Episode59/4.非日常→日常
ついでに、私が自身の異霊体と思考を通じて会話できること、それは私の思考を借りるゆえに沙鳥が見るだけで沙鳥の異能力で伝わることを、刀子さん含むここにいる全員に伝えた。
「異霊体と会話を交わし誑かされているのは、美夜や高杉から伝え聞いている。しかし、直感だと?」
直感の部分に納得していない様子の刀子さんに、私は過去に経験した“言葉にして唱えない直感”は、今のところ殆ど全てが的中しているーーと補足した。
「そういうわけか。嵐山が杉井に執着していた理由は……。だが、そこまで行くと、もはや直感ではなく予知にならないか?」
直感ではなく……予知?
ーーああ。私も豊花のそれは、直感なんて超越した能力……未来予知とすら言えると思っている。なんとなくでも、豊花だって自覚しているだろう?ーー
瑠衣が梅沢先生に襲われると察知したときを思い返す。
あれは、たしかに……映像まで鮮明に脳裏に浮かんだ。まるで、未来を予知していたかのように。
そして、私の行動ひとつで、未来がねじ曲げられたかのような感覚までしたような気がする。
「まあ、今ここで詮索しても仕方ない。嵐山、怪物行脚をしていた犯人の確度の高い情報をようやく掴んだ。念のため、その情報も共有しておきたい」
「……」沙鳥は考えるのを一時やめたらしく、視線を戻し刀子さんを見る。「皐月の部下に加わった、というのは存じていますよ?」
「それはおまえに伝えられたから既にわかっている。この施設は見たことないか? 神奈川県内だが、相模原市のなかで人口密度の低い地域に在る建物だ」
刀子さんはテーブルに写真を滑らせるように取り出し、私たちに見せてきた。
少なくとも、私は見たことがない。
一見すると、厳かな雰囲気が漂う、まるで宗教施設のような建物が映っていた。
同時に、刀子さんはーー隠し撮りだろうーー私は知らない女性の横顔が映っている写真も取り出した。
「これは……いったいなんでしょうか? こちらの女性が怪物を操っていた犯人……あの場では顔を確認できなかった唯一の人物ですので、見ただけではわかりませんが……もしそうなら貴重な情報です」
「うわっ、なんかカルト臭い新興宗教にしか見えない」
近寄って写真を覗いた翠月はそう思ったのか、本音だろう感想を口から溢す。
「新興宗教全てがカルトってわけじゃないわよ?」
「いや、ある意味カルト宗教だ。だが、正式に宗教法人としては認められていない。そういう意味で言えば宗教ではないがな」
舞香さんの言葉はそのとおりだが、どうやら翠月の言うとおり、宗教法人として認められていないものの、カルト宗教で正解らしい。
「信者は推定500人弱だが、こいつが皐月に加入したのが嵐山の言どおりとしても、こいつは皐月に入るまえから既に存在している。かなり新しめのカルト宗教だが、ここの教祖だ」
「なぜそれを刀子さんが掴めたんですか?」
「ああ、内部を知る元信者の内部告発だ。元だから内部告発とは言えないかもしれんが、その元信者は正式に脱退したいが、教祖の力を恐れて、細々と情報を告発できる場を求めていたらしい」
警察から又聞きの情報だが、本人と会って訊いた情報もあるーー刀子さんはそう口にした。
「どのような教祖か、人物像は把握していますか?」
「ああ。自分は神の娘だとホラを吹き、その証拠として神と同じように無から生物を生み出せると化け物をつくって信者に見せびらかし、ついでに異能力者は悪者ではない、神に選ばれた人間とも主張しているらしい。人間の世界では美成恵と自称しているといった設定だとさ」
「神の娘……ですか……」
沙鳥は誰かを思い浮かべるように、少しだけ目線を上へと向けたあと戻す。
「その異能力者のなかで、無から有を、それも生物を無から生み出せる自分は神が創り地上に降臨せしめた存在だーー等と言葉巧みに一般人を騙し、信者を少しずつ増やし、その敬虔なる信徒から金を巻き上げ資金力まで身に付けているという話だ」
「本当なら、放置すると大変な事態になりかねませんね?」
「ああ。まだ小規模とはいえ、放置して信者が増え、そいつらが教祖の命令で全員が暴れだしたら手に負えなくなる」
刀子さんは困った様子で頭を掻きながら沙鳥に同意する。
「私を含め、そいつの異能力は対人特化の異能力犯罪死刑執行代理人との相性が悪くてな……どうすべきか考えていたんだ。そこで追い討ちとばかりに、皐月への加入と来た。まったく悩みどころだ」
刀子さんは珍しく、弱音とも捉えられる意見を口にする。
「ふふっ……」
「嵐山?」「沙鳥、どうしたのよ?」
沙鳥は失笑するかのように嗤ったあと、我慢できないといった様子でしばらく高笑いし出した。
「あのような、悪魔にしても不細工な怪物しか生み出せない単なる一異能力者が神の娘ですか。我々家族には、生物どころか、無から新世界を歴史ごと創造した異能力者もいるというのに。純粋な市民を騙す詐欺師が神を騙りますか!」
沙鳥は嘲笑するように嗤ったあと、少し迷うような仕草でテーブルに手のひらを置き、暫く擦るような独特な動作をする。
やがて、口を開いた。
「……愛のある我が家が乗り越える存在ではなく」沙鳥は独り言のように小声で言う。「今はまだ、いち仲間として頼ることにしましょう」
「待て。なにを考えているかはわからないが、例え信者とはいえ、流石に一般人500名を皆殺しにするような真似は容認できない」
刀子さんは、異能力犯罪組織に荷担している非・異能力者のような多少の犠牲は端数として切り捨てるような性格をしているが、流石に度を越した人数の殺戮は忌避する考えをしているのだろう。
今の発言を踏まえると、私にはそう思えた。
しかし、沙鳥なら皆殺しにしかねないと私は思う。
だが、沙鳥は手を振り否定した。
「いえいえ、殺すまでもありませんよ」
「なら、如何にするつもりだ?」
沙鳥は、「早速、澄さんにやっていただく事ができました」と呟く。
「私も知りたいわね? 澄に頼めば、それこそ信者を根切りにすると言い出しかねないわよ?」
「いえ、澄さんには一芝居打ってもらいます。偽物の神の娘を騙る愚者に、信者の前で情けない姿を晒していただきます。本物の神の娘たる澄さんに、信者ごと根こそぎ奪ってもらうのです。それには、愛さんの協力も不可欠ですね」
そう言った沙鳥は、最初の皐月壊滅への一手ーー大仕事は、澄に任せる旨を宣言した。
澄の仕事は美成恵の信者ごとの支配だと決定したのだった。
「刀子さんは、異能力者以外には力を発揮できない新生皐月ーー毒島勝也を執拗に追跡していただけますか? 可能なら処してくださるようお願いいたします」
「……なら、美成恵の件は、愛のある我が家に託そう。私たち異能力者保護団体側の人間は、皐月に集中することにするが、それで構わないな?」
「ええ、お願いします」
ふとした隙に、私は部屋に掛かる時計を見る。
時間は既に、夜の十時を疾うに過ぎていた。
時間を忘れるとはよく言ったものだ。ここまで遅い時間になっていたとは……。
いい加減、私は帰らないといけない。
「貴女が家族になってくださったこと、大変嬉しく思います。これからも家族として、助け合いましょう」
「は、はい……その、そろそろーー」
「わかっております。そろそろ帰宅しなければなりませんね。豊花さんには他にも家族がおりますので」
ほかにも、というより、血の繋がった家族は、母さんと父さん、そして裕希姉の三人なんだけど……。
と、玄関を音を立ててダイナミックに開け放ち、タイミングよく藍が現れた。
藍は気まずそうに後頭部を掻きながら、私たちに早足気味に近づいてくる。
近寄ると、長袖を捲ったままの片腕に、やたらと多数の注射痕、だけでなく内出血まで起こしている範囲が広まっていた。
「い、いやー、血管になかなか入らなくてイライラしました! てへへ……」
「いい加減にしてください。なら、後回しにして早々にこちらに来てくださらないと困ります。これが重大な仕事なら、叱責だけでは済みませんよ?」
沙鳥はへらへらしている藍を少しだけ強い口調で叱る。
しかし、すぐに頭を切り替えたのか、平常どおりの落ち着いた表情で、沙鳥は藍へ、私を自宅前に転移させるよう命じてくれた。
「わっかりましたーっ!」
おそらく覚醒剤をキメた直後なのだろう。
いい加減慣れてきたが、瞳孔が散大したまま、威勢の良い大声と身動きで私の近くに寄ってくる。
「……もう……帰って……しまうのですね……」
鏡子は寂しそうに、小声で呟く。
「えっと……仲間なんだからさ、これからも頻繁に会えるよ」
「……はい……では……また……」
そんな最中、私は藍の異能力に急激に包まれていくのを認識した。
「今後も頼りにしていますよ、豊花さん」
沙鳥の言葉が伝わった直後、自宅があるマンションの前に、気づくと私は佇んでいた。
「……」
私は悟ってしまった。
普通のひとが非日常だと感じる出来事は、今の私にとっての日常になってしまったのだ……と。
ーー豊花……。ーー
私は頭を振り、悩み事を振り払う。
まずは生理痛に効く鎮痛剤を飲もうーーと頭を切り替えると、急いで自宅に帰るため、マンションの中に入るのであったーー。




