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Episode26/2.愛のある我が家

「何度も指摘してるならわかってんだろ? 心も読めるんだしよー? あたしらが何べんやめるよう言おうが、御薬袋(こいつ)は聞く耳なんて持ちゃしねーよ」


 荒切さんは乱暴な口調でつづける。


「テメーの力で渡してるヤツ潰して、根本から断ちゃいい話じゃねーか。そうだろ? 嵐山沙鳥様よぅ?」


 荒切刹那も聞き覚えのない名だ。

 そもそもこの書店で働いているみたいだし、愛のある我が家とは無関係?


 それにしては、互いに名前を知っているし、上下関係がハッキリ別れているように思える。

 少なくとも顔見知りなのは間違いない。


 とはいえ、荒切さんの態度は悪く、わざとらしく“様”まで付けて呼んでいるけど……。


 嵐山さんは深く嘆息する。


ーーだが、荒切刹那とやらの言うことも一理ある。読心が使える嵐山沙鳥が本気を出せば、覚醒剤や大麻と違って日本での流通が極端に少ない麻薬の売人程度、特定して捕らえることは容易いのではないか?ーー


「そう簡単には行きません。我々も別の違法薬物ーー覚醒剤(メタンフェタミン)を売人に卸しています。疾うに入手先の売人が東京を拠点にしているのは把握しているのです」


 ユタカの疑問に答えるように、嵐山さんはわけを話し出す。


「ただ、麻薬を卸しているのが最神一家(さいじんいっか)系列の極道。東京は総白会(そうはくかい)の島ではないんです。総白会系列の極道とズブズブの我々が手を出した事がバレれば、下手したら最神一家と総白会ーー二大極道による戦争の火種にならないとは断言できません。とはいえ、今はそんな時代ではありませんが……総白会に泥を塗る事は控えているんです」


「待ってください。愛のある我が家ほど強力な異能力者の集まりなら、例えヤクザと戦争になっても、問題なんてないんじゃないですか?」


 つい口を挟んでしまった。


 以前に瑠璃から、愛のある我が家は総白会に上納金を納めている疑惑がある、という噂を聞いたことがある。

 それが事実だとしても、暴対法でギチギチに絞めつけられている今のヤクザと仲良くするメリットが、僕の頭では理解できない。


「理由を説明しても、今の貴女には理解できない事情でしょう。とにかく、総白会に迷惑をかける事はなるべく避けたいのです。我々は個々では強大な力を持ちますが、正規構成員はたったの十名です」


 嵐山さんはつづける。


「私みたいに、直接戦闘には向いていない仲間もいます。暴力の大半は朱音派と澄派が占めていますしね。さあ、そろそろ行きましょう」


 気になる言葉があったが、今は気にしないことにする。

 なにより大切なのは、瑠璃の身の安全だ。


 嵐山さんがそう言い終えると、荒切さんは御薬袋さんから離れるように距離を置いた。


 反面、僕には近寄るように指示する。


「御薬袋さん、聞こえていますか? 指定位置、(ねぐら)二の目の前。自身も含めて転移してください」 

「……ぅぅ……()い……」


「では、参りましょう」


 嵐山さんが言った直後、僕の視界に広がる景色は一変したーー。






(64.)

 ここが店外なのは間違いない。

 しかし、辺りに広がるのは、本屋の外で見た景色じゃない。


 閑散としている住宅街のなか。

 目の前には、突如として、二階建ての一軒家が現れた。


 ーーいや、違う。

 僕たちがこの家の前にワープしてきたのか。


 ここが何処なのか。

 川崎市なのか、横浜市なのか、そもそも神奈川県内なのか、それすらもわからない。


 10時前という時間帯だからか何なのか、人通りが少なく、家の前にある通りには、少なくとも今この瞬間は人の姿が確認できなかった。


 嵐山さんは目の前にある一軒家のチャイムを鳴らさず、スマホを取り出し画面になにかを打ち込み始める。

 パッと見、指定されたアプリーーベルベルで誰かにメッセージを送ろうとしているみたいだ。


「豊花さん? 心が読めるとわかった途端、敬称(さん)をつけ始めなくて結構ですよ?」

「え……あ、いや」

「ただ、我々愛のある我が家の面々は、ファーストネームで呼んでくださると光栄です」


 嵐山さん……いや、沙鳥は謎の要求をしてきた。

 たしかに、心が読まれているのを把握してから頭のなかでも敬称をつけたのは、わざとらしくて不快に感じられたのかもしれない。


 だけど、ファーストネームーーつまりは下の名前で呼んでくれ、と願う理由は今一理解できない。


「御薬袋さんは愛のある我が家ではなくAlstroemeriaアルストロメリアの構成員なので、名字で構いませんが……」


 アルストロメリア?

 たしか、愛のある我が家の下部組織だった筈。

 ありすが少し口にしていた気がする。


 沙鳥は誰かへメッセージを送信したあと、顔を向けてくる。

 ふと見ると座り込んでいた御薬袋藍に沙鳥は肩を貸して、座らないように無理やり立たせた。


「どうしてですか?」

「貴女には利用価値があり、いずれ我々の欲する人材に化ける可能性がーーいえ、言葉を変えましょう。豊花さんは良い意味でも悪い意味でも、素直で純粋な心の持ち主ですから」


 理由(答え)になっていなかった。


 けど、愛のある我が家のボスから直々にお願いされると、僕の立場から断ることは実質不可能だ。

 こっちから頼み事をした手前、その程度の命令には従うほかない。


ーーそれにしても、アルストロメリアという下部組織に属する御薬袋藍も、青海舞香と同じ概念干渉系統の異能力者とは……能力も似ている。ーー


「いえ、舞香さんは“空間”の概念に干渉しており、御薬袋さんは“距離”の概念に干渉していますので、二人とも使い道が異なります。御薬袋さんは人と判定できる範囲の対象をワープさせられますし、広範囲です」


 しかし、と沙鳥は補足した。


「舞香さんは御薬袋さんと比べ能力の影響範囲が狭い変わりに、空間と空間を置換できるため、御薬袋さんとは違い、戦闘面でこそ真価を発揮する異能力者なんです」


 沙鳥が説明を終えた直後、玄関が内側から開かれた。


 そこには、左右非対称(アシンメトリー)な髪型の、160cmほどの背丈の女性が姿を見せた。

 胸が大きく腰も括れており、プロポーションの良い体をしている。


「こちらの方は現世朱音と申します」

「沙鳥? その()が例の?」

「そうです。我々を信用して頼ってくださった御方です」


 現世朱音ーー愛のある我が家の構成員の一人だ。

 見た目だけで判断するなら、沙鳥より少しだけ歳上に見える。

 沙鳥は背が低いし、胸も小さく幼児体型寄りだ。


「失礼ですね。嫌な部分の正直なところが早速出ていますよ? 朱音さんは私よりひとつ下です」

「……すみません。でも、あの……思考や心で思ってしまうのは許容してくれませんか?」


 読心が、ここまで厄介な異能力だと、肌身で感じるまでわからなかった。

 思想の自由を侵害してくる、思考に土足で上がり込まれるのは、こうも嫌な気分にさせられるのか。


 沙鳥は朱音を数秒見つめながら、おもむろに口を開く。


「瑠奈さんはマナの補填に行っている最中ですか。帰宅予定時刻は?」


 沙鳥と朱音は家の中に僕を招き入れながら、会話を交える。


「12時に向こうに行って、13時迄には連れて帰ってくるよ。刀子さんたちが来るのは13時の予定だよね? それに合わせるよう、ぼくのほうで調整するから」

「本作戦の要のひとりです。確実に連れてきてください」


 え? 刀子さんが此処に来る?

 異能力犯罪死刑執行代理人も、早速関わってきている?


 異能力者保護団体側も、僕が想像していたより早く動いてくれているのか?


 入ってすぐ横の扉は開いており、ソファーに数人座っている広めのリビングの中の様子が見える。

 正面には廊下があり、一番奥に扉がひとつ、その横にも廊下がつづいている。入り口の左隣に二階へつづく階段もあった。


 朱音は二階へ上がるが、沙鳥は僕をリビングへと案内した。


 リビングに入ると、三人の人影が一斉にこちらに目を向ける。

 ひとりはどこからどう見ても堅気じゃない。赤羽さんより更に強面の、サングラスをしている50代ほどの威圧感を覚える男性。

 その隣には、前日遭遇した青海舞香が座っている。


 ソファーは壁と窓に沿うように置かれており、二人は壁側のソファーに腰を降ろしている。

 最後の一人は見たことのない小学生ほどの幼い顔をした女の子。窓際の方のソファーにちんまりと座っていた。


「青海舞香は存じ上げておりますよね? 壁際の男性は(おや)っさん。総白会若頭補佐、直系大海組組長の大海さんです」

「おい待てや。てめぇと盃を交わした覚えなんてねぇぞ?」


「それは失礼しました」

「舞香の嬢ちゃんに免じて見逃してるけどよ? てめぇが親の顔跨ぐ真似する奴なのは知ってんだぞ。ああ?」


 沙鳥と大海組長の言い争いが始まりそうになる。

 よく、こんな強面の男に堂々とした態度で接せられるな……。


「先ほど私は子分じゃないと仰られましたよね? でしたら、私がなにをしようと勝手でしょう?」


 それを耳にした舞香は、寝耳に水だったのか、顔色を一変させ驚愕を露にする。


「ちょっと沙鳥? まさか貴女、大海組じゃなく総白会に直接お金を渡したりしてないでしょうね?」

「ご想像にお任せします」

「ふざけないで! 私は親っさんに……大海の組長(オヤジ)に、総白会の跡目を継いでもらうのが夢なのよ? 沙鳥にリーダーの座を譲り渡したときに伝えた筈でしょ?」


 空気がピリピリとして、居心地が悪くなる。

 立ち尽くしているだけの僕まで、喧嘩に巻き込まれている気分になってしまう。

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