Episode09/3.葉月家
(30.)
「あれ、豊花じゃない? なんでうちに居るの?」
僕を見た瞬間、瑠璃は驚きを隠さずに訊いてきた。
夕飯を食べていくよう瑠美さんから勧められた僕は、せっかくの厚意を断るのもどうかと悩み、お言葉に甘えることにした。
もちろん、母親に連絡して晩御飯を食べて帰ると伝えている。
気になるのは血で下着が汚れないかどうかだったが、少しくらいなら汚れてもいいやと思い、あまり気にしないことにした。
違和感が股に溜まるのは気にしないと決めても、気になってしまうけど。
あれから少しだけ瑠衣と他愛ない雑談を交え、もう少しで夕飯が出来ると言われてリビングに移り、ちょくちょく瑠美さんも挟み談話をしていたときに、瑠璃が帰宅してきたのだ。
そして、リビングにあるテーブルの椅子に座る僕を見て驚いたわけだ。
「いや、瑠衣に呼ばれたからだけど」
「私が、呼んだから、だけど」
「私が歓迎したからなんだけど。な~んてね? うふふっ、おかえりなさい、瑠璃」
僕、瑠衣、瑠美さんと続いて瑠璃に口々に返答した。
「ただいま先生ーーじゃなかった、ママ」
「先生?」
今この場には瑠トリオと僕ーーいや瑠衣と僕、瑠美さん、そして帰宅してきた瑠璃の四人しかいない。
誰かと言い間違えたんだろうか?
「こら。いい加減、お母さんかママって呼んで。ママ悲しいわ、しくしく」
「……ごめんなさい。癖が抜けないのよ、ママならわかるでしょ?」
「あのさ、先生……ってなに?」
どうしても気になってしまい、再度訊ねた。
どうやら母親を先生と呼び間違えたみたいだけど。
「まだ同業だった頃の癖なのよ。あんまり気にしないで」
同業?
つまり瑠美さんは瑠璃の従事している異能力者保護団体に勤めていたのだろうか?
そして先生ーー瑠璃は瑠美さんから指導を受ける立場だったとか?
「は~……きょうは本当に疲れた。聞いてよ? どうして第2級異能力特殊捜査官の私が、ひとつの班の指揮取らされなきゃならないのよ? 私はまだ高校生だし準職員なのよ? 現場に連れていかれるのは理解できるし、この“瞳”が必要なのもわかる。けど、指揮を取るのは正規職員の異能力捜査員の仕事でしょ?」
なぜか僕に視線を向けて愚痴を吐いてきた。
「いや、あの、愚痴られても僕には全然わからないんだけど……」
なんのことだかまったくわからなかった。
異能力特殊捜査官?
異能力捜査員?
そもそも、異能力者による犯罪はちょくちょく耳にするけど、誰がどういう手順で捕まえているのかサッパリわからない。
警察が捕まえるものだとばかり思っていた。
でも、瑠璃の話振りだと、すべて警察に任せきりというわけじゃないようだ。
「特殊指定異能力犯罪組織に定められている“愛のある我が家”。構成員は全員女性で七人だって判明しているけど、準構成員含めればもっといると思う。そんな極悪組織の構成員二人に、私が任された班が遭遇しちゃったのよ」
「は?」
特殊指定異能力犯罪組織?
愛のある我が家?
「私が所属していた頃から存在する組織ね~? 瑠璃、貴女はあまり関わらないでほしいわ~。きな臭い話が多いし、陰謀論って言われているけど、愛のある我が家相手に対しては、何故か警察も検察も口を閉じてしまうのよ」
瑠美さんは気をつけるように瑠璃に伝える。
異能力者保護団体での瑠璃の仕事って、てっきり申請に来た異能力者の検査をするだけだと思っていた。
けれど、固有名は全くわからないが、危険な仕事を請け負うこともあるということがわかった。
僕まで不安になってくる……。
「わかっているわよ。でも、あれだけ犯罪の噂が絶えないし、異能力者保護団体側が事実として把握している犯罪だけでも多岐に渡っているのよ?」
きょうの瑠璃は、なにかに対する苛立ちが募っているのか、怒りを隠さず愚痴を漏らしていく。
愛のある我が家とやらの悪事を口々に述べていく。
覚醒剤の密売。
未成年者の売春斡旋。
争い事に介入して武力で解決。
非合法な金貸し。
特殊指定暴力団“総白会”への献金。
ーー異能力者保護団体が把握している犯罪行為だという。
え?
そんなヤクザの異能力者版みたいな犯罪組織が存在するの?
今まで異能力者に関心がなかったから、自発的に調べようとしたこともない。
「把握してるだけでこんな種類の犯罪を何年もつづけているのに、今まではひとりも逮捕者が現れていなかったの。不思議じゃない? でも先日、異能力者保護団体は協力に応じない警察を頼らず、リーダーとされる人物を捕まえることに成功したらしいの」
瑠璃はつづける。
「既に証拠はあると考えて、悪質性と今までの経験を踏まえて警察・検察には引き渡さずに異能力者研究所ーーえっと、悪質かつ異能力の内容で刑務所じゃ脱走される恐れのある異能力犯罪者を送る役割もある施設なんだけど、そこに直接ぶちこんだみたいなのよ」
「え? 施設とかはよくわからないけど、リーダーを捕まえるのに成功したなら喜ばしいことじゃない? ニュースとかじゃ一切やってないけど」
そこまで極悪とされているなら、連日ニュースで放送されてもいい気がする。
まあ、いずれ報道されるか。
喜ばしい成果なのに、瑠璃はイライラしたままひたすら愚痴を吐きつづける。
「問題はそこからなのよ。異能力者保護団体内で非常事態が宣言されたの。きょう私が呼び出された理由ね。機密情報なんて私には知らされないけど、上司曰く愛のある我が家が武力行使に走る危険性が非常に高まって、念のために神奈川県内で班ごとに捜査を開始したの。そしたら私の班が偶然顔の割れている構成員一人と、一緒に歩いていた仲間ーーまあ構成員だと思う。その二人を見つけたって状況になったの」
リーダーを捕まえたら武力行使に走る?
ヤクザというよりテロ組織じゃないか。
「え、でも見つけたあと瑠璃は捕まえようとしたの? 危なくない?」
「仕事だし仕方ないのよ。まず任意から強制取締捜査に移すために手順を踏もうと顔も名前も割れてる嵐山沙鳥に声をかけたんだけど、なんて言ってきたと思う?」
瑠璃は悔しそうに唇を噛みしめ、言われた台詞を口にした。
ーー良い機会をくださったお礼に、あなた方と同盟関係を結ばせていただきます。
不気味な言葉だった。
犯罪組織と同盟を結ぶ?
いったい、どうやって?
異能力者保護団体と愛のある我が家とやらは完全に敵対状態になっていると、話を聞く限り思うんだけど。
「で、捜査に応じないと発言したことで拘束するため動いたんだけど、隣に居た小中学生くらいの年齢の女の子が邪魔ーーというより異能力で攻撃してきて、強い風圧? かなにかで私以外の三人吹き飛ばしたのよ」
瑠璃はつづける。
「ヤバいと思って、女の子とはいえ特殊警棒で制圧しようと思ったんだけど」
身体に当てた瞬間、逆に弾き返されたーーと瑠璃は言い終えた。
「え、ちょっと瑠璃? 見た感じ怪我はないけど、大丈夫だったの?」
「……その女の子は表情ひとつ変えずに、私にナンパ紛いの事を言い始めたかと思えば、嵐山沙鳥になにか言われると渋々空に飛翔して、どっかに逃げて行ったわ」
なるほど。
逃亡させてしまったから怒り心頭状態なのか。
「瑠璃? それは上司には報告済みよね? だったら明日からしばらく、もし異能力者保護団体に呼び出されたとしても、無視して休みなさい」
「え、なんでよ?」
瑠美さんにそう言われ、瑠璃は頭を傾げる。
「……以前にも似た事があったの。実は公的には発表されていないのだけど、愛のある我が家の一人を捕まえて、異能力者保護団体に連行して、翌日に教育部併設異能力者研究所に移送することになったのよ~?」
「え、初耳よ!?」
「公的には残っていないし、瑠璃はまだ異能力者保護団体に従事していなかったもの。でも、あのときの状況に酷似しているのよね~。そのときは警察も協力して警備を固めていたんだけど、翌日になるまえに異能力者保護団体の施設は半壊状態にされて、構成員は姿を眩ましたわ~」
瑠美さん曰く、それから警察と検察は愛のある我が家に対して妙に消極的になり、なにかあっても証拠不十分と言ったり、根拠なしの陰謀論だとしたり、愛のある我が家に対する異能力者保護団体の要請は断るようになったという。
……テロ組織じゃないか。
警察や国はなんで未だに放置しているんだと言いたくなる。
「安全になるまでおとなしく学校に通ってなさいね~」
瑠美さんは言いながらキッチンに向かい、シチューとバケットをテーブルまで運んでくる。
と、今度は瑠衣が不機嫌そうな表情で黙っていることに気がついた。
話に混ざらず無言で僕を見つめている。
「る、瑠衣、そういえばお父さんは?」
テーブルにシチューを並べる瑠美さんを横目で見ながら、瑠衣に問いかけた。
夕飯時の割には、父親の帰ってくる気配はない。
「お父さん、帰ってこない事も、多い。帰ってきても、遅い時間帯」
「じゃあ食事は別なんだ?」
「ん」
こうも良い場所に住めるくらいだから稼ぎのいい仕事なんだろう。
「なにしてるのか聞きたいんでしょ? パパはそこそこ大きな企業の社長をしてるわ」
「へぇ、すごい」
瑠美さんが一瞬、大企業の社長という単語を聴いた瞬間、気のせいレベルで眉をピクリと上げた気がした。
「違う。お父さん、ヤクザの親分」
「へぇ、ヤバいね」
問題発言したよこの子。
「瑠衣……よく考えなさいよ? もしもそうなら、ずいぶん甘やかしが酷いやさし過ぎるヤクザがいるものね? あんだけやらかしたこと対処してもらっておいて、どの口が言うのよ」
「恐い。主に、顔が」
酷い言いがかりだった。
女の子になるまえの僕の顔を見たらオタクだと言われただろう。
暗いし、格好よくないし……。
ん?
待てよ?
会社の社長に、異能力者の瑠衣が起こした事件をどうにかできるものなんだろうか?
妙な違和感を覚える。
さっき瑠衣と部屋で雑談していたとき、僕以外には『いじめに堪えられず我慢できなくなり暴れてしまった』と説明して、ありすの存在は一切教えていないと言っていた。
いじめにクローズアップして、学校と協力し大問題にならないようにしたのか?
「はい、みんなお喋りはいったんやめにして、夕飯にするわよ?」
瑠美さんはテーブルに夕飯を並べ終えると、自身も椅子に腰を下ろしてみんなにそう言った。
一旦は考えるのをやめにして、夕食をいただくことにした。




