Episode15/4.異能力者(後)
ありすは長々と説明をつづける。
僕は息を飲んで言葉を待つ。
「そして、今回暴れて能力と顔が完全に割れた微風瑠奈と、元から名前と能力の浅い部分は把握していた澄だけど……この二人は第1級異能力特殊捜査官が確認して、異霊体の存在が見受けられないから法的には異能力者に該当されないーーみたいな変なメッセージを師匠は送ってきてる」
ありすはあぐらをやめて、スマホを取り出すと、画面を見ながら布団に寝転がる。
「微風瑠奈の名前は知らなくても、容姿と軽い能力は私も師匠も知ってたよ? 澄は名前も顔も割れてるし。けど、この二人の暴力は未知だった。底知れなかった。今まで私や師匠に全力を見せていなかったんだよ。澄に至っては、未だに奥の手を潜ませてるーーそんな気がしてならない。少なくとも、日本の警察力どころか軍事力を総動員しても勝算は皆無」
警察力?
軍事力?
つまり、拳銃どころの話じゃない?
機動隊や自衛隊、日本の特殊部隊を動員しても、澄という個人には歯が立たないことを意味していた。
まるで都市伝説だ。身震いしてしまう。
ありすは二人について述べる。
ーー微風瑠奈。
推測では、風と空気を操る能力らしい。
大暴れたした結果、現場の第1級異能力特殊捜査官は脅威度A相当の異能力と判断した。
しかし、異霊体は確認できず、実際異能力者限定で発現する異能力者研究所に所属する異能力者の力は微塵も通用しなかった。
ありすは知らなかったが、師匠は名前まで既知だったらしい。
小中学生に見える程背が低く、140cm前後で、片側のモミアゲだけ緑に染まっていらしい。
今回判明したのは、“変身”したら肩までだった髪は伸び、黒髪全部が緑に染まり、周囲には緑色に輝く粒子が微風を纏うように舞っており、幻想的な姿に変貌して能力がより強力になったという事。
大気を圧縮して創造した空気の塊を刃として周囲に飛ばし、暴風を吹き荒らしながら辺りを炸裂し駐車場の車すべてをバラバラにしてスクラップにしたらしい。
銃弾もアサルトライフルも空気の壁のような物に全て弾かれ、対異能力者の限定的な異能力も一切通用しなかった。
第1級異能力特殊捜査官の高杉という人物から聞き出した情報では、呪文のような言葉を述べるとき『ルーナエアウラの名に於いて』と口にしていたという。
本名が“微風瑠奈”なのかすら疑わしい。
今回の大騒動で一番暴れた張本人だと、ありすは詳細に説明してくれた。
脅威度A相当と判断される異能力を使っているのに、異能力者じゃない?
法的に異能力者には該当しない?
異能力者に限定ーー異能力者相手のみに局所的に特化した異能力者も存在している?
いろいろ思考をするが、気になる固有名詞が多すぎて、考えが上手く纏まらない。
とにかく伝えてくれた情報をきちんと記憶するように努める。
ーーそうだ。記銘し保持し、想起できるようにするべきだ。再認ではなく再生も鍛えるようにするべきだ。ーー
……そもそも想起やら再認やら再生ってなんだよ?
異霊体の癖して、やけに上から目線だな?
意識を奪おうとしている存在の癖に妙に馴れ馴れしい。
ーー端的に説明すると、記銘は情報を覚えること。保持はその情報を維持すること。想起は情報を引き出すことだ。ーー
だから、再認と再生はなんだよ?
ーー先程も教えたとおり想起に分類される三つの内のふたつだ。詳細に語られるのは嫌だろう? 端的に言うと、再生は記憶した情報を自ら引き出すこと。再認は他人に言われたり関連する言葉を目や耳にしたりして情報を思い出すこと。再構成は過去の経験や知識から情報を組み合わせ改めて記憶を構築することだ。忘却は再生も再認もできず思い出せなくなった記憶だ。忘却は私の持論だがーー
長い!
端的に説明してくれるんだろう?
「杉井ー? またなの?」
「いや、いい。つづけて」
「最後に知っている澄についてね?」
ーー澄。
130cmの童女。白い髪で鮮紅色の血のような瞳孔をしている、おかっぱ頭で常に和服を着ている姿しか見たことがないらしい。
ありすもありすの師匠も顔と名前は知っていた。
異能力者保護団体側も存在は認知していた。
師匠ーー清水刀子はもう少し深い情報を知っているのか、ありすに対して深入りするなと勧告していたらしい。
名前と顔は割れていたが、能力の底は未だ見えず、異能力者保護団体側は対策を見誤っていた。
日本の警察や機動隊でも対応に苦悩していた“girls children trafficking organization”通称“GCTO”や“異能力者解放戦線”といった、数年前には実在していた特殊指定異能力犯罪組織らを、たった一人で壊滅させた。いや、皆殺しにしたという。
血に由来する様々な能力を使っているが、一度も本気を見せたことがない。
師匠と仕事を共にしたときも、素のままで敵対勢力を無傷で壊滅させた。
今回、血界という師匠も初めて目にした能力を使い、施設内全域と周囲を様々な赤に染め上げ、その間、施設内に居る異能力者は、誰ひとり異能力を行使できなくなってしまった。
ありすの師匠曰く、『異能力者基準で測る脅威度という尺度なぞ超越している。例え他の愛のある我が家の面々に抵抗できたとして、あいつにだけは対抗しようがない。不可能だ。異能力者ではなく化け物として考えるべきだ』と評していた。
GCTOやら異能力者解放戦線やらは、警察も異能力者保護団体も手を焼いていたらしい。
金銭と引き換えに敵を一人残らず皆殺しにして壊滅させたのが、その澄という幼女だという。
GCTO?
異能力者解放戦線?
かつてあった異能力犯罪組織のことなんて僕にはわからない。
幼い頃から今までテレビでニュースを見てきた記憶を辿っても、そんな犯罪集団の名前を目にしたことは一度もない。
……異霊体が口を挟んで解説したのが正しければ、再認すらできていない。
つまり、元々覚える機会がなかった可能性が高い。
けど、構成員たったひとりで、数多の異能力者が所属しているだろう犯罪集団を壊滅させたと聞くと、一番ヤバい異能力者ーーいや、異能を持つ者だというのは理解した。
そんな極悪な能力者が多数所属している愛のある我が家に対して、警察も迂闊に手が出せないのは、ある意味当然とすら思えた。
「そして能力も顔も名前も割れていないメンバーが、ほかにも五人いた。異能力者保護団体側で集めた情報を元にした推定じゃ愛のある我が家は七人と推測していたのに、実態は三人も多かったんだよ。これで全員女で構成されてるって判明したなー」
ーーまあ、沙鳥の性奴隷として売られた過去を踏まえると、大の男性嫌悪を発症してもおかしくはない。
ありすはそう言い仰向けになると、天井の灯りに目を向ける。
「取引で愛のある我が家側は全員の“名前だけ”開示してくれた。ただ下部組織のAlstroemeriaまでは開示してくれなかったけど……。愛のある我が家の未知の五人はーー現世朱音、二翠月、銀羽夢、栗花落夏姫、春夏冬知佳。この五人に関しては、能力も顔も開示してくれなかった。まあ、既知の構成員の能力を踏まえるなら」
ーー全員、脅威度A~B相当の異能力者だと考えたほうが合理的だね。
ありすは愛のある我が家の話を、そう締め括った。
「……」
僕が知る異能力者は自身と瑠衣だけで、今までリアルで遭遇したことなんてなかった。
だからか、見識が狭く異能力者に対して視野狭窄になっていたのかもしれない。
世界には、いや日本国内ですら、もっといえば神奈川県内で活動している異能力者にもーーこんな極端に極悪といえる異能力者が勢揃いしているなんて……考えもしなかった。
こんな極悪犯罪組織と、瑠璃が所属している異能力者保護団体が、同盟を結ぶ?
仲良く手を組む?
いつ後ろから刺してくるのかわからない存在と?
話を聞いて不安が取り除かれるどころか、瑠璃の身が尚更心配になってしまった。
不安感と焦燥感が収まらない。
余っていて不要なら、今すぐにでも、瑠衣の机に詰まっているリスペリドン内用液をひとつくらい拝借したいほどだ。
「愛のある我が家の構成員は全員、『愛』と銘記された精巧に造られていて模造が難しいバッチを所持してるから、それを提示した異能力者に異能力者保護団体側に与する存在は、危害を加えたり行動を阻害したりするのを禁ずるーーこれが交わされた密約のひとつ」
「は……は!?」
善の組織と言っても過言ではない異能力者保護団体系列の組織。
つまり、異能力者保護団体および異能力者研究所ならびに異能力犯罪死刑執行代理人は、本日以降、現在神奈川県内で一番極悪と言っても過言じゃない悪の組織の異能力者に、一切手が出せない!?
そんなのーー。
「犯罪者に好き放題やられてるのを見過ごすって言ってるの!?」
「“愛のある我が家”だけ、だよ。異能力犯罪は引き続き取り締まるよー?」
「警戒レベルが1になった理由って、そういう……」
要するに、異能力者保護団体側が降伏して一方的な条件を呑んだから、愛のある我が家は異能力者研究所から手を引いたということだったのか。
てっきり、攻め込まれたけど武力で追い払った。
もしくは説得したか、全員拘束した。
最悪、相手を皆殺しにした。
ーーそのどれかだと思い込んでいた。
「ただし、こっちも無条件降伏じゃない。しっかりこっちの利益にもなるように『“リベリオンズ”との同盟を破棄する』という条件を提示したみたい」
「……リベリオンズ?」
「特殊指定異能力犯罪組織リベリオンズ。政府転覆を企む反国家組織だよ。そことの同盟を破棄させた」
破棄させたーーということは、向こうはその条件を呑んではくれたのか。
反国家組織……そのカテゴリーに分類されているだけで、こちらも愛のある我が家並みに、いや、たしかに、それ以上に危険な組織だと思えた。
「師匠は今回の同盟で愛のある我が家の力を利用し、異能力犯罪死刑執行代理人も動員して、リベリオンズの塒を見つけて一気に叩き殲滅するのを企てているんだってー」
犯罪組織と手を組んで犯罪組織を殲滅する……頭が混乱してきた。
「煌季を呼び出せれば私も動けるんだけど、来てくれるかなー?」
「さっき言ってた治癒の異能力者だっけ?」
「そそ」ありすは右手を天井に伸ばす。「刀子師匠には現在三人弟子がいるんだけど、私は大怪我してるし、静夜兄ぃは殺し屋のままで、そもそも異能力犯罪死刑執行代理人に向いていないし……私の妹弟子ーー真中だけが師匠の弟子で唯一動ける人間かー」
ありすは残念そうな、少し寂しげな表情を浮かべた。
ふと、異能力の成長という用語を言っていたのを思い出した。
ありすに訊こうとした瞬間、扉がノックされた。
「瑠衣なら寝てるよー?」
ありすは部屋の外に向かって少し大きな声で言い放つ。
え? と思い瑠衣の様子を窺うと、うつ伏せのまますやすや寝息を立てて眠っていた。
うつ伏せで息苦しくないのだろうか。
枕におでこを乗せているから呼吸は苦しくないか……。
扉を開けて瑠璃が部屋に入ってきた。
「お風呂空いたから、豊花も入っちゃって」
「え? ああ、そうだった」
大輝さんたちに風呂に入るよう勧められていたのを思い出した。
瑠璃に新品だろう白色の下着と、「サイズは我慢してね?」とピンクの上下パジャマ、そしてバスタオルを手渡された。
そのまま瑠璃に浴室まで案内されたのであった。




