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Episode15/1.異能力者(後)

 なんとも喜ばしいことが起きた。

 僕は葉月家のトイレを借りて用を足すためにパンツを下ろしながら、感極まっていた。


 いや、べつに好きな子の家のトイレに感動しているとかそういうわけじゃ決してない。

 第一、大輝さんも大便を捻り出している場所だ。


「血が……止まった!」


 僕は排尿を終えるなりすぐさまトイレから飛び出し、喜びを分かち合おうとリビングに突入した。


「瑠璃! 瑠衣! 生理が……生理が止まった!」


 嬉々として報告するがーー。


 そこには、大輝さんと瑠美さんが晩酌をしているだけで、瑠璃も瑠衣も、それどころかありすの姿さえなかった。


「う、うむ、そうか……それは、その……よかったのかな、瑠美?」

「あらあら、初めての生理、大変だったのね?」


 大輝さんは気まずそうな顔をする。

 瑠美さんは普段どおりニコニコしながら上品な声質で返事をしてくれた。


「あ……えと……す、すみません」


 なんだろうか。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。


 なんだか謎の羞恥心に襲われてしまう。

 この感覚、ロリエロマンガが母親にバレたときに似ていた。


 いや、同一視する事象じゃないし、生理現象とエロ本を比べるまでもないだろうけど。

 羞恥心という点だけは、少なくとも類似した感情だった。


 瑠璃や瑠衣に言うのは別に恥ずかしく感じないのに、二人ーー特に大輝さんに言ってしまったのが、妙に恥ずかしいと思ってしまう。


 私は慌てて別の話題を口にした。


「あ、あの、ほかのみんなはどこにいます?」


「あらあら。ありすちゃんは瑠衣と一緒に自室に行った筈よ? 瑠璃は今、お風呂に入っているんじゃないかしら? ねぇ、大輝さん?」

「そ、そうだな。遅くなってしまったが、きみもあとで入るといい」


「そうですか……それは、その、どうも……!?」


 なに!?

 瑠璃の入ったあとのお風呂に、だと!?


 途端に緊張してきてしまう。


 というか、大輝さん……本当に僕が元男だってことを忘れているんじゃなかろうか。


 第一、そもそも着替えその他もろもろ持ってきていない。

 制服はともかく、下着はどうすればいいんだ?


 まさか、汚パンツか?

 汚パンツになるのか!?


「あ、あの……いや……」


 なんでだろう?

 心は同性のはずの大輝さんに言うのを躊躇ってしまう。

 なぜだか恥ずかしいといった感情を抱いてしまうのだ。


 そもそも、苦痛からの解放で感極まって長時間費やしたトイレから飛び出して、当然葉月夫妻もいるリビングに入るなり生理報告をするのは、今になって思えば解放感からハイになっていたとしか思えない。


 生理が止まっている確証を得るため、ナプキンに付着している経血が新たに増えていないのを、トイレに籠って何度も確かめていた。


 股をペーパーで触れてみたり、ナプキンを装着したままパンツを脱ぎ履きしたり、暫し経ってから下着を下げて再度確認したりと、端から見たら、いったいどうしたんだと思われかねない行為を繰り返していた。


 二日目や三日目と比べると、四日目から経血の量は次第に少なくなっていたし、痛みも不快も四日目の午前にはだいぶ緩和していた。さらに四日目の夜には精神的な不安定さも解消されていた。 


 これなら、もうナプキンは捨てて、新たにパンツに装着しなくていいと思うんだけど……。

 友人の家でナプキンをどう処理するべきか、昨晩はありすにビビって錯乱気味だったから、裕希姉に訊くのを忘れていた。


 なにかを察してくれたのか、瑠美さんは席から立ち上がると僕の耳許に口を近づけ小声で囁く。


「下着やパジャマは瑠璃に言っておいたから大丈夫よ。もちろん、下着は使ってないのをあげるって言っていたから安心してね」


 新品とはいえ瑠璃の下着(パンツ)だと!?

 とはいえ、瑠美さんが近寄ってきたのはちょうどいい。


 本来なら、家主である大輝さんに訊くのが一番正しいんだろうけど……本当に何でだろう?

 男性に訊くのに少なからず羞恥心を抱いてしまうのは……。


 なら瑠美さんに訊くべきだと思ったが、さっきまで正面に大輝さんが居た。

 しかし、今は離れて僕に近寄ってくれている。


「あの……生理用品(ナプキン)って、その、トイレのゴミ箱みたいなヤツに捨てても大丈夫ですか? 血はもう止まったみたいなんですけど、ナプキンに少量付着したままでして……」


 大輝さんはなにを話しているのか耳に入れないように気をつかっているのか、こそこそ話をする僕たちに何も言ってこない。


「問題ないわよ~。でも、そうね……できれば折り畳んでペーパーで包んでくれると助かるわ~」

「わ、わかりました。ありがとうございます。なんかすみません」


 つまり直には触れたくないのだろう。

 やんわり指摘してくれて助かった。


「あと、家によって違うのも気をつけてね~。私はなにも気にならないけど、人によっては嫌がる家もあるから」


 この際だから訊いてしまおう。

 不思議と大輝さんと違い、瑠美さんに言うのには慣れてきた。


「変な質問すみません。そういう人の家で、どうしても代えなきゃ血が漏れるってなったとき、どうしたらいいんですか?」 


 瑠美さんは暫くして口を開いた。


「変えるとき新しいナプキンの包みが残るでしょう? 折り畳んでペーパーで巻いたあと包みに包んで、ナプキンを入れてるポーチがあるわよね。それに入れて鞄に仕舞っておくといいわよ。あくまで私の場合で、家庭によりけりだから、あとで姉妹や母親にも訊いておくのをおすすめするわ~」


 詳しい説明をしてくれた。

 提案までしてくれた。


 瑠美さんに訊くのは次第に羞恥心が薄れてきたけど、実の母に訊くのは、未だに恥ずかしいという気持ちが勝ってしまう。

 今度、密かに裕希姉に訊いてみるか。  


 瑠美さんは僕から離れ、大輝さんの方へと向かった。


「すみません。ちょっとまた、お手洗いお借りします!」

「話は終わったのかね?」


 大輝さんに言葉をかけられる。


「え? あ、はい」

「瑠璃は風呂に入っているから、トイレで用が済んだら瑠衣の部屋で、河川くんと一緒に遊んであげてくれるかな?」

「はい、そうします」


 僕は大輝さんの提案どおりにすることにした。

 だいたい、瑠璃も瑠衣もありすも居ない、夫婦で晩酌しているリビングに居続けるのは気まずいし、主不在の瑠璃の部屋に入るのは絶対NGだ。


 そもそもの話、消去法で瑠衣の部屋に行くほか選択肢はない。

 それに、瑠衣とありすに訊きたいことも頭に浮かんでいた。


 ーー異能力者について……。


 そして、特殊指定異能力犯罪組織ーー愛のある我が家についても知りたい。

 瑠璃に対して抱いている心配を解消するためにも……。


 僕は急ぎ足でトイレへ向かった。






(40.)

 夜の10時過ぎ。

 瑠衣の部屋に入ると、運び入れたのだろう布団の上で安静にしているありすに向かって、瑠衣が両手でなにかしようとしていた。


「ちょい待ち瑠衣? いま私洒落にならないから安静にさせてくれないかなーマッサージとか要らないから!」


 なんだろう?

 状況がよくわからない光景が広がっていた。


 嬉しそうにーーというよりニヤニヤしている瑠衣が、ありすの足を揉もうとしていた。


 瑠衣は着替えたのか、パジャマに身を包んでいる。

 さっき赤羽さんが帰ったあと、瑠衣は瑠璃より先にお風呂に浸かりに行った。


 その間、瑠衣以外の葉月家族とありすたちと、他愛のない話をリビングで交わしていたのだ。


 だからこそ、トイレから出たあと、まだリビングにみんなが居るものだと思って、声を盛大に上げながらリビングに突入してしまった……いま思えば頭がおかしい行動だったと強く自省した。


「瑠衣、ありすはやめてって言ってるけど?」


 既に夜も遅くなってきたと言うのに、この二人はいったいなにをしているのやら……。


「杉井ちょい待ち瑠衣を止めて!」

「豊花も、マッサージ、する?」


 どちらに加勢すればいいんだろう。

 ……いや、考えるまでもないか。


 ただ問題なのは、こんな成りをしているけど、僕の中身は男ということ。

 顔も髪も陰部も体躯も服装もーーすべて女になったといえ、心は男のつもりだ。


 そして、瑠衣とありすの二人は元から女の子。

 瑠衣を止めるためには強く触れなければいけない。


 数日前まで男だった僕が触ろうものなら、最悪セクハラになりかねない。

 変に危惧してしまう。


 ……単なる杞憂なのはわかっている。

 瑠衣は僕の手を握ってきたり、抱きついてきたり、自ら進んで接触を図ってきたし。

 こっちから触れたとしても、瑠衣は実際気にしないだろう。


「瑠衣、今日はやめてあげたら? ありす嫌がってるし、怪我の痛みもあると思うし」


 いや、弱気なんかじゃない。

 セクハラと言われたくないわけじゃない。

 瑠璃に似ている顔立ちや体型だからって、変に意識しているわけでもない。


 まずは言葉で制止する。

 もしやめなかったら実力行使するぞーーと暗に伝えたかっただけだ。


 僕の発言に対して、何故かありすが不服そうに唇を尖らせた。


「今日は? いやいや杉井、これ見てもわからない?」ありすは包帯が巻かれた腕側の肩を少し動かした。「一日で治ると思う?」

「ごめん……咄嗟に口にした言葉であって……一日で治るなんて思ってないよ」


 実際、とにかく“現状”を止めるため咄嗟に口から出た言葉だった。

 深く考えて発した言葉じゃない。


「む、豊花が、言うなら、仕方ない」


 やけに聞き分けがよかった。

 瑠衣はありすの足を掴んでいた両手を話すと、敷いた布団の横にあるベッドに腰掛けた。


「妙に聞き分けいいね? 杉井の命令なら素直に聞くんだー?」


 ありすは助かったという安堵のため息をしながら、瑠衣に対して厭らしい笑みを見せる。


「豊花、ありすと別れるの、止めるために、お父さん、説得してくれたから……感謝」

「それに関しては杉井の功績だしねー。私は瑠衣にはまた暫く会えなくなるなーって覚悟してたんだけど、まさか話し合いで解決するなんてね」


「もちろん、ありすも、大好き。ライクじゃない、ラブ」


 ありすは瑠衣に返事をせずに、僕に顔を向けた。


「助かったけど、杉井はなんの用で瑠衣の部屋(ここ)に来たの?」

「いや、瑠璃はお風呂だし、リビングには大輝さんと瑠美さん二人が晩酌交わしてるし……瑠衣の部屋に行って遊んであげてくれって言われたんだよ。それに、二人に訊きたいことがいくつかあるから」


 異能力について、異能力者に関してーー僕は無知に等しい知識を改善したい。

 異能力者の博士になりたいわけじゃない。


 ただ単に、異能力者になったのだから、異能力者として異能力者に関する知識を最低限身につけておきたかった。


 僕は静夜とかいう殺し屋と対峙するまえに、ありすと面と向かって顔を合わせるまえにーー歩きながら、瑠璃に改めて侵食率の上がる条件を教えてもらった。

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