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Episode02/2.幼い体躯

 しばらく僕の身体を下から上へと視線を移し全身を眺める。

 しばらくして、母さんは再び口を開いた。


「どうやら本当に豊花みたいね……」

「わかってくれたの!?」


「ええ。これで豊花じゃなかったら逆に怖いわ。会話の仕方や仕草、嗜好や態度、知っている情報や焦りかたまで、ぜーんぶ豊花と同じなんだもの。どうしたの? いくら名前に花が付いているからって、読み方は男の子の名前じゃない。気に入らないからって本当に女にならなくたってよかったじゃない」


 “名前の漢字に花があって女みたいと稀に言われるから名前を変えよう”とするんじゃなくて“性別を変えて名前に合わせよう”なんて考えに至る奴がいたら、もうそれはバカか、あるいは一種の天才かもしれない。


 しかし、僕はバカでも天才でもなかった。

 いや、成績はかなり悪いほうだけど……。


「いやいや、名前のせいじゃないから。単に異能力者になっただけだよ。異能力の内容が女の子になるってものだったんだ。常時発動型だから自分の意思で元の姿には戻れないんだよ」


「え……どうして、豊花……あなたが異能力者なんかにならなくちゃいけないの!? なにもしていないのに、どうして豊花みたいな子が、そんな目に遭わなくちゃならないの!?」


 ようやく現状を把握した母さんは、この状況に対して理不尽だと言わんばかりに、誰に向けるでもなく涙目になりながら文句を吐き出す。


 異能力者がどのような目で世間から見られているのか。

 母さんは理解しているらしい。


 過去に起きた凄惨な事件ーー異能力者道連れ連続投身自殺事件ーーある日、宮前区のマンションに住んでいた住人が、とある時刻を境に、同時に上階を目指して上がり始め、次々に高層から投身自殺をした事件。


 助かったのは、マンションに偶然いなかったどこぞの兄妹だけだった。


 それを引き起こしたのが異能力者ということが判明し、世間の異能力者を見る目は一気に厳しくなっていた。


 なりたくてなったわけじゃないのに、異能力者というだけで忌避されてしまう理不尽な社会だと、母さんは僕以上に理解しているみた。


 でも僕は、むしろ『異能力者になれてよかった』と、声を大にして言いたい気分だ。

 異能力者になった対価として、僕は美少女に生まれ変われたのだから……。


「まずは異能力者保護団体に連絡するよ。で、明日、身分証明書として保険証の写しとマイナンバーカードを持って行く。その足でそのまま、保護団体の施設に行くことにする」

「大丈夫? 明日朝早く行かなくちゃならないの? 一日くらい休んだら? そもそも平日よ? 学校があるんじゃないの?」


「大丈夫だよ。というより、異能力者になった場合、異能力者保護団体に名乗り出て色々と処理するまでは、学校には行けないんだ。たしか、そんなことを社会科の先生が言ってた筈……だから、さっさと手続きを済ませたいってだけだよ」


 僕は母さんに説明を終えると、スマホで異能力者保護団体を調べ、県内にある異能力者保護団体の電話番号を入力して通話をタップした。


 電話はつい緊張してしまう。

 だからこそ、迷わず考える前に一気に電話した。

 電話口から女性の声が聴こえてきた。


『こちら、神奈川県支部異能力者保護団体総合窓口です』


 電話口から女のひと……いや、どちらかというと、まだ未成年のーー自分と変わらないくらいの年齢の少女を想起するような声が聞こえてきた。


「あ、あの、異能力者になってしまったので、連絡を入れました」


 緊張しすぎてカミカミになってしまった。

 こういう点も改善されててくれたらなぁ……。


 女になったとはいえ、気弱な性格まではいきなり変わらないものなのか。


『わかりました。まずは口頭で次の質問に答えてください。あなたのフルネームと生年月日、年齢を教えてください』

「ええっと、杉井(すぎい)豊花(ゆたか)。17歳で生年月日はーー」

 

 訊かれた情報をすべて回答する。

 

『ありがとうございます。それでは次の質問に移ります。あなたの異能力は、分類するなら次のどれでしょうか? 身体干渉、物質干渉、精神ーー』

「身体干渉の、常時発動型です!」


 またもやなにか引っ掛かる。


 ーー本当に身体干渉だけなのか?


 なにか重要な事を忘れているような気がしてならない。


 でも、異能力者になった瞬間に濁流のように自分自身の異能力内容について脳内に一気に流れ込みしっかりと認知した筈だ。間違いとは思えない。


『身体干渉ですね。わかりました。常時発動型……とはいったい?』


 あ、あれ?


「な、なんか、とりあえず常に異能力が発動しているタイプみたいで、自分で異能力をやめたりつかったりが自由にできないんです」


『はあ、なるほど……ですと、とりあえず、それについては訪ねて来たときに再度確認させていただきます。それでは、その三。その異能力の内容を説明してください』


「お、女の子に変わる能力です!」

『……ええと、つまり今、電話口にいらっしゃるあなたは、元は男性だったということでしょうか?』

「はい、そうです」


『自力で元には戻れませんか? なにをしても男には戻れないでしょうか?』

「はい、戻れないらしくて……無理みたいです」



 今のままでは自発的発動は不可能だと、異能力者になった瞬間に流れ込んできた情報で把握している。


『その状態だと、異能力から市民を守る法律に違反しているという扱いになるかもしれません。もしも当団体に訪れる際に異能力捜査員等に取り調べを受けたら、緊急取締捜査に発展するまえに、既に当団体に事情を説明している旨をお伝えください』


「わ、わかりました」


 い、異能力捜査員?

 緊急取締捜査?


 なんだろう?

 麻薬取締捜査官や職務質問、尿検査みたいな事と似たものなのかな?


『それでは、保険証や運転免許証などの身分証明書を一枚。顔写真がないなら学生証などをもうひとつ。あとはマイナンバーカードか通知カードかのどちらか一枚。そして、可能なら住民票を一枚。以上を揃えましたら、神奈川県支部異能力者保護団体の総合受付まで御足労願います。期日は本日から30日間以内、10月9日までには来館をお願いいたします』


「はい、一応、明日には行く予定です」


『ありがとうございます。少しイレギュラーな部分があるため、そうですね。早めに来てもらったほうがいいと思います。それでは、“未来(みらい)”が担当いたしました』


「ありがとうございました……」


 説明を終え、緊張が途切れて「ふぅ」と嘆息する。

 電話は対面で話すより、なぜか神経を使ってしまう。


 これは癖なのだろうか?

 電話が苦手なひとも世の中には結構いると思う。単なる憶測だけど……。


 待っていても相手が通話を切らなかったため、適当なタイミングでこちらから通話を切った。


「どうなの、豊花?」


 母さんが心配そうな面持ちで声をかけてくる。


「とりあえず、さっき言ったとおりにすることになったよ」

「わかったわ。それよりも、豊花?」

「ん?」


「……」母さんはワイシャツの裾を手で伸ばそうとした。「これじゃ下着がまる見えじゃない。胸もはだけているうえ……貴女ノーブラじゃない! 下手したら乳首が透けて見えちゃうわよ?」

「へ? ……うわっ!」


 あまり考えていなかったが、今の自分の服装は、靴下とパンツだけを履き、その上からブカブカの白いワイシャツを着ただけという、かなり危ない格好をしているのを思い出した。


 これは際どい。

 このまま外出したら露出狂扱いされてしまう!


 たしかに、こんな格好で表に出るなんて、襲ってくれと言っているようなものだ。


 でも、女物の服なんて持っていない。

 それに、男子高校生だった時代の服は、体躯が幼くなり身長も縮んだせいで、どれもブカブカで着れたもんじゃないだろう。


「とりあえず、夕飯まで部屋で休んでるよ」


 母さんにそう告げて、僕は自室へと戻ることにした。

 恥ずかしいから部屋に籠るわけじゃない。


 服装については後々考えればいい。

 単に女になったのだから、あることを試してみたくなったというのが理由だ。


 ーーそう。


 男のままでは味わえない、とある感覚を味わってみたくなったのだ。


 “それ”を試してみたくなるのは元男だったからには、自然の摂理だろう。

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