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Episode03/2.女になったからには……。

(08.)

 父、母、僕、そして一番最後に帰ってきた大学生の姉ーー裕希(ゆき)(ねぇ)の四人でテーブルを囲い、夕食を口にしていた。

 裕希姉は週に三回ドラッグストアでアルバイトをしているが、きょうはバイトの日ではないから夕食を囲う。


 そんな食事の最中、普段と違い無言で僕の姿を観察していた裕希姉が、開口一番疑問を呈してきた。


「ゆったー、マジで女になったの? ママやパパは何だか信じてるみたいだけど、私には全く信じられない」

「信じてくれとしか言えない……内容は伏せるけど、僕しか知らない秘密を母さんに質問してもらったりして、どうにか納得してもらったし。とりあえず、僕は豊花で間違いないってことは断言できるよ」


 裕希(ゆき)(ねぇ)から疑惑の眼が向けられつづけ、気になって気になってしょうがない。


 気にしない気にしないーーそう考えながら、僕は夕食の鮭に箸を伸ばし、身を抉り取る。

 それを白米に乗せたら、茶碗に口を付けてご飯を流し込むようにあまり噛まずに喉に流し込む。


「もぐっーー!?」


 しかし、すぐに喉に詰まり、息ができなくなってしまう。

 慌ててお茶の入ったコップを掴む。


「あー、たしかにゆったーみたいだー。女の子になったならもっと丁寧に食べなさい! ゆったの今の姿とその荒い動作や座りかた、食べ方も含めて容姿に似合ってないよ! 違和感ありすぎるからちょっとは直せ!」

「げっほ! げほっげほっ、げぇーっ……はぁはぁ、ご、ごめん」


 飲み切れずにティッシュの上にご飯を吹き出し、なぜか責められるがまま裕希姉に謝罪するのだった。


 というか男女差別じゃないか?

 一々、女になったからって、仕草や動作まで急には変えられるものじゃない。


 骨格が違うのか、さっき自室で自然と女座りをしたうえ、その体勢が楽に感じられたけど……。


 そもそも、動作や座りかた、食べ方が今の見た目に合っていない? 

 そういえば、あまり考えていなかったけど、外見は女の子になっていても、歩いたりなにかしたりするときは、男だったときと同じ感覚で動いている。


 それは周りに違和感を与えるものなのだろうか?


「あと、服は変えあるの? もしかして、それ。その靴下とパンツ、ワイシャツ以外、女物の服がないんじゃない?」

「……うん」


 裕希姉に言われて素直に頷く。

 このままじゃ異能力者保護団体に赴くときに着ていく服がない。


「やっぱり。しょうがない。私が自分で服を買うようになったのって中学生ぐらいからだから、それ使っていいよ。多少はブカブカでも、ないよりマシでしょ?」

「この身体、一応14歳らしいから中学生時代の服ならピッタリじゃない?」


 家族みんな、首を傾げてしまう。


「いや、中学生っていったら普通155cmくらいはあるわよ? ゆったー明らかに150cmない145cmくらいじゃん。下手したら小学生にも間違えられるよ。合わせ技で童顔だし。まあ、背の低い中学生に見えなくもないけど、雰囲気がね?」

「いや、でもたしかに14歳だって……」


 いや、この際、年齢なんてどうでもいいか。


「とにかく、食べ終わったら私の部屋に来な。何着か選んであげるから、明日からそれ着て出かけなよー。あと、見た目は美少女だってのに動きの端々が男っぽくもあって、なんだかアンバランスに感じる。ゆったー、周りから奇異な目で見られたくないなら、少しは女らしくしなさい」

「う、うん。ありがとう、裕希姉。女らしくかぁ……」


 あまり考えていなかった。

 そう、女になれたというだけではしゃいでいたが、今の段階では、外見が女の子に見えるだけで、中身は男そのもの。


 もっと女らしさを醸し出さなければ、裕璃以外の女子と仲良くなることなんてできないかもしれない。

 思考自体は男のままなんだし。


 ひとまず今できることとして、大きく広げていた足を、清楚な雰囲気を出すためしっかりと揃えて座り直した。

 あとはご飯をガツガツ食わずに、ゆっくり、丁寧に食べることを心がけた。


 男女平等と世間では謳われていても、実際には違和感を抱くひとはまだまだ多そうだ。

 好みじゃないけど、がさつな女の子だっているんだし……。





(09.)

「この辺りかにゃー? んー、おっ、あったあったー」


 姉の部屋に、裸ワイシャツで鎮座する者。

 それはまさしく、僕のことだった。


 裕希姉が自室の箪笥の一番下を引き出すなり、奥に手を伸ばしながら衣類を漁り出していく。

 裕希姉はなにかを掴んだのか、声をあげながら腕を箪笥から引き抜いた。


「まずはこれ。まだ9月だし、ちょうどいいんじゃない?」


 裕希姉は夏用の薄手の清楚に見える白いワンピースを差し出してきた。


「あ、うん。ありがとう」


 裕希姉からひとまず受け取り、サイズを見るために広げてみた。


「あれ、裕希姉って小柄だったっけ?」


 このサイズなら、この身体でも若干合わないくらいで、我慢すれば着れなくもない。


「チビだったけど、なにか? つーか、だからこそサイズ合うかもしれないなーと思ったからこそ、こうやってプレゼントしてやってんじゃん生意気なー。けど私が中坊のときよりその身体小さいからにゃー」


 裕希姉が中学生の頃、つまり、12歳から15歳辺りに着ていた服ということになる。


 僕がまだ幼い頃の裕希姉の服だ。

 あまり印象になくても無理はない。


 裕希姉は、いくつか適当に洋服を取り出すと、ひとつずつ広げて確認していく。

 畳んだ衣服を左右に別けている。

 どうやら、片方を僕に貸してくれるらしい。


「このショーパンなんてガキん頃に買ったヤツだし、多分いまのゆったーにはピッタリ合うんじゃね?」

「ぱ、パンツ?」

「下着想像してない? 全然違うから。要するに丈が短いズボンのこと。それの下に下着を履くんであって、これの上にズボンやスカートを着るんじゃないからね? 見たらわかるだろうけど」

「な、なるほど……」


 ショーパンーーつまりショートパンツか。

 これを着て歩くのをイメージすると、少し以上に過激な気がした。

 ほら、なんか腰の辺りにハートマークの穴が一ヶ所空いているし。これじゃ、(ロリコン)を誘うために作った服みたいじゃん。


 少なくとも、僕なら手は出さずとも、近場に居たらチラチラ見てしまうだろう。


 いけないいけない。

 卑猥な妄想はやめよう。


 そもそもの話、男の目線を気にしてお洒落しているーーって考え方自体、男だったーーしかも少し拗れた男子高校生のーー僕の偏見だ。

 お洒落は自分自身のためにするって小耳に挟んだこともあるし。


「あとはカットソーをいくつか渡すから、それとパンツって組み合わせ。あと今からスカートも出すから、下はそれにしてもいいんじゃない?」

「う、うん」

「とりあえずさぁ、一回それに着替えてみなよ? 私がチェックしてやるから」

「え、えっと……これに?」


 僕の手には、今しがた渡されたシンプルな淡い青色のTシャツと、かなり短めのショートパンツが握られている。


「そそ。それにちゃちゃっと着替えてみ? 私がファッションチェックしてやっから。色合いとか微妙だけど、全く合わないわけじゃないから問題ないっしょ?」

「わかった。着替えてみるよ」


 僕はワイシャツを脱ぎ捨てた。

 まずはショートパンツに足を通して腰まで上げていく。

 意外なのか予想どおりなのか、きちんと今の身体のウエストに余裕はあれど合っており、ずり落ちたりする心配はなさそうだ。


 しかし、今まで男として暮らしてきたせいか、こんなに生足を出すズボンなんて着た試しがない。

 どうしても、太ももが露になっていることに対して羞恥心を抱いてしまう。


 次はTシャツに首を通し袖に手を通す。

 こっちはズボンより裕希姉が少し成長したあとの服なのか、少しだけサイズが大きく、袖から手のひらがすべて出ない。


「ちょっと、なにそれ? なんなのそれ誘ってんの? それノーパンみたいだよ? ぶっ!」


 自分から着ろと仰ったのに、噴き出すなんて酷くはないでしょうか?


 そう言いたいが、杉井家の家訓にひとつ、『姉の暴虐には逆らわずに耐えるべし』と刻まれている。

 逆らっても逆ギレされるだけだ。


 そう考えおとなしく座ったまま、次の反応を待つことにした。


「まあ、そういうオーバーサイズのお洒落の仕方もあるから、そんな気にすることないんじゃない?」


 Tシャツの裾が長くて、ショートパンツが短いせいで、ショートパンツにTシャツが覆い被さり、Tシャツから生の足が生えてるように映ってしまう。


 動けばズボンが見えるから疑われる心配も少ないし、裕希姉の言うとおりなら、これもお洒落の一種らしい。


 でも、ただでさえショートパンツだけでも刺激だと思うし恥ずかしいのに、さらに過激な格好にしてどうするつもりなんだ。


「もー少し短いシャツあるから、それ着りゃ解決だね。はい。シャツとスカート、いくつか着れそうなの纏めたから全部あげる。どーせもう着れないし。捨てようと思っていたから」


 結構まとまった量の衣類を、すべてそのまま手渡してきた。


「うわっ、とと……ありがとう裕希姉。助かったよ」

「どういたしまして。昔から妹ほしかったし、意外と楽しかったよ。でも、いつ弟に戻る系なの? いつまで妹でいるん?」

「……え? いや、その……多分、戻れない」


 そう言うと、裕希姉は普段と変わらない表情のまま、普段は口にしないような言葉を発した。


「まっ、強く生きろよー。生きてりゃいいことあるからさ?」


 ……べつに、僕は男に戻れなくなったからといって、なにも気落ちなんてしていない。


 なのに、なぜだか裕希姉の励ましが、しばらく消えずに、心に残るのであった。



 風呂に入り改めて全裸の自分を鏡で見て、少し羞恥に駆られたりしたあと、自室に戻るなり、僕は謎の疲労感からすぐに布団に潜るとまぶたを閉じた。


 明日は朝から異能力者保護団体に行って……それから……。


 ………………。

 …………。

 ……。

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