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Episode24/1.異霊体(ユタカ)・中

(56.)

 愛のある我が家の襲撃に遭い、嵐山たちが消えた暫くしたあとーー20分後にはパトカーと異能力者保護団体の手配した車両が同時に到着した。


 新たに手配された車は黒色で、車体の横には白く異能力者保護団体と明記されていた。

 月影さんを騙すためだったのか、事故に遭った、いや愛のある我が家によって事故に遭わされた車体には、何処にも『異能力者保護団体』とは書かれていなかった。


 警察が車の速度違反の取り締まりをする際に、パトカーだとバレないように隠すのと同じような手段なのかもしれない。


 そのまま僕らは居なくなった運転手ーー金沢叶多の代わりとして、新たに手配されたであろう男性が運転席に乗っている車に、月影さんを連れて皆で乗り込み、異能力者保護団体へと辿り着いていた。


 車で20分かからずに到着し、叶多の逃走した地点が、この横浜の異能力者保護団体神奈川支部に近い場所だったことがわかる。


 気になるのは……同時に現場に駆け付けた、部下から和枝木(おしぎ)警部補と呼ばれていた警察官が、笑いながら『青海のヤツ、また派手にやったなぁ』と、コンクリートに空いた穴を見下ろしながら呟いていたこと。


 名前どころか、あの“穴”を見ただけで青海舞香がなにをしたのか、粗方予想がついている様に思えたのだ。

 瑠美さんが言っていた、“警察と愛のある我が家の癒着”というきな臭い話が、現実味を帯びて来たと感じられた。 

 陰謀論の類いだと一笑ふにできない。そんな気がしてならない。


 異能力者保護団体の駐車場に停車すると、皆でぞろぞろ車から降りる。

 河川さんも救急車を呼ぶほどの事態ではないと自ら口にし、ここまで着いてきた。血も既に止まっている。切り傷は残っているが、見た目ほど重傷ではなかったらしい。


 瑠衣の腕より遥かにマシだ。

 瑠衣の切り傷は僕が考えているよりも深いのか、完全に跡が幾重にも残ってしまっていた。


 異能力の発動条件で血を流す必要のある河川さんより、心の痛みを緩和するためだけにリストカットを繰り返していた瑠衣のほうが傷痕が酷いというのは……。

 なんというか、瑠衣が今まで無事でよかったと心底思えた。


 月影さんは表情が先ほどより穏やかになり、拘束することなく素直についてきてくれている。


 横を向き瑠璃の顔色を窺うが、ここに来るまでずっと、真顔に近く、若干表情に不快感を浮かべたままだ。


 正面の自動ドアから異能力者保護団体の中に足を踏み入れる。

 そこには珍しく、いや、むしろ今までが異例だったのか、受付には未来さんとは別の女性が立っていた。


 ホールのソファーには男性らしき人影が二人ほど座っていた。

 二人がほとんど同時に振り向いた。


 一人は、40代ほどの白衣を着ている男性。

 そして、20代後半ほどの年齢に見える、整った顔立ちをした、短髪の爽やかな印象を抱く外見の男性。

 その二人の見知らぬ男たちが、そこには待つように座って居た。


「未来さんは……」瑠璃は正面受付周囲を見回し、未来さんがいないのを確かめると嘆息した。「どこにいるのよ……聞きたいことが山ほどあるのに」


 白衣のおじさんが立ち上がる。

 大輝さんと同輩くらいの年齢の男性に見えた。

 遅れて爽やかイケメンも立ち上がった。


「待っていたよ。きみが杉井くんだね?」


 白衣のおじさんは立ち上がるなり、足早に近づいてくると、顔を近づけじろじろと舐めるように全身を見まわしてきた。


「え、な、なんですか?」


 咄嗟に不快感を覚え後退りしてしまう。

 隣の短髪の男性も近寄ってくると、その肩を掴んだ。


「待ってください、新田(にった)さん。まずは検査が先です」

「ふむ? 高杉(たかすぎ)くんらしくもない。異能力者なぞ侵食しようがどうでもいいではないか。検査など後回しで構わん」


ーーこの新田という男には気をつけろ。死臭が漂っていて不愉快だ。おそらく教育部併設異能力者研究所の上級職員だろう。ーー


 ユタカに言われてハッとする。


 そういえば、昨日、美夜さんが僕の特異体質というか、なんというか……異霊体と会話ができると上に報告していた。

 そして昨晩、翌日に異能力者保護団体に行くのを未来さんに伝えた。


 ありすが細かい検査を受けるはめになる可能性を示唆していたじゃないか。


 それに、今の発言を聞くと……まるで異能力者を、実験動物と同じ扱いをしているかのような誤解を抱いてしまう。


 高杉という男は口を挟む。


「いいえ、検査が先です。特に河川小百合。彼女の状態はパッと見でもステージ4の後半に足を踏み入れている恐れがある。新田さんのやりたいことは、私が協力しなければ成り立ちませんよね?」


「む、たしかにそのとおりだが……上司に逆らうのはいかんな? 異能力者研究所専属の第1級異能力特殊捜査官になるのを志願したきみ自身が、私に逆らうのかね?」


 高杉さんと新田さんは、暫し視線を交わす。


 その間に、受付から女性職員が出てくると、僕と河川さん、月影さんに、手首に嵌めるようゴムバンドを渡してきた。

 僕には青、河川さんには赤のを、月影さんには緑のゴムバンドが渡された。


 素直にそれを手首に嵌める。


 よく見ると、新田さんは白色のゴムバンドを手首に嵌めている。

 異能力者以外が着けることもあるのか。


「あの……新規異能力者の月影日氷子を連れてきたのですが……」


 重い空気が漂うなか、瑠璃は高杉さんの方を見て恐る恐る発言した。


「ああ。月影日氷子さんはきみが診るといい。検査員をひとり、既に用意している。第一検査室を使ってくれ。私は二人を、第二検査室へと連れていく」

「はい……わかりました」


 知っている相手なのか、高杉さんに命令されると、渋々といった表情をしながらも、月影さんを連れて検査室へと瑠璃は向かう。


 別れ際に、「また後で」と瑠璃は言い残した。


「ーーふう。仕方ないね。先に検査して構わんよ。ただし、研究所での勤務が開始したら、なるべく研究者の命には従うべきだと忠告しよう。上級職員相手なら尚更だ」


 新田さんは諦めたのか、手のひらをひらひらさせてソファーに座り直す。


「わかっています。ですが、私はまだ、研究所ではなく、異能力者保護団体に勤める第1級異能力特殊捜査官です」


 高杉さんはそう言うと、僕と河川さんについてくるように指示して、瑠璃に遅れて西方エレベーターへと歩き出す。


 ーー第1級異能力特殊捜査官?


 未来さんは、神奈川県には第1級異能力特殊捜査官は二人しかいないと発言していた。

 その内のひとりは美夜さんだ。


 つまり、もうひとりの第1級異能力特殊捜査官が、このひとなのか。


「……未来さんはどこに行った? 葉月さんの連絡には未来さんが出ていた様子だった」


 河川さんは歩きながら高杉さんに尋ねる。


「未来さんは会議中だ。九階でリベリオンーーおっと」高杉さんは言葉を止めた。「とにかく重要な会議の真っ只中だ。幹部連中とな」


 高杉さんに着いていき、西方エレベーターに乗る。

 すぐに二階にエレベーターが着き、三人で降りる。


 しかし、以前とは違い左側の通路へと歩き出した。左右にある部屋を素通りし、すぐに通路の奥に着く。

 そこには『第二異能力検査室』と書かれた扉があった。


 高杉さんは扉を開く。

 中には、第一検査室より少し広いだけで、他にあまり違いが見当たらない室内が広がっていた。


 予め成人女性が一人待機していた。

 検査員の方だろう。


「例外で悪いが、先んじて伝えたとおり、二人連続で検査する。最初に河川さんを検査したあと、直ぐに杉井さんの検査を開始する。急がないと新田さんに叱られてしまうからな」


 高杉さんは、どこか苦々しい顔つきをしながらも苦笑する。


「承知済みです。すぐに二人目の検査員が来ることになっています」


 予期していたのか、指示されたのか、第二検査室には高杉さんが座る椅子ーー異能力特殊捜査官が検査するための椅子の前に、ふたつの椅子が置かれていた。


 僕たちはそれぞれ椅子に座る。


 昨日美夜さんから検査を受けて、次は一ヶ月後だと言われた僕まで、果たして検査する必要はあるのだろうか?


 異能力特殊捜査官見習いとして来ただけの僕まで検査?

 いや……河川さんも検査を受けるのだから、別におかしくはないっちゃ、おかしくないけど……。

 でも、僕は昨日受けたばかりだよ?


 高杉さんは河川さんを凝視する。

 

「……どうなの?」


 河川さんは少し不安げな顔で、高杉さんの目を見る。


「すまない。悪いが集中したい。私は()さんほど高精度の眼と技術ではないんだ。少し時間がかかる」

「……ごめんなさい」


 暫し高杉さんは河川さんを凝視しつづけた末、フッとちからを抜いて背凭れに背中を預けた。


「侵食率51%前後と記載してくれ」高杉さんは検査員に告げる。「暫く停止していた侵食率が、49%で安定していた状態から上昇している。安定していたのが揺らいだ。異能力を緊張状態で乱発し過ぎたりしたか?」


 ーー51%だって!?


 慌てて河川さんに顔をやる。

 河川さんは残念そうな瞳をしたあと俯いた。

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