Episode01/2.異能力者(前)
横目で裕璃を窺う。
膝より高めにした制服のスカートから、健康的な足が地面へと伸びている。
ノートに授業の内容を執筆するその顔は、いつもと同じ明るい裕璃の表情。肌が少し焼けていて、それさえも魅力的に感じてしまう。
胸にはやや大きな双丘がある。
ダメだダメだ。
裕璃の体を嘗めるように見ていると、思わずムラムラしてしまった。
性欲で好きになったんじゃない。
いじめっ子から助けてくれた幼い頃から、ずっと会話してきたなかで自然と好意を寄せるようになったんだ。
……あの身体を合法的に味わえる男がいるんだと考えると、ついイライラしてしまう。
僕は裕璃の事が好きなのであって、そういう性欲のみの好意ではないのに。
悔しくなんてない。
羨ましいわけがない。
自己暗示のように、頭のなかでそう繰り返した。
「異能力者は無から現れるわけじゃないからな? おまえたちの誰かが明日、急に異能力者になってしまう可能性もある。異能力者は異能力霊体ーー略称異霊体という存在に憑依された人がなってしまうものだ」
先生は説明をつづける。
「例えるなら急性の疾患、病のようなものだ。異霊体に憑依されると、大抵の者は異能力の使い方や知識を一瞬で理解できる。つまり、異霊体に憑依された瞬間に異能力者になると考えていい。異能力者になってしまった場合、どうすればいいかーー」
教師は黒板に文字を書いていく。
『異能力から市民を守る為の法律』と『異能力犯罪特別法』
「これら二種類の法律に従いーー」
もうふたつ、今度は赤のチョークで黒板に文字を書いた。
『異能力者保護団体』
『教育部併設異能力者研究所』
「都道府県ごとにひとつ設立されている異能力者保護団体に、身分証明書と住民票を持って検査、確認しに行き申請しなければ罪になるからな? これは異能力から市民を守る為の法律、第三章の4条で定められている。教科書71pを開け」
教科書の言われたページを開くと、法律の一部が書かれていた。
異能力から市民を守る為の法律には、以下の事柄が記されていた。
第三章第3条には、許可を得ず異能力を使うことが違法な事。ただし、異能力者保護団体従事証明書・教育部併設異能力者研究所従事証明書を持つ者を除く。
第4条には、異能力者になった場合に守らなければならない事が記載してある。
異能力者になった場合は速やかに必要書類を用意したうえ、現住所の県内にある異能力者保護団体に提出し、その場で検査・確認・登録すること。
もしも連絡するまえに異能力捜査員及び異能力特殊捜査官に見つかり強制連行すると判断された場合、連絡しなかったとして罰則まで規定されていた。
これらすべては守らないと即犯罪者となり、特に極悪だと判断されたときには教育部併設異能力者研究所に監禁、強制的に特別な労役が課されると為されている。
また、他にも異能力者と認定する条件が記されている。
ひとつは、幽体に異能力霊体が重なって見える、または、本人とは異なる幽体が見えること。
ふたつめは、教科書からは細かい規定が省略されていたが、要するに通常では生身で起こせない能力が扱えること。
この二つ共に該当する人物が異能力者として定められていた。
幽体?
幽体ってなんだ?
幽体離脱のことを言っているのか?
細かい部分は本来の法律から省かれていて、詳しい説明は書かれていなかった。
「法律ではこう定められている。おまえたちも、もし仮に異能力者になったなら、真っ先に異能力者保護団体に連絡しろよ? あとは必要書類を用意して直ぐに保護団体まで足を運ぶように。学校への連絡はその間でいい。異能力者になったのを申請せずに普段どおり学校に来られるとこっちまで困るんだ。問題を解決してから学校に来るように。その間は休んで構わない」
先生は面倒くさそうに手順を説明したあと補足した。
「とはいえ、異能力者なんてほとんど存在しないから安心しろ。この学校の一年にもひとり異能力者が在学しているが、普通は2000人から3000人に1人いるかいないかだ。わざわざ時間を削ってまで異能力について調べる価値なんてそんなにないだろう。あと、テストにも出ないからな」
と言ってのけた。
テストに出ないのかよ……。
でも、異能力者……か。
もしも異能力を使えるようになるんだったら、女の子になれる異能力者になりたい。
こんな、こんな性欲なんかがあるから、裕璃を友達ではなく異性として意識してしまうんだ。
僕が女なら、こんな辛い思い……しなくて済んだのに……。
授業の終わりを知らせるチャイムを聴きながら、僕は未だに裕璃のことばかり考えてしまっていた。
(03.)
ごく普通のマンション、その一室ーー自分の部屋で僕を横になっていた。
両親二人と姉一人の四人家族。仲は良くも悪くもない……と自分では思っている。
はぁ……なんか、なにもやる気が出ない。
無気力感に苛まれながら自室のベッドで寝ていると、隣の部屋から何か物音が聴こえ、煩く感じて仕方がなくなってきた。
こちらの壁にぶつかるなにかの音がしたかと思うと、雄叫びのような叫び声まで小さく耳に聴こえてきた。
騒がしい。
なにかのゲームでも大音量でやっているのか?
まあいいや。
そんなことよりも裕璃のことだ。
もし、もしも僕が女だったなら、下心なく裕璃と接することができた筈だし、裕璃以外の女友達だってつくれたのに。
ーーやめろ!
という声が、壁の向こうーー隣人の部屋辺りから微かに聴こえた気がした。
「え……?」
今度は、明らかにガタンというような物音まで聴こえる。
しかも、『やめてくれ』と懇願するかのような声がしたかと思えば、今度は誰かが倒れるような音が僕の部屋にまで聴こえてきた。
かと思えば、煩かった音が途端に静まる。
不自然なくらい、音は一切聞こえなくなった。
さすがに、なにかあったんじゃないかと気になってしまう。
でも、お隣さんだしなぁ……。
「だ、大丈夫ですか~?」
静かに壁をノックする。
壁の向こうの住人には届かないだろうけど、なんとなく声をかけてしまう。
そのとき、目の前にある壁の中から、目には見えない謎の存在が抜け出してきた“気がした”。
「ーーえ?」
そう、気がしただけ。
しかし、それが僕の身体を覆い尽くしてくるのが、奇妙な感覚でわかってしまう。
そして、次の瞬間、脳裏にさまざまな異能力の知識が濁流のように入り込んできた。
ーー。
ーーーー。
ーーーーーー。
(?.)
ーーそして、僕は少女になった。