Episode59/1.非日常→日常
(127.)
目の前の視界には、一度だけ招かれて来たことのある愛のある我が家の拠点2、本屋とコンビニの上に建つ、一般人には入り口を見つけることが不可能なマンションの一号室内部の光景が広がった。
転移を終えたのだ。舞香と比較すれば発動速度は低いが、朱音の異世界転移と比較すれば遥かに早く転移できるのだ。
藍の異能力も使いようによってはーー正面からの戦闘には利用価値はないがーーこちらが敗走する場合、何処かに上手く身を潜めれば、相手が探している間に遠くへ転移して逃げる事くらいはできるんじゃないだろうか?
舞香とは比べ物にならないほどの、超長距離転移ーーもしも異能力者保護団体が評価するなら、脅威度はどの程度に当てはまるのだろうか?
実害がない……私自身に影響を与えるだけの精神干渉系の異能力すら、脅威判定が再評価され一段階上がったくらいだ。BとかCくらいの扱いを受けても違和感がない。
藍から離れ、一号室内に各々仲間が散らばるなか、早速沙鳥は固まっている朱音と瑠奈、夢に歩み寄る。
「念のため空室にしていた十一号室に魔法円を展開してください」
「ちょい待った! わたしの部屋に魔法円描いていいよ! いや、むしろ描きなよ?」
沙鳥の言葉に瑠奈が割り込み主張した。
「瑠奈さんの部屋ですか……たしかに唯一個室ですし、広さは十分あると思いますが、そうすべきと仰る意図はなんでしょうか?」
「その部屋にわたしとアリーシャ、朱音の三人で同棲してれば、魔法円のある部屋を常に強固な守りにしておけるじゃん? ね、ね? いいでしょ?」
同棲? ルームシェアとか相部屋と言ったほうが正しくないか?
沙鳥は深く嘆息した。
読心したのか、はたまた目的を察したのか、沙鳥は呆れ半分の声色で、「朱音さんと夢さんがそれで構わないのでしたら」と二人に意見を求めた。
唯一の個室ということは、瑠奈以外の三階から上にある部屋は、一部屋に複数人で暮らしているのだろう。
愛のある我が家のここに暮らしていた人たちと、おそらく一条哩さんのように二階へつづく鍵を所持しているアルストロメリアの一部メンバーも。
「えっと……ぼくは構わないよ。慣れてるからね……」
慣れてるーーってなんだろう?
朱音は夢の様子を横目で窺っている。夢の返事次第なのか、朱音は夢の返答を様子を見ながらただ待っていた。
夢は少しだけ頬を膨らませる。夢は朱音と違い、少し不満げな様子を見せる。
「え~? 安眠できる場所を提供するって言ってたじゃないですか~」
「大丈夫大丈夫っ。できるだけ静かに過ごすようにするし、睡眠の邪魔は絶対にしないもん! たま~にヤらせてくれるだけで私は満足だよっ?」
瑠奈のとんでもない説得に、思わず噴き出しそうになる。
ヤらせてくれればーーって、それだとさっき朱音が言った“慣れている”と言ったことや、瑠奈の“同棲”発言の意味合いが、私の頭だといやらしい内容じゃないかと疑ってしまう。
なにに慣れているのか……その“なに”がいったいなんなのかが……。
「本当ですか? 瑠奈の言う“たまに”が瑠奈にとっての“たまに”で、私にとっての“頻繁”なら嫌ですからね~? そうなったら隣の空室に移る許可がほしいのですよー? 沙鳥さん?」
夢は沙鳥に目を向け、不服そうに唇を尖らせながら申し出る。
その言葉には一ミリも本音を抑えず、頭に浮かんだままの素を直接口から出しているように思えた。
「元より夢さんには十一号室で暮らしていただく予定でしたので、不満でしたら直ぐさま私に伝えてください。これは予定外、単なる瑠奈さんの我が儘でしかありませんから」
「なら、まあ……様子見を含め、瑠奈と朱音さんと相部屋でいいですよ~」
仕方ない、といった感じで夢は渋々認めた。
無意識から妄想が溢れてしまう。
三人で暮らす部屋になるだろうに、もし私の想像する意味の“ヤる”だとしたら、気まずい雰囲気になりそうなんだけど……。
ーー十中八九、セックスだろうな。いや、直喩過ぎた。エッチするという意味だろう。ーー
敢えて思考しなかった単語を出さないでほしい。
それに“エッチ”じゃほとんど変わらない。全然オブラートに包めていないよ……。
「はぁ……とはいえ、必要な塗料を塒1にも念のため保管しておいてよかったよ。でも、流石に塒3にまで用意はしてないから、あとで藍を貸してくれるかい?」
「もちろんです。藍さんを愛のある我が家に引き抜いた理由のひとつは、これから藍さんの力を頻繁に拝借する必要があるからなので」
沙鳥の返答に頷く、了解と言い、護衛すると言いながら瑠奈と、それについていく夢の三人が一号室から立ち去った。
「さて、特別に刀子さん限定で拠点1の居場所と入る手順を予め連絡しておきましたので、ひとまず来るのを待ちましょうか?」
「長い付き合うだからって、仮にも異能力犯罪死刑執行代理人の筆頭になった刀子さんに教えちゃったの?」
舞香さんは沙鳥に問いかける。
私も少し驚いた。殺し殺されの関係がつづいたであろう異能力犯罪死刑執行代理人の、それも総指揮に、愛のある我が家の居場所を二つ教えることになる。
一軒家の塒2のほうは前々から知っていたようだけど……。
「それだけ、私たちが異能力協会の殲滅に対して本気だということ。そして何より、異能力者保護団体側と結んだ同盟が偽りではないと示すためです」
沙鳥はそう打ち明ける。
たしかに、異能力者保護団体と敵対するつもりはないと断言していた。
本心だと前置きしていたとおり、少なくとも沙鳥には異能力者保護団体側と無意味に敵対関係になる気はないように思えた。
沙鳥が今も前も本当の本音だと仮定したうえでの、私の願望が混じった憶測に過ぎないけど……。
誰一人座らずに立ち話をしているため、私も自ずとソファーに向かおうとはしなかった。
相変わらず下腹部が辛いが、まだ我慢できる範囲だ。
と、おそらく別室で待機していた、あの場に居なかった残りの愛のある我が家の面々ーー翠月、鏡子、愛、知佳ーーの四人が遅れて一号室の玄関を開け、ぞろぞろと入ってきた。
立ち止まり固まったままでいた藍が、愛の姿を見つけるなり早足で勢いよく愛目掛けて躙り寄る。
「私を愛のある我が家に差し出しましたね、愛さん?」
詰め寄るように愛に追及する。
先ほど沙鳥が提示した譲歩案は呑んだが、元アルストロメリアの構成員。藍も愛に対して一言二言文句も言いたい気持ちなのだろう。
「御薬袋、いや、藍ちゃん。アルストロメリアは愛のある我が家の下部組織のひとつだよ? しかも平社員ならぬ平メンバー! そこから愛のある我が家に大ッ抜ッ擢! 大出世だよっおめおめっ、きゃはっ!」
愛は相変わらずふざけた口調を崩さず、少々勘に触る言葉遣いで藍に言い返す。
質問に答えているようで一切答えていない。
「愛さん……私は出世とか望んでない、ってまえに言ったじゃないですか! 私は単に生き甲斐と書いて薬物乱用と読む行為だけがーー」
「アルストロメリアは薄給だよん? 藍ちゃんの稼ぎじゃおクスリ代なんて補えないって本人を目の前で大、曝、露! しちゃったっ! わ~っパチパチ!」
言いながら愛はわざとらしく手を叩いて見せる。
「話が違う……」
「んじゃ辞める? アルストロメリアから抜けた藍ちゃんは、いま愛のある我が家を抜けたらザ・ニート! 暮らす場所もないっ、そしたら少しも薬物なんて使えないよんっ。いいの? ねぇ、いいの?」
「ぐっ……わかりました……」
「んじゃ、これから部下じゃなくって、愛のある我が家の仲間の一員として、改めてよろしくねんっ!」
語尾に星マークが付きそうな喋り方のまま、藍を無理やり説得させた。
姉である沙鳥とは性格がまるで違う。けど、沙鳥とは別種の厭らしさが漂っている。
改めて感じてしまう。このひとがアルストロメリアという一組織のリーダーで、よくもまあ組織が成り立っているなぁ……と。
愛のある我が家の仲間ーーいわゆる家族のなかで、一番コミュニケーションを取るのが難しい気さえする。
もし、愛と私で二人きりになる場面がこの先あったら、私なら十分もしたらストレスで頭が痛くなりそうだ……。
ーーいや? たしかにストレスが一番溜まるのは嵐山愛だろうが、二人きりになって場が持たないのは春夏冬知佳……あやつだろう。ーー
春夏冬知佳?
室内を見回すと、沙鳥が知佳に手招きして、ちょうど二人が接近したところだった。




