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Episode10/1.不穏

「それじゃ、ごちそうさまでした。急に来たりしてすみません」

「いいえ。またいつでもいらしてね。うふふ」

「また、明日」


 玄関から瑠美さんと瑠衣に見送られながら、僕はマンションの一階まで降りた。


 すでに外は暗く太陽はとっくに姿を消し、替わりに月が上がっている。

 そんな月明かりに照らされるなか、マンションにつづく道を歩いて帰っていると、背後から急に肩を叩かれた。


 驚いて振り返ると、そこには柔らかな笑みを浮かべている瑠衣……じゃなくて瑠璃がいた。


「あれ、どうしたの瑠璃」

「リボンで判断したでしょ? まあいいけど」


 たしかに、咄嗟に見ただけではリボンの有無で判断してしまう。

 けど、しっかり見れば顔立ちの違いは区別できる。

 特にきょうは長い時間、瑠衣と一緒に居たし。


「ちょっとコンビニまで行きたいから、道を出るまでは一緒に行きましょ。訊きたいことも少しあるし」

「訊きたいこと?」


 なんだろう?

 また異能力云々の話題を振られても、僕一人じゃなにも返答できないんだけど……。


「瑠衣と、友達になれそう?」

「へ?」


 僕にとって、それは今さら過ぎる問いかけだった。

 答えを迷う時間なんて不要な程、ひとつしか回答がない質問。


「なれそう、じゃなくて、瑠衣とはもう友達だよ」


 昨日までなら、おそらく答えに逡巡しただろう。

 だけど今は、自信を持って宣言できる。

 瑠衣は大切な友達だ、と。


「そっか、友達になれたのね? ……よかった。本当によかった」


 瑠璃は心から安堵しているのか、まぶたを閉じ胸に手を当てながら微笑む。

 本当に妹のことを考えているのが、それを見ただけで痛いほど伝わってくる。


「それにしても、瑠衣がひとを家に呼ぶなんて……豊花、相当あの子に気に入られてるわよ」


 冗談混じりに笑う瑠璃に目を向けられ、恥ずかしくなり視線を逸らしてしまう。


「いや、そもそも瑠衣に聞いた話だとーー」


 友達どころか会話相手になってくれた家族以外の人間は、ありすか僕しかいない。

 そう言いそうになりかけて、慌ててやめた。


 ありすという人物の名を、うっかり瑠璃に言ってしまうところだった。

 瑠衣は秘密だと言っていたし、喋らないよう約束を交わしたばかりだ。

 

 とりあえず、なにか話題を変えよう。


「瑠璃が瑠美さんに、予め僕のこと言っておいてくれたから、わりとすんなり歓迎されて助かっ「待って」たよ……え?」


 急に話に割り込み「待った」をかけられてしまった。


「どうして、私が先せ……ママに豊花の話をしたと思ったの?」

「……え? だって、僕が元は男だって瑠美さん知っていたし、瑠美さんが瑠璃から話を聞いたって」


 最初からくん付けで呼ばれた。

 僕が元々男だと知っていた。

 顔を見ただけで豊花という名を口にした。


 ……それら全て、瑠璃から聞いたと告げられているのだ。

 なのに?


「私、ママに豊花のことは、まだ何一つ言ってない。家に来るなんて思ってもいなかったし、こんな急に仲良くなるなんて予想していなかったもの。妹と友達になってほしい人がいたとして、それを親にまで言う必要ないと思わない?」

「いや、待って待って。いや、僕のほうが訊きたいんだけど? 瑠璃が瑠美さんに言った。そうじゃなきゃ辻褄が合わない」


 瑠衣は瑠美さんに言っていないと言っていた。

 なら、瑠璃から杉井豊花という元男から女の子になった異能力者がいるーーと聞いていないと瑠美さんに知りようがない。 


「辻褄云々の話じゃなくて、現にそうなんだから。まあ、私がママに言ったと思われても、否定できる証拠はないし、そもそも否定する必要もない。別にママが豊花のこと知ってるからって、なにかあるわけじゃないしね」

「……」 


 あの瑠美さんの笑顔に違和感を覚えた理由はこれか?


 でもーーたしかに瑠璃の言うとおり、僕を知っているからといって不利益を被るわけじゃない。

 むしろスムーズに歓迎してくれた。説明も不要だったし。


 道から抜けて、通りに出る。


 ……気にしすぎかな。


「それじゃ、私はコンビニ寄って帰るから、ロリコンに襲われないように気をつけてね? また明日、学校で」


 通りを曲がったところにあるコンビニに向かい、瑠璃はこちらを振り向くと、笑いながら手を振ってくる。


 ……なんでだろう?


 これだけ瑠衣は大切な友達だと思っているのに、瑠衣に感じるドキドキとは別種の胸の高鳴りを、瑠璃に対して感じてしまうのは……。


「うん、また明日」


 とにかく返事して自宅へ帰ろうと足を踏み出したときーーそれに気がついた。


 瑠璃や瑠衣の住むマンションへの一本道に、片側に髪を纏めているーーサイドテールの未成年に見える女性が入っていくのが、視界の端に映ったのだ。


 ……?

 まさか、瑠衣の話に出てきた、ありすという名の殺し屋?


 一年前の瑠衣から見て二歳ほど歳上だったらしいから、今は17歳前後。


 ドンピシャだ。

 サイドテールで少し幼い雰囲気も纏っている。


 そして、いつでも隠した得物を取り出すことのできそうな膝上の長さのスカート。


 ーー瑠衣から聞いた特徴と一致していた。


 いや、僕は実際にありすとやらを見たわけではない。

 だいたい、今さら再会するくらいなら、もっと早く会いに来ているだろう。

 瑠衣の家に行く理由はなにもーー!?



『俺の姉貴はヤクザと繋がってんだぞ! 知ってるか、殺し屋ってマジでいるんだ! せいぜい後悔しろよバカ野郎!』


 ……まさか。

 まさかまさかまさか!?

 

 脳裏に金沢の戯言がリピートする。急に嫌な汗が湧いて出る。

 もし、もしもの話、ありすが瑠衣を殺しに来たのだとしたら……瑠衣は確実に無防備で身を晒すに決まっている!


 今すぐコンビニに向かって、瑠璃にありすのことを含めきょうの出来事全て説明するか。

 そもそも、どうして瑠璃や瑠美さんに今日の出来事を伝えなかったんだ。


 金沢との騒動は、僕が裕璃を助けに行ったのが発端だ。


 すぐにマンションに後戻りして、瑠衣に直接注意を促すか。

 無用な心配だと断じて気にせず帰宅するか。


 いきなり選択を迫られたせいで、思考が混濁してまともにものを考えられない!


 考えろ!

 瑠璃なら自宅か瑠衣の電話番号を知っている。事情を話せば全て解決する。

 でも、ありすの存在を話したら、瑠衣と交わした約束を早速反故にしてしまう!


 そもそもマンションに戻って、僕が勝手にありすと決めつけたひとに対して『殺人はダメ、ゼッタイ!』とでも言うつもりか!?

 あの道は一本道、行けば必ず対峙してしまう。そして、自分の身の安全も保証できない。


 ……さすがに、親にも瑠璃にも内緒にしている相手が急に会いに来ても、まず入り口で瑠美さんが開けなければ入ることはできない。


 瑠衣が気づいたとして、相手を友達だと言ったとしても、今から出かけようなんて展開にはならない。

 会うとなっても、瑠美さんなら部屋まで来るように言うだろう。


 マンションの外でわざわざ駄弁るより、家の中で話を交わすことになる。

 きっとそうだ。


ーーそもそも、ありすは瑠衣に対して好意があると思っていただろう。いま“使うべき異能力”は“直感”だ。ーー


 なんだ? 今日の頭は……。

 謎の思考が頻繁に勝手に過る。


 ただ、僕の直感は、危ないのは今日じゃなくて明日だと囁いてくる。

 なぜか、今日より明日に備えよと。


 ……明日。

 明日の朝、瑠衣が登校する時間から下校する時間まで同行して、周りに異変があれば、すぐに瑠璃に伝えよう。


 大丈夫。

 だいたい金沢が殺し屋と繋がっているかも怪しいし、それがピンポイントでありすだなんて出来すぎだ。


 金沢がおかしな事を言うから、瑠衣に言われた特徴に似ている人物を勝手にありすだと認識してしまうんだ。


 僕は重い足取りで帰路に着くのであった。






 帰宅して布団に倒れ込み、いろいろ考えても意味のないことを考えてしまっていた。

 その思考をやめて、纏めていく。

 やることを固めていく。


 命をさらけ出す勇気さえあれば、約束を破り瑠璃に暴露する勇気さえあれば……そんな後悔はもう無意味だ。


 とにかく明日、朝早くに家を出る。

 そして、瑠衣のマンションの前で待機しておけば、相手が本当にありすとやらでも、迂闊に手は出せないはずだ。


 そもそも友達になったのに、連絡先をまだ交換していない。

 早めに瑠衣と瑠璃、二人に恥ずかしがらずに連絡先を聞こう。

 電話番号でも、メッセージアプリでも、連絡出来ればなんだっていいのだから……。


 ……。

 …………。

 ………………。 


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