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公王女

「ヘルベルト様、捜しましたわよ!なんでそんな女の隣にいるのですか!!」

甲高い声が会場に響き渡る。

貴族達のさざめきも、一斉にやんでしまった。

「今宵の役目は終わりましたので、婚約者の元に戻って何が悪いのでしょう」

今夜のヘルベルトの不機嫌オーラの元凶、ピンクのフリフリことカリーナ・シュテインスである。

つまり、ラフェルの妹だ。

シュテインス公王家の公王女であるカリーナは、周囲に甘やかされて育ったために我儘三昧。

しかも、カリーナの我儘を父親である公王が許すものだから、手のつけられない状況だ。

そしてカリーナはヘルベルトにご執心で、この城で夜会が開かれる度にヘルベルトをパートナーとしていた。

今まではそれでも良かった。

ヘルベルトはシュテインス城勤めだが、私は領地での仕事で城のあるギャザリンにはいない。

ヘルベルトはパートナーが不在であることをいいことに、カリーナのパートナーを命ぜられていたのだ。

城に勤めている以上、主たる公王家の意向には逆らえない。

今までは渋々カリーナのパートナーを務めていたヘルベルトだが、さすがに今夜のカリーナのパートナーはできないと断った。

断ったのだが、それは却下されたのだ。

私やアシェルナ大公家を軽く扱い、下に見る行為。

もう見過ごせない。

ヘルベルトの堪忍袋の尾が切れる前にどうにかしなければならない。

私から引き離そうとヘルベルトの腕を引っ張るカリーナの手を私は扇子ではたき落とす。

「いたいっ!なにするのよっ!!?この無礼者!!」

叩かれた手をさすり、すかさず私に文句を言うカリーナ。

だけどその瞳はヘルベルトをチラチラと見て、彼が慰めも何もしないことに不満そうな色を見せる。

「無礼者はあなたですよ、カリーナ嬢」

私は口元を扇子で隠し、呆れた視線をカリーナとそしてラフェルに向ける。

「いったいシュテインスの人間はどのような教育を受けているのでしょう」

私が嘆けば、周りを囲む貴族達が頷いてくれる。

「それは直接この者たちの親に聞くのがよかろう」

新たな声が乱入し、さっと人垣が割れる。

「お父さまっ、この無礼者が私の手をっ」

公王とその妃、つまりカリーナとラフェルの両親がそこにいた。

カリーナは父親に駆け寄り、私を指さして罰してくれと叫ぶ。

しかし、私の方を見る公王は顔を真っ青にしている。

「やれやれ、相変わらずの無礼者だな」

顔面蒼白の公王夫婦を差し置いて、彼らを連れてきた男が肩をすくめる。

三大大公の1人、紅い髪が特徴のカインベルグ大公だ。

「アシェルナ大公の次期をシュテインスの者が私情で罰することなど、そんなこと許されるわけがなかろう」

豊満な身体を見せつけるようなドレスを着た女性は、三大大公最後の1人エセーヌ大公だ。

アシェルナ大公である私の父はこの夜会には欠席しており、私は父の名代としてこの場にいる。

滅多に三大大公が集まることがないことから、貴族は驚きを隠せない。

「先に私を軽んじた行いをしたのは、シュテインス公王ですわ」

「たしかにな。リシャーミル姫の婚約者を夜会で取り上げるなど、失礼な話だ」

エセーヌ大公が私に同意してくれる。

自分のしでかした失態をようやく自覚したのか、シュテインス公王アレンドロンの顔面は蒼白を通り越して真っ白だ。

娘可愛さに部下の意志もアシェルナ大公の次期である私のことも蔑ろにしすぎだ。

それだけでも十分に抗議する事態だ。


そもそもこの国では、公王家と三大大公家は対等である。

それはヴァーデリング公国の建国された時からずっと続く盟約だ。

ヴァーデリング公国はこの世界で最古の国と言われている。

神々や妖精、竜が地上にいた神話の時代。

ヴァーデリングの広大な平原では争いが起きていた。

創生の女神テーナの子、シュテインス。

竜族の王、聖竜カイングベルグ。

妖精族の王、アシェルナ。

この三者が一族の永住の地と選んだのがヴァーデリング平原だった。

彼らは土地の覇権を巡り、争いを始めた。

それを見かねて止めたのが、海の女神エセーヌだった。

エセーヌの裁定により、ヴァーデリング平原の西部をシュテインスが。

平原から東の森をアシェルナが。

平原に続く険しい山々を戴く北部をカイングベルグが。

そして争いが起きぬように監視するため、南の海側をエセーヌが拠点とすることにした。

やがて神話の時代が終わりになり、神々が地上から去る頃。

増えてきたただ人と、彼らが守護する一族は共に生活するようになる。

そして、国が起こる。

アシェルナの加護を受けた民は、ただ人のために薬を作った。

カイングベルグの加護を受けた民は、ただ人のために道具を作った。

エセーヌの加護を受けた民は、海の恵みの恩恵を受け、優れた航海術でただ人を助けた。

シュテインスの加護は、叡智だった。

その叡智で、増えてきたただ人達を管理することにした。

やがてヴァーデリングと名を冠した国になり、どの民が代表となるかと話し合いになった。

ただ人のために働くことができるアシェルナ、カイングベルグ、エセーヌの民とは違い、シュテインスは何も生み出さない。

ならば彼らが代表となり、周辺との調整する役割を担うのが良いだろう。

けれど、四者は対等である。

それは神シュテインス、聖竜カイングベルグ、妖精王アシェルナ、女神エセーヌが地上から去ったとしても変わらない。

人の営みに委ねられていても、上も下もない。

シュテインスが公王家となり、後の三者が大公家となっても、お互いに対等であり、明確な理由なく害することはできない。

これがシュテインス公国建国の盟約だ。

何百年何千年とシュテインス公国がある限り守られる約束。

神話の時代の話を何をバカ真面目に信じて守ろうとしているのか。

そんな声もあるが、実際に加護は存在する。

加護を受けている民は、ただ人とは違うことを認識していた。

他の民と会えば、それがただ人が加護を受けている民かわかる。

特に、その一族の当主となる人間は愛し子と呼ばれるほど加護が強い。

距離がちかければ、姿が見えなくても愛し子同士なら互いにそこにいるとわかる。

たけど、ラフェルは私がアシェルナの愛し子であると気付かなかった。

シュテインス公王家の跡継ぎてあるはずのラフェルがわからないということは、愛し子どころかシュテインス神の加護をラフェルは持っていないということになる。


「ラフェルはシュテインスの次期だとアレンドロンは申しておったが、愛し子同士は結婚はおろか男女の触れ合いさえもできないし、する気も起きないのだが、先ほどリシャーミル姫を口説いておったように見えたが?」

それぞれの加護を最大限受ける『愛し子』という存在。

それがその加護を受ける一族の代表となる。

加護を与えてくれる神達が不仲だったせいで、彼らの影響を色濃く受ける愛し子同士は恋仲にはならない。

そのような意図を以て触れようとすれば、電流のようなものが走る。

だから、神シュテインスの愛し子であるアレンドロンの直系の子で次期愛し子の可能性が高いラフェルが私に一目惚れのような症状を起こすことかおかしいのだ。

これでラフェルが愛し子ではないことの確定になるし、愛し子の直系なら当然あって然るべき知識もないことの裏付けとなる。

エセーヌ大公の指摘に、アレンドロンが低い声で唸る。

「ここに集っている者らは見たであろう?ラフェル・シュテインスは愛し子では無いということだ」

エセーヌ大公が高らかに宣う。

「ではアレンドロンのもう1人の子であるカリーナ・シュテインスが愛し子であるのか?それも違う」

「え…あ……やめ……だまれぇぇぇぇ」

アレンドロンがエセーヌ大公に掴みかかろうとする。

それをエセーヌ大公の横にいた男とヘルベルトが止めにかかり、アレンドロンは公王という立場でありながら床に押さえつけられてしまう。

「アレンドロン・シュテインスはシュテインス神の現愛し子ではないのだろう?」

床に二人がかりで押さえつけられているアレンドロンをエセーヌ大公が見下げる。

「長年、ようも謀ったものよの」

エセーヌ大公が嘲笑う。

この場にいた貴族達は皆、信じていたことが事実ではなかったことに動揺をしていた。

神シュテインスの愛し子が公王であり、その事実のために従っていたのだから。

「今宵の暴露はこれまでにしておこう。緊急召集に参城のある義務のある貴族は領地に戻らず首都に留まっておくこと。近日中に召集する故、知らせのあった場合疾く参城すること」

事態を見守っていたカイングベルグ大公が広間に響き渡る声で夜会の終了を告げた。

「私はこの者を連れて行きます。お前たちは他の三人を連れてこい」

ヘルベルトがアレンドロンを片手に拘束しながら、部下へと指示を出した。

「そんな……なんでこんなことに……」

カリーナの声が虚しく響いた。


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