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Episode17/1.ー思惑ー

(??)

「いやっ! やめて!」


 窓から夕陽が差している一室。

 小太り気味で体臭を漂わせている19歳の男が、少女を押し倒していた。


 時計の針は午後5時を指していた。


 少女はまるでアニメの中から出てきたような、男にとって理想そのものの姿をしていた。


 美しく長い青髪が乱れ、まだ16、17歳ほどの幼気(いたいけ)な雰囲気を纏っており、同時に容姿は少し大人びていた。


 彼女は今、必死に抵抗しようとして、“五割”の力で男に抗っていた。


 室内には、その二人しかいない。


 窓の向こうは橙に染まっており、まだ電気も点けていない。

 窓の外から、微かに波の音が聞こえる。


「ごめん、でも耐えられない! ごめん! 無理だ我慢できない!」


 醜い顔をした男は、鼻息を荒くしながら床に敷いてある布団に少女を倒したまま、慌てて自身の下着を脱ぎ捨てる。


「どうして酷いことするの!? 酷い! 最低! 最悪! キモい! 臭い! 死ね! 死んでよ! あんたなんか、大嫌い!」


 少女は男に罵声を浴びせるが、男を退けようとする腕力は、違和感を覚えるほどに弱々しい。


「我慢できないんだ! どうして触れられるんだ!? なんて理想的な異能力なんだ!」


 男は少女のスカートを捲り上げ下着を無理やり脱ぎ取ってしまう。

 下半身だけ立派になっている男は、少女の太ももを無理やり左右に広げのしかかる。


「いやぁああああッ!」


 部屋の中、悲痛な叫声が木霊するーー。




 部屋のなか、二人の男女は横たわっていた。

 男は布団で裸のまま眠っている。


 少女は涙を流し「死ね」や「死んでよ」と呟きながら、男のスマートフォンを取り出し、男の指で指紋を認証させ勝手にロックを解除した。


「どうして……だれか、どうにかしてよ……」


 少女は呟きつつ、どこかへ電話をかけた。


「異能力者になったの、いや、なりました。えっ? いや、私じゃなくて、あのーー」


 たどたどしく説明を終え、少女は通話を切った。


「殺してやる。必ず、ぜったい、なにがあっても許さない。臭いし、気持ち悪いし、ブサイクだし、デブだし、親の脛かじりだし……そんなやつに純潔を汚された。平然な顔をしながら……ありえない」少女は誰かに言うでもなくつづけた。「神様。どうして、こうも悪い要素ばかり詰め込んだの? ああ……とにかく、明日になれば、きっとなんとかなる……」


 少女は罵倒し終えると、泣きながら男の寝ている布団に自ら潜り込む。


 男の顔を間近でしばらく見たあと、愛しい対象を見るような瞳をさせながら、自身の唇を男の唇に押し当てた。


「早く、死んでよ……強姦魔……ロリコン……臭い……死ね……死んじゃえッ…………どうすれば……いいの……なんのために……わたしは……」


 行動と言動が矛盾している少女は、男の胸に顔を埋め、抱きつくように片手を男の背中に回すと、深い眠りに落ちていく。


 波の音は、相変わらず窓の外から微かに室内に届いている。






(??)

 ーー丑一つ刻。


 暗闇のなか、路地裏の電柱に背を預けて立つ青年がひとり。


 二十歳前後の年齢をした青年ーー大空静夜(おおぞらせいや)は、ズボンのポケットに片手を入れて、誰かを待つように佇んでいた。


「も少し待ち合わせは明るい場所にしてくんない?」


 大空静夜の視界には誰も映っていない。

 辺りの風景に映らない場所から、明るい声質の言葉が大空静夜の耳に届く。


 大空静夜の目の前に、小麦色の肌をした金髪の女性が突如として現れた。


「人目につくと困るのは、俺もおまえも同じだ。お互い様だろう、(したなが)?」

 大空静夜は、それに、とつづけた。

「リベリオンズは探知、探索を人の目に頼りきっている。誰が操られているか見た目で区別がつかない以上、人目がつかない場所でなければ、リベリオンズに対する欺瞞行為が露呈しかねない」


「まっ、そりゃそっかー」


 小麦色の肌をした二十歳の女性ーー二翠月(したながすいげつ)は、大空静夜に小さなポーチを手渡した。


「沙鳥っちから言伝て承ってるよん。短期間でカルフェンタニルは用意できなかったから、代わりにフェンタニルを用意した。それで十分やんーーみたいなこと言ってたはずだよん」


 大空静夜はポーチから小瓶ーーアトマイザーを取り出した。

 その中身を確かめるように、アトマイザーを指で摘まんで窺い見る。

 中には、少し濁った白色の粉末が100mgほど入っている。


「ーーああ、十分だ。奴らはナロキソンなど常備していない。異能力発動にアイスーー角瀬偉才(かくせいざい)が用いるのは、正反対の作用を持つ覚醒剤だ」


「なんなんそれー? 名前だけ知らされて静夜に渡せって沙鳥っちに言われただけだからさー、それがなんなのかあたし一切知らないんだけど」


 大空静夜はポケットにフェンタニル入りのアトマイザーを忍ばせる。


「聞いていないのか? フェンタニルはモルヒネの100倍の力価。ヘロインの50倍の効果を有す、致死量(半数致死量)2mgの麻薬だ」


 カルフェンタニルならモルヒネの10000倍。致死量は0.02mgだったんだがなーーと大空静夜は呟いた。


「異能力者研究所に軟禁されていた妹を助け出してくれたことに礼を言う。これで、一年以上“大空白を救出する同志”としてリベリオンズに入り、ターゲットと親しい関係を築いた甲斐がある」

「毒殺かー。そんなん上手くいくの?」


 大空静夜は頷き、肯定する。


「リベリオンズの目を潰す。おまえら愛のある我が家にとっても利になるだろう。違うか?」


 二翠月はおちゃらけた表情を浮かべると、衣服ごと体が徐々に透明になり、やがて風景から完全に姿を消した。


 大空静夜は月明かりに照らされながら、夜道を歩き、その場から立ち去った。






(??)

 丑三つ時、某所建物内。


「本日から、新たな仲間を一人入れる。皆、仲良くするように」


 ブロンドヘアで碧眼をした女性ーー暗号名マリアは、室内に座る戦闘要員として前線に立つ仲間たちに紹介していた。


 マリアの隣には、黄色がかった銀髪の18ほどの少女が佇んでいた。


 男四人、女二人。計六人のマリアの部下は、その少女を拍手で迎え入れる。


「ごきげんよう。砂月楓菜(さつきかえな)と申しますわ」

「新たにコードネームを考えなくちゃならねーな?」


 ギョロりとした目をしている痩せこけた男ーー暗号名アイスは、隣に座るナイトーー本名、大空静夜の肩を馴れ馴れしく叩く。


「ここに居るってことは、前線に立って働く仲間と思って相違ないな?」


 ナイトは砂月楓菜を横目にマリアに問う。


「そのとおり。暗号名は本人が先ほど決めた」


 砂月楓菜はマリアの一歩前に立つ。


「ええ、わたくしのコードネームはルーナとお呼びくださいませ」


 砂月楓菜ーールーナは右足を斜め後ろの内側に下げ、左足の膝を少し曲げると、両手でスカートの左右の裾を掴み軽く持ち上げて挨拶した。


「わたくしの知り得る愛のある我が家の情報と、わたくしの能力の内容をお伝えいたしますわ」


 ルーナは内心憤慨しながらも、味方となった仮の仲間に礼儀正しく接する。

 愛のある我が家の情報といっても、数名の異能力の内容のみで、詳しい塒は把握していなかった。


 しかし、愛のある我が家に己の本懐がバレてしまった手前、別の組織の力を借りるしかなくなったのである。


 砂月楓菜ーー本名、ルーナ・アセトアルデヒド・アリシュエール∴ルナール。異世界から来た聖霊操術師は、リベリオンズに仲間入りを果たした。


 いずれは組織のトップに立ち、やがては国のトップに立つ野望を燃やしながらーー。

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