Episode23/2.暗躍
犯罪組織だし何でもありっちゃ何でもありだし、愛のある我が家がどういう基準で動いているのかまるで理解できない僕の、単なる思い込みかもしれないけど……。
どうしても、あの女の子のーー微風の口にした『リベリオンズのスパイ』という台詞が気にかかる。
「偶然よ~? そんな文句ばっかり言っていないで~任意捜査を始めなさ~い?」
叶多さんは瑠璃の質問には返答せず、仕事をこなせと命令した。
「ちょっと待ちなさい! あんたたち異能力者保護団体の人間なの!?」
さすがの月影さんも察したらしい。
嘘だと言っていた僕が異能力特殊捜査官見習いというのも、おそらく実際に見習いなのだと気づいただろう。
「あんた、騙したわね!?」
「いや……正直に言ってついてきてくれた?」
「ついていくわけないじゃない! 私は陽山を殺すまで異能力を封じられるわけにはいかないわ! 降ろしてちょうだい!」
月影さんと言い争いになってしまう。
瑠璃は助手席から月影さんの姿を数秒見ると、ゆっくり頷いた。
「異能力者で間違いないわね。今から任意で聞き取りしますけど、月影日氷子さんは捜査を拒否しますか?」
「当たり前じゃない!」
瑠璃は嘆息して、「では」と言葉をつづけた。
「今より緊急取締捜査を敢行します。暴れるようなら拘束するのでご了承ください。金沢さん、異能力者保護団体神奈川支部に強制連行するので向かってください」
「どっちみち向かっているわよ~?」
「はあ!?」
瑠璃と叶多さん二人の会話に、月影さんは怒りで声を跳ね上げる。
怒るのはもっともだ。
本人は異能力を使い殺したいほど憎んでいる相手がいるのに、今から強制連行して異能力を使わないよう指導されるのだ。
そして、下手したら異能力の報告義務違反としてしょっぴかれる可能性まであるのだ。
「河川さん、起きて!」
「……ふぁ~……むにゃむにゃ……」
河川さんは大きなあくびをすると、ポケットからカッターを取り出した。
カッターを見ると、反射的に瑠衣を想起してしまう。
特に、河川さんが自身の手首に刃を当てて引いた瞬間はーー。
「な、あんたなにしてんのよ!?」
月影さんは隣に座る河川さんの奇行に驚きの声を上げる。
怒りと困惑が混じった口調になっていた。
「……」
河川さんは、垂れてきた自身の血液を月影さんの腕に垂らす。
ポタッーーと一滴、血が月影さんの腕に落ちた。
その瞬間ーー。
「ちょっと!? なに、なんなのこれ!? 目が、目の前が真っ暗でなにも見えない! なにしたのよ、コレ!?」
月影さんは怒声混じりに混乱した様子で、顔を左右に動かしたり、身を捩ったりし始めた。
暴れないようにするためか、河川さんが月影さんの右腕を掴む。
それを見て、僕も慌てて見よう見真似に左腕を掴み、暴れないように止める。
「……私の血漿のちから。一時的にだから安心して」
河川さんはボソリと呟くように言う。
ーー身体干渉の異能力だな。自身の血液を当てた相手の視界を一時的に奪い、目を見えなくする異能力だろう。ーー
なにそれ怖い。
でも一時的か……。
「ちょっと、金沢さん? 道間違えてません?」
「近道よ~?」
車道から見える景色に、瑠璃は違和感を覚えたらしい。
しかし、直ぐに瑠璃は月影さんへ顔を向ける。
「落ち着いてください。異能力によっては豊花みたいにやむを得ず使用しているーーつまり自発的に使っていると判断されなければ不適切な乱用には当たりませんし、なるべく情状を酌みます」
瑠璃は説得をつづけた。
「それに、帰る居場所がなくて困っているなら、適切な支援団体に異能力者保護団体側から繋いで用意しますから、必要以上に不安にならないでください」
月影さんは身を捩るのをやめた。
「そうなの? それ早く言いなさいよ! 始めっから言ってくれたらこんな騒がなかったわ!」
「お手数おかけします。視界も徐々に戻りますから、とにかく落ち着いてください」
なるべく異霊体侵食率を上げないように配慮しているのか、瑠璃は月影さんを落ち着かせるような言葉を矢継ぎ早に口にする。
月影さんも次第に落ち着いてきたのか、暴れようとはしなくなった。
(55.)
暫く車に乗っていると、アルプラゾラムの効果が現れてきたのか、身に感じる不安が多少落ち着きを取り戻しマシになってきた。
だけど、次の瞬間に再び不安に襲われてしまった。
ーーなんとなく窓から見上げた空に、直感が微風瑠奈だと告げる黒い点……人影が宙に浮いているのを視認してしまったせいだ。
しかし、こっちに近づいてくる気配は微塵もない。
ただぷかぷか浮いているだけで、直感に反して本当にあれは微風なのか疑問を抱いてしまう。
けど、あれが微風だとしたら、いったいなにを?
「金沢さん? 今の大通りに入らなければ異能力者保護団体に着きませんよ? 道に迷ってませんか?」
「……そうね~」
車は大通りに出るまえに方向を変えて、細道を走り出す。
嫌な予感がする。
このひと……金沢叶多に対して不信感が募る。
瑠璃も不審に思ったのか、「さっきから走る道を間違えています」と幾度も叶多さんに提言し出す。
しかし、叶多さんは「そうかしら~」と厭らしい笑みを浮かべながら、提言を無視している。
次の道を曲がり、少し進んだ直後ーー。
車の目の前にーー道のど真ん中に突如“木”が現れ、車のフロントが“現れた木“に衝突して止まってしまった。
衝撃が襲い来る。
「ひっ!?」
皆それぞれ悲鳴を上げる。
車がガクンと振動して無理やり停車させられた。
木は地面から生えてきたかのように、その場から倒れようともしない。
シートベルトをしていなかった月影さんだけ前に飛び出そうになるのを、僕は両手で反射的に防いだ。
次の瞬間ーー。
瞬きした刹那の間に、目の前に手を繋いだ三人の女性が出現した。
三人は数cmほど浮いた位置から地面に着地する。
三人組は繋いでいた手を離した。
真ん中には、ウェーブがかかっているふわふわした栗毛の二十代後半ほどの女性が堂々と立ち塞がるように佇んでいる。背丈は165cm強ほどだ。歳の割に膝上の短いスカートを履いている。
僕たちから見て左側には、癖毛が酷いショートヘアーの二十歳過ぎの女性。栗毛より10cmほど背が低い。ロングスカートで綺麗なピアスをしており、童顔の割に大人びた雰囲気を感じる。
右隣には、幼く見えるツーサイドアップの髪型をした16~18歳ほどの少女が一人。背は癖毛より少し低い。
直感と記憶が教えてくれた。
ーーこいつら、少なくとも二人は愛のある我が家の構成員だ。
ウェーブがかった栗毛の20代後半、自称167cmという女性ーー青海舞香。
癖毛が酷いが、小綺麗な装飾品で大人びて見える二十歳過ぎの女性ーー嵐山沙鳥。
ともすると、栗毛の隣に立つツーサイドアップの髪型をした少女も、愛のある我が家の構成員ないし関係者の可能性が高い。
突如、脳内に聞き取りやすい澄んだ声が流れた。
『異能力者保護団体に潜り込んでいた鼠。リベリオンズのスパイーー金沢叶多を、速やかにこちらに引き渡してください』
全員の脳裏に響いたのか、瑠璃と河川さんは叶多さんに顔を向ける。
「て、敵対組織“愛のある我が家”よ~! 交戦準備!」
叶多さんは疑惑を振り払うかのように大声で全員に伝え、拳銃を取り出すなりドアを開けて降車した。
瑠璃は訝しむような表情のまま降車し、特殊警棒を横に振り伸ばす。
直後に河川さんも車から飛び出し、ナイフを自身の手首にあてがう。
僕も遅れて車から降りると、三人組ーー嵐山沙鳥、青海舞香、名称不明な少女と対峙するよう顔を向けた。
「私たちは愛のある我が家です。弾を装填すらしていない不様な鼠ーー金沢叶多を、私たちに引き渡してください」
嵐山は冷静な口調で、叶多さんではなく瑠璃に視線を向けて声をかける。
しかし、嵐山はすぐさまフッと表情を変えて首を振った。
叶多さんは慌てて拳銃のスライドをひき、弾丸を装填する。
「異能力者保護団体側は下まで報連相が行き届いていないのですか? しっかりしてもらわなければいけませんね?」
「なにがホウレンソウよ! 第一、どうして捕らえたはずの青海舞香がそこにいるの!?」
「その程度の情報すら共有されていないのですか」嵐山は嘆息すると、僕に視線を移す。「……おや? 貴女は把握しているようですね? 見習いのようですが、不思議なものです」
「話し合いの余地はなしよ~! 河川、葉月、杉井! 殺害の許可を出すわ~!」
叶多さんが発砲しようとしたのは目に映った。
しかし、銃声はいつまで経っても聴こえてこない。
目をやると、叶多さんの手許から拳銃が消失していた。
青海が黒いなにかを、指でくるくる回しているのが目に映る。
直ぐにそれが、叶多さんがさっきまで所持していた拳銃だとわかった。
青海はその銃口を、叶多さんへと向ける。




