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Episode61/2.日常?⑤

 瑠璃が心配なのは変わらないが、今は目の前の課題。テスト勉強をどうするか?

 もはや非日常側となった普通の学校生活も、私は日常を過ごしつつこなす必要があるのだ。



 ーーハッ、と頭に閃いた。鋭光が頭を貫いた!


 まだ頼っていないうえ、成績も上のほう、そのうえ長い付き合いの友人がいるじゃないか!


 それを思い出し、私は早速宮下へ電話をした。


 はじめから頼る相手を間違えていたんだ。

 私はなんという間違いを!


ーー他人頼りはやめないのか……。今まではひとりでやっていたのだろう?ーー


 それでも今までは裕璃がいた。赤点を間逃れた科目もあったのはそのお陰だ。

 でも、今はもう裕璃はいない。いやーーこちらの世界にはいない、と言ったほうが正しいか。


 下腹部の痛みが復活してきて、私は少し早いが、昼分の鎮痛剤を食前に服用し、宮下が電話に出るのを待った。


 ……ん?

 …………待てよ?


 コールしながら、なぜ今まで宮下には頼らなかったのか、疑問が生じた。


 頭良し、優しさ良し、顔も良し、仲も良しーーその親友とも云える宮下(相手)に、なぜ今までの中高時代、一度も頼らなかったんだっけ?


 やがて、宮下が電話に出てくれた。


『どした、豊花ちゃん?』

「あ、宮下。いきなりごめん。テスト勉強、一緒にやらないかなって……」


 一瞬、教えてくれと一方的に乞いそうになるのをやめて、あくまで勉強会をしないかという建前に切り替えた。


『豊花ちゃんから言ってくるなんて久しぶりだな。まえはやっぱりやめたとか言い出したし』


 え?

 やっぱり勉強会に行くのを、やめることにした過去が?

 なにかを思い出しそうになる。


『じゃあベニーズってファミレスがあるだろ? 学校近くの。あそこで今、俺含めて五人で勉強会してっから、豊花ちゃんも来てくれ』


 ーーッ!!


 なぜ、忘れていた!?

 どうして忘却していたんだ!?


 今まで宮下と勉強したことがなかった理由を、なぜ私は憶えていなかった!?


 自分の頭を思わず自身で小突いてしまう。

 血かDNAか、記憶力のない家系に恨みそうになる。


ーー努力しないのを血筋だと言い逃れをするな。ーー


 宮下は!

 毎回、その日その日にタイミングが合ったクラスメートと一緒に勉強会を開く。

 私とは正反対の陽キャ筆頭じゃないかッ!


 以前断ったのも、宮下(友人)の友人と顔合わせするのがコミュ障時代は苦痛を覚えたからだろうに!


『んじゃ、待ってるから早く来いよ。皆には伝えておくから』

「あ、ちょっ、やっぱり生理つーー!?」


 プツンと通話が切れてしまった。


「うが辛いからやめ……に……」


 断るタイミングを見逃してしまった……。


 これでベニーズとかいうファミレスに向かわなきゃ、次こそ私はなんて言われるかわかったもんじゃない。

 いや、宮下はなんとも思わないか、特段気にしないのは、長い付き合いの宮下の思考回路を踏まえて計算すれば、わかることだ。


 しかし。

 しかしッ!


 宮下と一緒に勉強しているらしきほかの四人からは、何と思われるだろうか?


 良くも悪くも他人の目を気にしてしまう私にとって、宮下含めた五人のなかに遅れて登場したうえ、とんでもないバカが参上したと思われたら羞恥心で死んでしまう!


ーー豊花……きみは毎回大袈裟だな? もっと大袈裟に苦悩する事など今まで幾多も乗り越えてきたではないか。命のやり取りに比べれば、勉強くらい、なにも悩む必要などないのではないか?ーー


 ……ユタカの言うことにも一理ある。

 いや、徹底的に正しいだろう。


 私は女体化して外見への自信は日に日についている。

 自分をかわいいと強く実感できる程に。


 けど……だけど……内面ーー性格や、特に知能がそのままの点は、むしろ授業に集中できていない今は、自信が下がっているんだ。


 最近、特に非日常が日常に移り変わるなか、授業もまともに頭に入ってきていないんだから……。


 私は仕方なく、いや、自分が安易な行為で招いた結果だと覚悟して、このまえ瑠璃たちと購入しに行った服装に着替える。

 そのままファミレスーーベニーズへと向かうため、鞄へ勉強道具を突っ込むように入れて、外に出る準備をはじめた。


 下腹部の不快感、精神の不安定さ、苦痛などは考慮しない。

 本当は寝ていたいほどキツいが、ナプキンを変え、鞄に予備をしまい、鎮痛剤も服用し、念のため箱ごと鞄へ入れた。


 愛のある我が家や異能力者保護団体のハードワークに比べれば、まだ勉強会くらい参加できる筈だ。


 ……集中できるか否かは横に置いておくことにしてーー。







(129.)

 宮下に指定されたファミレス“ベニーズ”に辿り着くなり、息を整え入店した。

 店員になかで友達が待っていることを伝えると、ウェイトレスさんに店内へ通された。


「おっ? おーい豊花ちゃん。こっちだ」


 宮下からの第一声が窓際の席から聴こえ、辺りを見渡すと、そこには立ち上がり手を振る宮下が最初に視界に入った。


「杉井? 珍しいメンツね?」


 テーブルに歩み寄る最中、宮下の次に声をかけてくれたのは蒼井だった。

 ーーというより、そこにいたのは、大半が会話を交わしたことのあるクラスメートだった。


 宮下は毎回、誰と勉強会を開くかわからない。


 それは宮下に友人が多いせいだ。しかし、今回のメンツを見ると、少しでもクラスメートの知り合いを広げていった甲斐はあったんだーーと少し、ほんの少しだけど、心底よかったと思えた。


「杉井、本当に珍しいな?」


 犬飼くんをはじめ、ほかのみんなも私に視線を向けてくる。

 左側のソファーの席には、手前から蒼井と来栖の女子二人。

 右側のソファーには、奥から石井くんと犬飼くん、そして宮下の男子三人が座っていた。


 会話をしたことのない、中性的かつ背が150cmほどの男子ーー石井くん以外とは、非常に短い会話を含めれば、みんな面識があるクラスメートたちだった。


「豊花ちゃん、すし詰め状態だけど、なんとか碧の隣に座れない?」

「あ、えっと……」男子三人のほうは詰めても座れそうにない。「わかった」


 私は女子二名のほうのソファー。来栖と蒼井が窓側に詰めてひとりぶんの席を確保してくれたほうに腰を下ろした。


 ……本当は中身男子だし、一番親しい宮下の隣がよかったけど、どちらにせよ女子側に座っても目の前が宮下になるから、無駄に緊張感を覚えなくて済むのは都合が良い。


「杉井くんーーいや、豊花ちゃんと話すのははじめてだよね? よろしく、豊花ちゃん」

「あ、あはは……よろしくね」


 初の会話を交わした瞬間から、もう石井くんからは女子扱いだ。

 その内、今はまだ杉井と呼んでくれている蒼井や犬飼くんまで豊花ちゃんと呼び出す気がしてならない。


 それにしても、石井くんこそ、私とは違い異能力者でもなければ純粋に男子なのに、髪が少し長めで童顔、背も低く瞳も大きい。睫毛も長く二重で、初対面で女の子だと勘違いするひともいるんじゃないかと思いたくなる外見をしている。


 文化祭で女装予定の人員だけど、女装前から男の娘感が漂っている。

 これほど男の娘喫茶に適材適所な人物はそうそういない気がした。


 私は蒼井の隣に座ったあと、鞄を膝上に乗せて、ノートを取り出す。鞄は足許へ。


 既にテーブルには、各自ノートや教科書を広げられ、さらにはドリンクバーのコップや、誰が頼んだのか特盛フライドポテトまで置かれていた。

 勉強するスペースが狭まるだろうに……。


 宮下が私の目で心情を察したのか、弁明? をしてくれた。


「いや、レストランでドリンクバーだけ注文して席を陣取られたら、ベニーズ側も迷惑だろうし……なるべく可能な範囲で注文しようと思ってな……」

「そうだよ。豊花ちゃんもフライドポテトどう?」


 石井くんが皿を滑らせ、私の前に差し出してくれた。


「あ、あはは……ありがとう」


 正直、下腹部の痛みや違和感でお腹は減っていないのだが、せっかく気を使って出してくれた物だ。

 私はそれを一本手に取り咥える。


「で? 杉井は何処がわからないの? 何の科目が苦手?」

「えっと……全部? あ、いや……うん、全部かな?」


「「…………全部?」」


 来栖と蒼井に突っ込まれてしまった。


「まあ、逐一わからないところがあったら訊いて。誰かしら教えてあげられると思うから」


 妙に親しげに、優しく言ってくれる蒼井は、何処か顔色が真っ白だった。

 ……未だに市販薬乱用がやめられていないのかもしれない。

 それを来栖は、心配そうに横目で様子を窺っていた。



 こうして、不安の種はあるものの、夕方まで勉強会(ほぼ教えられるだけの立場だったが)は、想像より時間が早く感じつつも終わったのであった。



ーー…………。ーー


 真剣に学べたかどうかは……ユタカ、聞かないでくれ。

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