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Episode06/7.男女の性差

(23.)

 ーーチッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッーー。


 秒針が気になってしょうがねぇべらんぼうっ!


 ーーなどと口に出したくなるほど眠れない。


 時計が紡ぐリズミカルな演奏がこんなに耳障りに感じるのは、生まれてこの方はじめてだ。

 寝るのにまったく集中できない。


 誰か睡眠薬でもくれないかな?


 その日の夜、僕は未だに生理に苦しめられて奮闘していた。


 薬で少しはマシになったものの、薬を飲んだとしても痛みが完全に消えることはなかったし出血は変わらないのだ。

 この場合は経血って言ったほうが正しいかもしれないけどどうだっていい。


 ナプキンの付け方は、袋に書かれた説明を裕希姉に見せてもらった。

 だから正しい筈だけど、完璧かは自分では判断できない。

 恥ずかしくて人には訊けない。


 股だけじゃなく額も冷や汗で湿っている。


 瑠璃や瑠衣に言われたとおり、腰にブランケットを巻いて暖め、裕希姉に言われたとおり寝る前に夜用ナプキンに変えて布団に入った。

 すぐさま寝る体勢になったというのに……なかなか寝ることができず時間は過ぎて行く。


 股が湿って気持ち悪いと感じる。

 これは血だ、そう思ってしまうから尚更だ。

 気にしてしまうのが自然の摂理だろう。


 どうにか気を逸らしてストレスが溜まらないように心がけなければいけない。


 額から冷や汗がだらだらと流れ落ちていく。

 自室の中、僕はベッドに寝ころがりながら耐える。


 湿っていて気持ちの悪い股間の水気をなるべく無視して、ストレスが溜まらないように我慢する。


 お、お腹が痛い……。


 誰かが下腹部を鷲掴みにして捻り取ろうとしているかのような、体験したことのない痛みが、未だに波のように襲いかかってくる。


「ーーっ! もう無理! 自分から頼んでおいてなんだけど、もう無理! 許してください! こんな事になるなんて予想できなかったし、そもそも想定外の出来事がこうも発生するなんて思わなかったんだ! こんなに痛かったり辛かったりするなんて、思いもしなかった! だから、だから僕を元に戻してくれ! お願いします!」


 誰もいない虚空めがけて、僕は必死に祈りを捧げる。

 しかし、一回目のときは安易に叶えてくれたというのに、二回目となる今回の祈りについては、どうやら叶えてはくれないようだ。


ーーもしも辛いなら、その体を放棄すればいい。ーー


 脳に直接だれかが語りかけてきた。


「ほ、放棄?」


ーーきみの幽体と私で溶解し合い、私になってほしい。そして肉体をも私に変わってほしい。そうすれば、きみという存在は世界から消える。もう苦しまずに済むだろう? なに、単にきみという意識が私と混ざり成り代わるだけで外見に変化はない。私がきみになるだけさ。だから安心して、意思を無くし意識を譲ってほしい。ーー


ーーさあ、苦しみたくないのなら、早くしたまえ。ーー


「……意識を譲る……え?」


 それってつまり……。


「ふ、ふざけるな! それって死ねってことだろ!? だいたいおまえはなんなんだっ!」


 不安と怒りが溜まっているからか、自分とはおもえない荒い口調で言い返した。


ーー私? 私は君の心の隙間を満たした存在(もの)、それすなわち、君たちが言うところの異能力霊体……異霊体だ。ーー


 異霊体だと?

 え、こんなふうに会話ができる存在とか聞いていないんだけど。


 でも、侵食率が云々と瑠璃が言っていたのを踏まえると、こいつが僕を蝕もうとしているヤツに違いない。 


 なんにせよ、僕はまだ死にたくない。


「死ぬくらいなら生きるに決まっているだろ! おまえに譲り渡すものなんて、ひとつもない!」


ーー私たちは本来、きみたちに寄生して、ただ刻を待つだけの存在だ。私も対話が成立したことに少々驚いている。奇跡のようだ。まあ、つまりは、だ。気長に待つのは慣れている。待っているよ、杉井豊花。いずれひとつの存在となる時が来たら、仲良く共存しようではないか。ーー


 そこまで言うと、異霊体の声は脳裏に流れなくなった。


 何度か呼び掛けてみたが、答える声はもうそこにはない。

 仲良くしよう、ってーーなんの話なのかさっぱりだ。


 ……こんなこと初めてだからか、怖くなってくるじゃないか。


 異能力について、もっとちゃんと調べてみよう。

 いくら絶対数が少ないといっても、僕自身は異能力者なんだから。


 そして、男女どちらでも好きなときに好きな場所で変身できるようになってやる。

 それが無理なら、男に戻るだけでもいい。


 でも……男に戻れば瑠璃や瑠衣との友情は……。


 せ、せめて絶頂とやらを味わってみなければ報われない。

 正しい自慰のやり方も覚えて!


 ギブアップしてもいいですか、だなんて心が嘆きはじめているんだ。

 それをどうにかするためなら、面倒でも考えなければいけない。


 とりあえず来週月曜、すぐに瑠璃や瑠衣にこの現象を訊かなければいけない。

 ほかにも、なんでもいいから手がかりを掴めないか試そう。


 僕はいろいろと頭のなかで予定を組み立てているうちに、ようやく眠りに落ちられたのであった。 



 ーー土日もひたすら不快な気持ちに耐えつづけた。



 そして、ほんの少し痛みが収まってきた月曜日を迎えた。






(24.)

「え、異霊体、会話? 豊花、頭の螺、どっか吹き飛んでる。早く、探したほうが、いいよ?」


 物凄いアホを見たかのような瞳を、まさか瑠衣から向けられるなんて思わなかった。


 月曜日の昼休み。

 瑠璃が教室に来なかった事で気になった僕は、瑠衣の教室へとひとりで足を運んだのだ。


 瑠衣の周りにも瑠璃は居らず、瑠衣に訊いてみたら、瑠璃は仕事で今日は学校には不在だということがわかった。


 そういえば日中も稀に休むとか言っていたっけ……マジかぁ。

 と思いながらも、せっかくだから瑠衣と二人でお昼にすることにした。


 ーーという流れだった。


 そこで瑠衣に、金曜日の出来事を伝えてみた。


 伝えた結果がコレだ。

 話を聞いた瑠衣は、地球外生命体かなにかを見たかのような表情を浮かべ、本気で頭が大丈夫なのか気にしてきたのだ。


 なんだろう?

 瑠璃に言われるならまだしも、瑠衣に言われるのは納得できない。


「本当だって、知らない? 異霊体と対話するのがいまの常識なのさ」


 無駄な嘘で虚勢を張った。

 いや、知らないからこそ訊いたんだけどね。

 なんだか無意味に強がってしまった。


「脳ミソにエネルギー、足りてないっぽい。オイルかな? それともグリス? シリコンスプレー? ミストオイル? 電気? レギュラー入れてからの、ハイオク? それとも軽油? えっ、灯油? それはダメだよ。壊れるのが自然」

「僕はなにかの機械なの? 真面目な話だっていうのに」


 そこまでおかしな事は言っていないと思うし、実際に遭遇した出来事なんだから頭は正常な筈。


「豊花、聞いて。異能力霊体と、会話できるひと、ひとりもいない。異能力者になった瞬間、知識は流れる。でも、異能力者になったあと、会話するひと、聞いたことも、見たこともない。多分、お月様が、酷かったんだね。壊れてる。統合失調症とか、疑う。病院行く?」

「え、本当なの……?」


 そうは思えないけど、幻聴じゃないという確証は得られない。

 証拠もないし、会話したのが絶対とまではいえないかも……。

 自分でも心配になってくる。


 あの対話は、本当にあったのか、と……。


「瑠衣ちゃんは本当にそういうのなかったの?」

「豊花、“ちゃん”外さなきゃ、豊花“ちゃん”って呼ぶから」


 一瞬このクラスにまで“豊花ちゃん”呼びが感染してしまったのかとビクッとした。

 でもまあ、自分はちゃん付けを嫌がっているのに、ひとに対してはちゃん付けするのはよくないか。


 リアルで歳下と会話したことが今までなかったから、いまいち慣れない。

 どうしても子ども扱いしようとしてしまう。 


「じゃ、じゃあ、瑠衣はそういうことなかったの? 本当に?」

()


 バッサリ。

 会話ですらなかった。

 非常にあっさりとした返事だこと。


「私、侵食率、ステージ3で、豊花は1だよ? でも、私は会話できない。なのに、豊花はできる? それ変だよ。多分、電波を受信しただけ」


 なんだよ電波って。

 ん、そういえばーー。


「まえに瑠璃が、瑠衣がなんかやったから侵食がーとか言ってたけど、なにか過去に問題起こしたの?」

「……聞く?」


 ちょっとだけ眉を潜めたが、話すのも満更ではなさそうにも見えた。


 なにか現状を打破するヒントがあるかもしれないし、とにかく今は異能力について知れることはなんでも知りたい。


 だからーー。


「訊いてもいい?」

「いいよ? 豊花、姉さんいないのに、来てくれた。お友達」


 瑠衣は照れながらも笑顔を見せた。

 こんな笑顔もするのか……正直、奇妙に嗤う姿の笑みより、ずっとかわいいと思えた。


「少し、長くなる。これが、私の真実。……姉さんも、知らない。姉さんじゃないから、嘘は混ぜない。だから、内緒。約束だよ?」


 僕はそれに対して頷いた。


 姉さんも知らないというのが少し、いやかなり気になるけど……まあ、僕が誰にも喋らなきゃいいだけだ。




 ーーそして、瑠衣は自分が起こしてしまった過去の事件を語ってくれた。

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