公王家
「やれやれだな…」
ドレスのスリットから惜しげもなくのぞかせた美脚を組んでお茶を飲んでいるのはエセーヌ大公だ。
「あそまでラフェルが阿呆だったとは。アレンドロンがわざと子供に盟約の話を教育していないというのは真実であったというのは驚きだ」
カイングベルグ大公が用意されたお菓子のタルトを口に運ぶ。
ここはシュテインス城の敷地内にある三大大公のために建てられている別棟だ。
そしてアシェルナ大公のための屋敷に私達は集合していた。
「リシャーミル姫はとんだ災難だったな」
「ほんとですわ。ヘルベルトのみならず、私にも声をかけてくるなんて…」
今にも折ってしまいそうなほど扇子を握る私から、エセーヌ大公が扇子を取り上げてくれる。
「そう怒るな。たおやかな手が傷付いてしまうぞ」
扇子の代わりにエセーヌ大公が私にクッキーを渡してくれる。
私はそれを半ばヤケになりながら口に入れた。
「しかし、ラフェルの阿呆のおかげでアレンドロンの行いが皆に知れ渡ったのは良かった。貴族達に信じさせる手間が省けたからな」
カイングベルグ大公の目の前のタルトの皿が空になる。
私は侍女に目配せをして、おかわりを持ってくるように指示する。
「どうやってラフェル殿が愛し子ではないと皆に知らせるか、頭を悩ましていましたものね」
神達それぞれから加護を受けている者はこの国にはいっぱいいる。
ギャザリンは神シュテインスの加護を受けている者が一番多いが、他の加護を持っている者もいる。
夜会の会場にも多くいたが、愛し子という存在はまた別格だ。
愛し子は神達の化身であり代弁者。
しかし、愛し子の加護を受けた度合いはその時々で異なる。
現カイングベルグ大公ゼインツは先祖返りと言われるほどに聖竜に近い力を有する存在だ。
一方、現アシェルナ大公である私の父はそれほど加護が強くない。
特にアシェルナの民の加護は、妖精が加護を与えるもので、どの妖精が加護を与えたかという事実のみだ。
父は愛し子の直系跡継ぎだから妖精王の加護が貰えたにすぎない。
なんなら、父の妹の方が東の森の湖の妖精セレーナの強く加護を受けているから、その化身としての力では彼女の方が強いくらい。
といった風に、加護の強さや種類なんかも各々違うわけだ。
私は妖精王アシェルナの愛し子に相応しい加護を与えてもらっている。
だから、強い加護を持った人なら私が愛し子だということは一目瞭然なのだ。
それなのにラフェルは私が愛し子だということに気付きもしなかった。
「いくらアレンドロンがシュテインス神の怒りをかったからといって、ラフェルやカリーナにはその加護が一切無いとは…」
エセーヌ大公が特大のため息をつく。
愛し子を蔑ろにすれば天罰が下る。
ラフェルやカリーナからシュテインス神からの加護が失われてしまっているということは、アレンドロンはそれだけのことをしたのだ。
「して、愛し子殿は息災なのか?」
エセーヌ大公の問いに私は頷く。
「父と共にこちらに向かっていると報告が来ています」
「どのくらいで着きそうなんだ?」
「3日、といったところでしょうか」
「は?」
カイングベルグ大公が驚いて、タルトを食べる手を止める。
「マルセールナ様が弱っておいでで、長距離を移動できませんの」
「そんなにか…」
「もっと早くお連れできたら良かったのに…」
カイングベルグ大公もエセーヌ大公も同じ愛し子の惨状に心が痛いのだろう。
神シュテインスの愛し子は現在アレンドロンではなく、彼の妹であるマルセールナである。
彼女は次期愛し子の選定を受ける14歳になる前に行方をくらました。
シュテインス神を祀る神殿へと祈りを捧げに行く途中の出来事だったのだ。
そのせいでマルセールナに愛し子の宣旨が降りずに有耶無耶になった。
その後、マルセールナはシュテインス神の加護が弱いから事故にあったのだとされ、神シュテインスの愛し子つまり次代の公王はアレンドロンになると宣言された。
その当時は三大大公は首都におらず、その宣言を認めてしまった。
それから十年が経った頃、ヴァーデリング公国の端々で異変が見られるようになる。
首都ギャザリンを中心とした天候不良から始まり、その影響は三大大公の治める地まで広がった。
おかしいと感じた父は、エセーヌ大公とカイングベルグ大公と相談して調査を開始した。
そして明らかになった事実は、シュテインスの愛し子はアレンドロンではなくマルセールナであったということだ。
父達が探し出した時、彼女はシュテインス神を祀る神殿の近くでひっそりと暮らしていた。
「アレンドロンのやつはバレないとでも思ったのだろうか」
元々、公王家は愛し子が公王の座につかないことがあったのだ。
愛し子が施政者に向かないという理由で。
だからアレンドロンが公王となっていることは赦された。
でも、次期は違う。
愛し子の次期は愛し子の直系血族の中から選ばれる。
マルセールナには娘がいて、彼女が今年14歳となったのだ。
マルセールナの娘が次期愛し子となったのにそのことをひた隠しにしたアレンドロンは、シュテインス神の怒りに触れたのだ。
マルセールナは長年の幽閉で体力があまりない。
また、アレンドロンを恐怖しており、ギャザリンにやってくることをずっと拒んでいた。
それを大丈夫だからとようやく説得して、アレンドロンを断罪できることになったのだ。
「失礼します」
私がノックに返事をして、入室してきたのはヘルベルトだった。
「遅くなりました」
「ご苦労だったな」
ヘルベルトが疲労困憊で私の隣に座る。
カイングベルグ大公がヘルベルトを労うように、手ずからお菓子を取り分けてその皿をヘルベルトの前に置く。
甘い物が苦手なヘルベルトは一瞬嫌そうな顔をするが、渋々お礼を言う。
「公王家の皆様は自室にてお休みになってもらいました」
しばらくは彼らは自分の部屋から許可なく出ることは許されない。
もちろん各部屋には私達の息のかかった者達が見張っている。
「よく頑張ったな」
「ほんとです」
エセーヌ大公の労りの言葉に、ヘルベルトが項垂れる。
「いくらリシャとの結婚のためとはいえ、俺にも我慢の限度ってものがあるんですよ!」
ヘルベルトが訴える先はカイングベルグ大公だ。
「仕方ないだろう。これがお前達が結ばれるための条件だったのだから」
「ありがとう、ヘルベルト」
まだカイングベルグ大公に文句を言いそうなヘルベルトを私は宥めにかかる。
「先ほども話していたのだけれど、今回のことを貴族達に納得させるにはそう時間はかからないわ」
「そこで、リシャーミル姫と君の結婚式を首都で大々的にやれば万事丸く収まるというものだ」
はははとエセーヌ大公が豪快に笑った。