い。

耐性があるからといっては、あそこまで好意的なことにはならないはずだ。

リンウッドの説明に、私もようやく合点がいく。

あの日、ヘルベルトと邂逅した瞬間の記憶は熱病にかかった時のように曖昧だ。

私は妖精達がどうだったかなんて覚えていない。

だけど妖精達が嬉しそうだったのなら、私の伴侶となる人を受け入れてくれたのだから嬉しいことだ。


「…………私はこれから、ヘルベルトがアシェルナ家へと婿入りできるように計らうとするよ」

「ありがとうございます」

カイングベルグ大公にとって前代未聞という程ではないが、それなりに頭の痛い話である。

この後の仕事を思い、大きなため息をつく。

「我々は…リシャーミルも連れて近日中に領地に戻り、父と相談したいと思っているのですが…」

大丈夫かとリンウッドが言外に問う。

「番同士が離れても大丈夫かどうか、ということならおそらく大丈夫だ。今、番が存在すると目視しただけの状態だからな」

引き離すことを考えて、私とヘルベルトとの接触は最低限にしたらしい。

「これからのヘルベルトを思うと、ただ引き離すだけでは可哀想だ」

思案顔のカイングベルグ大公が私の方を見る。

これからヘルベルトが待っているのは番のために親兄弟、仲間、一族すべてを捨てる道だ。

「どうかリシャーミル嬢の身につけている、リボンかハンカチでいいから、ヘルベルトに与えてやってくれないだろうか」

番相手と離れる時は、何か相手の匂いがするものを持っておくといいらしい。

私は髪に巻いていたリボンをほどく。

「こちらでよろしいですか?」

「ありがとう。恩に着る」

カイングベルグ大公は直接リボンを受け取ることはせず、持ってきた布に包んでリボンを受け取り、大事そうにしまい込んだ。

「それと、アシェルナ大公への手紙だ」

側に控えていたスカイラーがリンウッドにカイングベルグ大公の封蝋が押された封書を渡す。

すでに準備されていた封書に、カイングベルグ大公が事態を先取りして動いてくれていることがわかる。

それほどまでに『番を持つ』ということは竜族にとっては大切なことなのだろう。

私はいまいち実感できてない、

「お気遣い感謝します」

あの手紙には、今回の私達のことが書いてあるのだろう。

自分がすべて説明しなくて良くなったので、リンウッドは胸を撫で下ろした。

「リシャーミル嬢、ヘルベルトが貴女に手紙を出してもかまわないか?」

私達の接触は、今のところ禁止されている。

次に顔を見れるのもいつになるかわからない。

それならば交流するためには手紙をやりとりするしかない。

「お待ちしておりますと、ヘルベルト様にお伝え下さい」

私の返事に、カイングベルグ大公が嬉しそうに頷いた。


カイングベルグ大公が去って、私達は首都から領地へと早急に戻る支度に追われていた。

元々、この社交シーズンくらいはギャザリンに滞在する予定だったのだ。

招待を受けていた相手は断り、処理しなければならない事務作業を兄と手分けして終わらせる。

そんな中で、スカイラーがカイングベルグ大公とヘルベルトが領地に戻ったという知らせを持って来てくれる。

「アシェルナ大公女様におかれましては、何事もなくお過ごしでしょうか?」

スカイラーが私を窺い見る。

「いつも通りですわ」

ヘルベルトが首都から離れたので、私の体調の変化がないか確認しに来たようだ。

「お変わりないようで安心いたしました」

番相手と離れ離れになるだけで変調が現れることがあるという。

最悪の場合、精神を病むこともある。

「誰も教えてくれないのだけれども、どうやったら番になるの?」

接触しただけで番になるわけでもないだろう。

次にヘルベルトに会った時に私も気をつけたいから番になる方法を教えて欲しいのだけれども、誰も教えてはくれない。

私がスカイラーならと聞いてみたのだが、スカイラーは謎の微笑みを顔に浮かべるだけだった。

それは教えてくれる気は無いっていうやつだ。

「こちら、出立前のヘルベルト様より預かって参りました」

コホンと咳払いをしたスカイラーが、小さな包みと手紙を渡してくれる。

手紙にはヘルベルト・バイルズと綺麗な字で書いてある。

表には私の名。

「すぐにお返事を書いた方がよろしいかしら?」

「それは大丈夫にございます。ゆっくりとお読みくだされば。お返事を返す時は、このギャザリンに滞在時には私めにお申し付け下さい。ご領地へ戻られた際はアシェルナ大公閣下にお尋ね下さい」

「わかりましたわ」

急ぎではないようなので、手紙は後で部屋でゆっくりと読むことにする。

様子伺いだったスカイラーは、私に手紙を渡したことでその仕事は終わったらしい。

「お身体に変調をきたした場合、すぐにお知らせ下さい。それでは、失礼いたします」

スカイラーはきっちりとお辞儀をし、部屋を後にした。

私は自室に戻り、いそいそと手紙を開ける。


『愛しい方へ

 この手紙を届けてもらう頃、私はもう首都から発っています。もう一度、あなたのお顔を拝見したかった。

 少しでも早くあなたの隣にいれるよう、領地の方で調整をして来ます。

 先日は、リボンありがとうございました。代わりに、ハンカチを預けています。必要ないかもしれませんが、念の為にお持ち下さい。同封したプレスレットは急ぎ購入したものなので、次はちゃんとしたものを差し上げたいと思います。

 思いはいつもあなたのそばに


ヘルベルト』


その手紙は、ヘルベルトの気持ちが籠もったものだった。

「ハンカチ…」

手紙と一緒に渡された小さな包みを開ける。

そこには、男性もののハンカチと、青色の宝石が付いた金色のシンプルなブレスレットが入っていた。

きっと時間の無い中、ヘルベルト自身が選んでくれたのだろう。

私は試しにブレスレットを付けてみる。

「普段使いにちょうど良いですわね」

そばにいた侍女がお茶を置いてくれる。

「お嬢様、良かったですね」

私の顔がにやけているのを見て、侍女がからかうように笑う。

それに怒ろうかと思ったけど、初めてもらったプレゼントが嬉しくて、私は侍女の温かい視線なんて気にせずにプレスレットを眺めてしまった。




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