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Episode07/2.ー朱殷を纏う少女ー

 瑠衣が震えながらも見守り、目が乾いて反射的にまぶたを閉じてしまった間。

 まぶたをこすり、目を開けるまでのたった3秒しか経過していないはずの光景は、その刹那の間に変わり果てていた。


 まぶたを閉じるまえは、先刻見ていたとおりの状況。

 だが、まぶたをあけると、瑠衣の視界には死と血が広がっていた。


 首から盛大に血を噴出する男と、刃渡り10cmほどの小さな小さなナイフ。

 それを逆手に握る少女は平然としたまま、次の男に視線を移す。

 辺りに血が散らばり、血と鉄の生臭いにおいが周囲に漂う。


 一人の男は、たった数秒で、ただの一つの骸へと変貌した。


「なっ!? て、てめぇ!?」


 男はなにが起きたのかすぐにはわからなかった。

 ようやく理解が及び、恐怖と怒りの混じった怒声をあげた。


 しかし、『てめぇ』の『めぇ』と言い終えるときには、既に胸元からナイフの柄が真横に生えていた。

 刺さっている箇所からして、もう生を終える以外の未来は消え失せている。


 少女は男の肩に履いている革靴を当てると、蹴りながらナイフの柄を抜き取った。

 

 四人もいた人間は、僅かな時間で半分に減り、変わりとばかりに草の豊かな緑色に赤が飛び散り付着しデコレーションされている。


「ほいっと。大丈夫だった?」


 少女は瑠衣の口に貼られたテープを摘まんで引き剥がす。


「ぁ……あ? なっ、あと……え?」


 予想だにしていなかった壮絶な展開に対して、瑠衣は混乱してしまい、上手く言葉を発することができない。

 二人もの成人男性を、この少女はあっさりとこの世から葬ったのだ。


「道を横切ったらさ、なんだか煩いからそっと見てみたら、そしたらロリコンがよろしくしようとしているわ、そんなちゃちなカッターでどうにかしようとしているわで笑っちゃいそうだったんだけど」少女は屈んでカッターを見る。「まさかそんなカッターでスパッて切ってみせるもんだから驚いたよ」

「う、うん……その、私、異能力者に、なったみたい」


 助けてもらった少女に対して、せめて誠意は見せなければと正直に答えた。

 現在の法律では、例え襲われても“異能力を利用した”という事実は犯罪になる。正当防衛が主張できない欠陥がある。


 だからこそ異能力を使ったことは隠すべきだが、それ以前にーー死体が広がるこの光景の前には些末な事であった。


「予想的中じゃん! 凄いなー私。なになに? カッターを鋭くする異能力なの?」

「え、あ、違う。刃物全般を、鋭く、できる」

「本当に? ならさー、私のナイフとかも更に切れるように進化させられる? 砥石とはまた違う感じに?」

「うん、できる、と思う」


 常に明るく笑顔な表情を浮かべている少女の姿に、瑠衣は実年齢より幼いイメージを持つ。

 もちろん、自分より年上だろうと推測できているが、見た目だけではなく、活発な雰囲気がそう感じさせた。

 

「じゃあさ? 助けてあげたのと、これから死体ふたつ処理する代金の代わりとして、その力で私のナイフを強くしてくれない?」

 

 少女は先ほどより刃渡りの長いナイフを瑠衣に差し出すと、死体の処理を自分でも忘れそうだった、と慌ててスマホを取り出して耳に当てた。

 どこかに連絡しようとする少女を見て、瑠衣は先ほどまでと別の意味で胸が高鳴っていた。


 ーーなんだろう、これ? 殺人者なのに、すごい、格好よかった。


 瑠衣は少女に渡されたナイフを持つと、刃に人差し指と中指を揃え指の腹を当てた。

 刃を鋭利にするために必要な、異能力の発動条件。


「あっ、もしもし師匠? 死体ふたつ作っちゃったから掃除屋さんに頼んでくれない?」


 通じたらしく、少女は電話相手と会話をはじめた。


「いやだって、見ちゃったらしょうがないじゃないっすかー……いやー、私が解決しようとすれば、どうやっても死体になりますって。……さっすがー! そんじゃ、さっさと現場から離れちゃいますから、あとは頼みまーす。大海組長には謝っといて」


 電話先の相手を師匠と呼ぶわりには、少々おちゃらけ過ぎている気がする、と瑠衣は思った。


 ーーそもそも、師匠って?


 気になりつつも、あまり詮索はしないほうがいいかと迷い、瑠衣は深くは訊かないことにした。

 今は他にも言いたいことがある瑠衣は、電話が終わった少女にナイフを差し出す。


「ラッキー! ありがとー」

「ね、ねえ、いい!?」

 

 瑠衣はついわけのわからない言葉を大きな声で出してしまう。

 わけのわからない懇願だったと、瑠衣は羞恥で頭を抱えそうになる。

 緊張しながら、瑠衣は少女の反応を窺う。


「へ? なにが『いい!?』なの?」


 少女はスカートを捲りスパッツが露になる。

 太ももに巻いてあるホルダーらしき物に折り畳んだナイフをしまった。


「私に、さっきみたいな、戦いかた、教えて? な、ナイフ、強化したし」


 瑠衣は本気で戦いたいのではなかった。

 今まで生きてきて、こんなに自分に対して積極的に話しかけてくれる友好的な歳の近いひとに会ったことがなかったのだ。


 だからか、瑠衣はどうにか少女と仲良くなりたいと考え、しかし恥ずかしくてそうとは言えず、別のアプローチの仕方を思慮した結果、口にしたものがそれであった。

 

 とはいえ、自分でああいう立ち居振舞いができれば、ひとりで歩いていていても強姦されかけたときに対処できただろうな、とも瑠衣は想像していた。

 少女がいたから被害は未遂で済んだというのを、瑠衣は強く実感していた。


「えっ? いや、学んでどうすんのさ? これ見なよ」ありすは単なる肉塊になった男二人に目をやる。「ツテのない一般人なら過剰防衛で即刻お縄についてるって。だいたい、ナイフを強化してくれたのと、貴女を強姦魔から助けてあげたのって、いわば等価交換じゃない?」

「いや、そ、その……」


 なにも言い返せず、瑠衣は俯いてしまう。

 少女の言うとおり、これは等価交換だ。


「んー……はぁ。ま、いいか。静夜兄ぃも行方眩ましたし、退屈してたからねー。多少切りつけて威嚇すれば、いざってときは助かるかもしれないし」

「……ほ、本当! ありがとう!」


 瑠衣は先ほどまでの恥じたりする表情からガラリと変えた。

 嬉しさを隠しきれずに顔を喜色に染めたのだ。


「そんなに嬉しいことかな? よくわからないけど」

「これから、よろしく」

「たまには育ててみるのもいいかー。弟子なんて取ったことないけど、刀子(とうこ)師匠も静夜兄ぃと私二人育てたわけだし……面白そうではあるかー。じゃあ、明日から暇なときは連絡してよ。仕事してたら繋がらないけど、ここ最近は暇だからねー」


 少女は瑠衣に番号を見せると同時に、顎を引きこの場から去ろうと暗に示す。

 瑠衣は慌てて男に放り捨てられた鞄を取りにいき、抱えながら自分のスマホを取り出すと、急いで電話番号を登録する。


 ーー電話帳に、姉さんや、親以外の、番号!


 初めて家族以外の携帯番号が登録できることに対して、ついにまにまとスマホの画面を見つめる。

 と、番号を入れながら瑠衣は、登録するまえに少女に訊いた。


「あの、名前、教えてほしい」

「名前? まっいっか。ーー私はありす。河川(かせん)ありす。ほら、歩く。さっさと立ち去らないといくらひとけが薄くても人来るよー? あと、きみの名前も教えてよね」

「瑠衣、葉月瑠衣っ!」


 名前をスマホに登録した瑠衣を見て、ありすはその肩を叩く。


「早くここから去ろ?」

「うん、わかった」


 下着を履いただけで衣服は乱れたままだが、瑠衣はさして気にせず、その場を立ち去るありすについていくことにした。


「さすがにきょうはお家に送るだけだよ。私も帰るから。明日から暇になったら連絡してみて。なるべく昼前のほうがいいかも。夜に近づくに連れ依頼受けてる可能性増すし、任務遂行中のときはスマホ切ってるからねー」


 家まで一緒に来てくれるのかーーと瑠衣は喜びながらも、べつのことにも意識が向く。


「依頼、ってなに?」

「私の仕事。私、中学校すら通ったことないでこの業界にいるの。なんでかわかる?」

「え? そういえば……」


 帰宅の時間帯に学生服ではなく、また、さっきの手慣れた殺しを思慮した瑠衣は、ハッとすぐに思い至った。


「こ、殺し屋? ヒットマン、みたいな……?」

「大、正、解!」

 

 こうして、瑠衣とありすは廻り合い、瑠衣は異能力者保護団体に申告しに行きつつ、隠れて異能力を使うようになっていくのであったーー。


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