Episode07/1.ー朱殷を纏う少女ー
(一.)
三年生へと進級した彼女は中学の校門から出ると、普段どおり自宅へと向かって歩き始めた。
友達と言えるような友達がいない彼女ーー葉月瑠衣は、三年に進級してからは毎日ひとりで帰宅することになっていた。
二年生の頃は友達がいなくても姉と二人で帰ることが多かったので、完全にひとりぼっちではなかった。
とはいえ、それでも教室内では常に孤立している瑠衣は、孤独には慣れていた。
別に酷いいじめを受けているわけでもない。
稀に陰口を叩かれるだけだ。いじめも軽いーー画鋲を上履きに仕込まれる程度で済んでおり、辺りからは嘲笑されるレベルの嫌がらせしかされていない。
体育で『二人組をつくれ』と言われたら余ってしまうのが悩みの種だった。
クラスメートの人数が偶数なのに余ってしまうこのシステムには欠陥があるに違いない。と、瑠衣は自己解決している。
唱えると誰かしらに必ず苦痛をもたらす呪文でしかない。
ーーそれを平然と口にする教師には、いずれ天罰が下るだろう。
瑠衣は脳内でそう補完して、やるせなさを緩和する。
春特有の寒さと暖かさが混じる風が吹くと、道端の草花が踊るように揺れはじめる。その風を一身に浴びながら、きょうはなにをしようかと瑠衣は考える。
無趣味である瑠衣からすれば、家に帰っても特別やることがないのである。
そんな帰路の途中、瑠衣はひとけの薄い細道を歩いていると、背後から腕を回され、いきなり口を塞がれた。
「声出すなよ! こっちに来い!」
「んっ!?」
瑠衣は口が塞がれたまま、無理やり公園の草むらに連れていかれ、乱雑に押し倒された。
「おいおい上玉じゃねーか、やるなテメェ」
「待ってみるものっすね。けへへ!」
瑠衣の口にガムテープが貼られ、男たちは厭らしく嗤う。
「ん? んーっ!?」
草むらにはもう一人男が待機していた。
昂る感情を抑えきれないという表情を浮かべながら、連携して瑠衣が身動きできないような体勢にしていく。
瑠衣はこれからなにをされるのか理解した途端、よりいっそうに強く暴れはじめた。
必死に手足をばたつかせようとするが、頭側に居る男に両手首を掴まれ、相方の男がスカートを捲り上げつつ下半身に跨がってしまい、ほとんど動けなくなってしまう。
制服の上着のボタンが外され、手早くワイシャツも脱がされてしまう。一気に捲り上半身の下着が露になる。
体勢を変えながら、男たちにパンツまで脱がされ、下半身の全貌が見えるようになってしまった。
「んーっ! んんっ!」
「うっせーぞ! 満足したら帰してやるから黙ってやがれ!」
瑠衣は暴れていたことにより、スカートからソレが落ちて思い出す。
護身用のカッターナイフを制服に入れていたんだったっけ、と。
しかし、今さら気づいてももう遅い。
どうにか隙をついて反撃できないかと、瑠衣は男たちと当たりの様子を窺う。
ダメだ。誰も見当たらない! と瑠衣は絶望する。
瑠衣の衣服を脱がすと、男たち自らも下半身を露出させ、見たくないものが露になる。
ーーいやだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
と、瑠衣が拒絶を思考していたその寸刻。
瞬きするよりも早く、彼女の脳裏に異能力の情報が濁流のように押し寄せてきた。
そして、突如として瑠衣に異能力が発現したのであった。
自分が異能力者になったこと、異能力についての知識、なにができるのか、どう使うべきなのかーーそれらすべてが、時間の流れを感じさせないほど一瞬で、急激に記憶へと刻まれる。
ーーそして瑠衣は、刃を鋭くするという異能力が行使できる異能力者として誕生を遂げた。
単なるカッターのままなら、たとえ隙が生じて手に握られても、男たちにとってはそこまで脅威にはなり得ないだろう。
切りつけてもせいぜい軽い切り傷がつくだけで、むしろ逆上される要因になりかねない。
だが現状では、逆転のひとつになるかもしれない手段へと昇華した。
両手を掴んでいる男が自分の下半身まで脱ごうと早まったとき、瑠衣は片腕だけ解放された。
その隙を見て、慌ててカッターが落ちたほうへと手を伸ばして掴み取る。
成功した瞬間、瑠衣はすぐさまチキチキとカッターの刃を出した。
だが、やはりカッター程度で諦める男ではない。
男たちは下卑た笑い声を口から漏らすだけで、なんの畏怖も覚えていない。
「この反応にしろ態度にしろ、もしかしてこいつ処女っぽくね? ラッキー!」
「中学生だろ? 俺たちの時代じゃそれが当たり前だっての! 悪いな? 俺たちを気持ちよくするためだけに妊娠させちゃうかもなぁ? げへへ!」
ーーこいつこいつこいつこいつ!
ーー当たれぇえぇええっ!
下品なことを口にしながら、男は自分の性器を瑠衣の股に遠慮なく近づけようとする。
怒りと恐怖が混ざりパニック症状を起こしかけながら、瑠衣はがむしゃらに、どこかに、どこにでもいいから当たってくれーーと健気にカッターをただただ振るいまくった。
「痛っ! な!? なんだこれ!?」
下半身側の男がカッターを取り上げようとしたとき、その腕にカッターの刃が当たった。
衣服を着ている部位だが関係ない。
衣服も皮膚も筋肉も裂け、肉が裂けたところから血が多量に飛散し、衣服に勢いよく血が広がっていく。
「っーーざけんじゃねぇぞぉこの肉便器がぁああああッ!」
男はカッターを握る瑠衣の腕を全力で握りしめた。
瑠衣はここまですれば退くだろうと考え、つい動作を緩慢にしてしまったのが災いした。
最初はなにが起こったのか理解できなかった男たちだが、なにがあったのか認識した瞬間、この威力のカッターを食らったというのに恐れるのではなく、むしろ頭に血が登り顔を赤くさせ瑠衣に罵声を浴びせた。
狂暴性が増した男は、瑠衣の顔面に拳を振り上げ、全力で降り下ろそうとした。
そのときだった。
「すごいカッターだね、それ」
ーーその少女は現れた。
少女は瑠衣よりも少し歳上の風貌をしており、愛くるしく明るさを宿した瞳で瑠衣を見ていた。
外見だけなら自分よりかわいいだろうーーと瑠衣は現状を忘れながらそう評した。
男たちは一瞬焦るが、少女が瑠衣より2、3歳程度年上なだけだとわかりーーつまりは単なる女子高生ぐらいだと認識すると、安堵のため息を漏らす。
「こっちはお楽しみ中だ。あっち行かねーと、おまえもこいつと同じ目に遭うぞ? ああっ? さっさと立ち去れ」
男は忠告するが、少女はそれには耳をかさず、瑠衣に歩み寄ると、瑠衣の顔を見つめる。
「二対一は不利だというのにさー、さらに女の子相手に大人二人がかりとか……助けよっか?」
幼さと活発さの印象を兼ね備えているサイドテールを風に靡かせ、ついに少女は至近距離まできてしまった。
少女が見ているのは瑠衣。つまりは自分に訊いているのだと判断した瑠衣は、藁にもすがる思いで必死に何度も頷いた。
「ん! んっ!」
瑠衣は声が出せないながらも必死に助けを懇願する。
「オッケー。暇だったしべつにいいよ。それに“ソレ”。気になるしね」
状況が状況だから仕方ないとはいえ、最悪少女まで巻き込む可能性があった。
だとしても、瑠衣には今、そのようなことを思考できる余裕はない。
見た目からは想像できない危険な香りを少女は漂わせていた。
「やるってんなら容赦しねぇぞ、ああっ!?」
「あはっ! キッモいッ!」
男二人は瑠衣から退き立ち上がると、嗤ってきた少女を殴り飛ばそうと肘を引いた。
少女はそれより早く片手でスカートを翻し内側に手を入れた。
ーーそれは、一寸経たずに終わってしまった。




