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Episode06/6.男女の性差

(22.)

 ーーチッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。


 秒針の音が室内に通って聴こえる。

 自室のベッドで仰向けになりながら、僕は痛みに耐えて天井を見つめていた。


 あれから保健室で鎮痛剤ーー先生は『一般的なのよりやさしめの鎮痛剤』とか言っていたけど、調べてみたら普通に鎮痛剤と言えば伝わる物だったーーを貰って飲むと、帰りまでベッドで休ませてもらった。


 その後、ふらふらになりながらも自宅まで帰ってきて死ぬようにベッドに倒れ伏した。

 そのまま3時間経つが、一時痛みは軽減したのに、今になってから再び痛みが再燃してきたようだ。 


 痛みから逃げるためにひたすら寝ようとしたが、普段なら気にならない秒針の音さえ気になってしまいイライラしてしまう。

 そのうえ、そもそも肝心の痛みが再発してきたのだ。

 眠れないまま今に至る。


 どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

 別に悪いことなんてしていないでしょ、ねぇ、聞いてくださいよ神様?


 おーい、生理の神様ー?

 それか神通力のひとつと言えばそれっぽい生理通の持ち主さーん、聞いてくださーい。


「……」


 もはや思考までおかしくなっているようだ。


 ……いま、僕はなにを考えていた?

 神通力とかほざいてなかったか?

 生理の神様ってなんだよ?


 トイレにならいるかもしれないけど、生理に神様っているのだろうか。

 八百万の神様がいる日本だ。

 居たっておかしくはない。


 ーーコン、コン、コココン、コンコン。


「……母さん、なに?」


 ドアがノックされ、母さんかと思い返事をした。

 でも、なんだかノックにしてはリズミカルな気が……。


 ーーコンココンコンコンコンココンコンコンコンココンコンコンコンココンコンコンコンココンコンコンコンココンコンコン、ガチャ「いぇい!」


 裕希姉かい!

 ポルターガイストかと思ったわ!

 びっくりして強まった疲労感をちょっとは治してほしい。


「ゆったー、ただいまー。ママに聞いたけど調子悪いって?」

「裕希姉さぁ、びっくりするからそういうのはやめようよ……ちょっと今はヤバいんだ。冗談も通じそうにない」


 キリキリと真下からスローに、だけど粘り強いボディーを入れられているような、そんな味わったことのない痛みがやまない。


 止まない雨はない。死なない人はいない。

 されどこの痛みは、酷くなっていくだけな気がする。


 ーーダメだ、マイナス思考になるな僕。


「心配してたよママ? まあ、だいたいなにかわかった。私も昔は親に言いにくかったし。ゆったマジかー。生理もあるんだすっごいね。ほんと異能力って不思議だわ。つまり初潮ってことじゃん? もし14歳なら遅いから、やっぱその身体って12歳なんじゃね?」

「あ、あの、喋る気力もあんまないんだけど」

「『生理生理言って俺に会うのが面倒になっただけだろどうせ!』とかなんとか言ってくれちゃってさー、ちょっとは女の苦しみ味わえやっ!」

「……誰? その俺さん」


 一言足りとも僕じゃなかった。

 俺って誰だ。僕は『僕』じゃん。


「裕希姉の彼氏か誰かの話なんでしょ……彼氏が言ってきたからって僕に当たらないでよ。あっ、鎮痛剤ない? あと、ナプキンの替えがないんだよね……」

「なんで買ってこないのかなーこのバカちん。ゆったってさ、パンツ変えなかったりしてたし、ひとりで下着も買えないし、だらしないぞ?」

「……ない? 痛み止め」


 突っ込む気力さえ湧かなかった。


「ま、かわいい妹を助けてやるかな~。んじゃ、ちょっと待ってて」


 裕希姉は部屋から出ていくと、鎮痛剤らしき薬の箱とナプキンを複数持ちながら戻ってきた。


「とりま鎮痛剤あるけど、これ15歳以上対象って問題があったの忘れてたわ」

「学校では普通に渡されたけど?」

「それは多分、アセトアミノフェンっしょ?」

「あ、アセト?」

「アセトアミノフェン。鎮痛成分のひとつで15歳未満でも使える優れもの」


 薬によってルールが異なるようだ。

 だがしかし、この痛みを真っ正面から耐えるなんてもってのほか。


「あの、有名なの無かったっけ? ほら、半分がーー」

「半分がぼったくりで出来ていますって薬のこと?」

「やさしさだからっ」


 酷い言い草するなぁこのひと。

 半分がぼったくりならもう半分はなんなんだ。やさしさなら中和して無になりそうじゃん、やったね。


「まあアレは本当に優しさ成分が半分含まれてんだけど。冗談は抜きにして元が16歳だからいいってことにしちゃう? 私愛用、生理痛対策、イブプロフェンとブチルスコポラミンが奏でる音楽聞いちゃう?」

「いぶ、ぶちるす?」


 そもそも聞くものではなく飲むものだ。それか効くもの。

 パッケージには別の名前がひとつ書いてあったから一瞬ぽかんとしちゃったけど、入っている成分名のことを言ったのか。


「特効薬があるなら早くくれない? なんだか一旦収まってた痛みが酷くなってきてさ。吐きそうなレベル」

「そんな重たいならあれっしょ、変なもんや腐ったもん食べ過ぎて健康害したんでしょ」


 きょうはなんだか変な物食べなかった?

 ってやたらと言われるなぁちくしょう!

 そんなに飢えているように見えるのだろうか、この体躯。


 あー、イライラしてしょうがない。

 なんだか正常な思考が、痛みと不快感によって蝕まれていく気分だ。


「というか、これまるまる一日耐えなきゃいけないの?」

「いや、一日じゃないっつーの」


 なんだ、明日の昼まで止まらないのかと思ったじゃないか。


「そうなの? 月一の痛みとかって聞いたことあるから勘違いしーー」

「普通は4、5日続くから」


 ……は?


「普通は4、5日は止まらないよー? どんなに早く終わるひとでも三日は終わらないんじゃないかな?」

「う……そ……だろ?」


 背中に嫌な汗がだらだらと流れていく。

 頭のなかで何かががらがらと崩れているのに、下腹部はぐりぐりと叫声を上げて鳴り止まないのに、5日……だと……?


「まあ人によって長さも辛さも出血量も千差万別だし、平均的に一番辛いのは二日目だよ。とりま鎮痛剤飲むなら飲むで自己責任で飲んでね。それが過ぎればあとは少しずつ楽になっていくと思う。個人差あるから私の場合だけど。あとは、はいナプキン」


 ナプキンをいくつか渡してくる。

 一枚持ってみると、瑠璃を経由してもらった瑠衣のナプキンよりも少し軽い気がした。


「今はそれに変えて」もう一種類ナプキンを渡してきた。「寝るまえにこっちに変えたほうがいいと思う」

「なにか違うの?」

「最初のは昼用、こっちのは夜用。寝てるとすぐ変えられないっしょ? だから容量が多くて長いあいだ吸収されるように作られてるのを着けなきゃ漏れるかもしんないだろー?」

「漏れーーあっ」


 なんだかいきなり直感する。

 今まさに漏れていると。

 制服のまま寝転がっていた為、恐る恐るスカートをつまみ上げ下着に当たっていそうな箇所を確認する。


 あれ?

 大丈夫じゃん。

 自分の勘は当たらないものらしい。

 役に立たない機能が追加されたのかもしれない。

 女の勘までは芽生えないのだろうか?


「ところで、寝るときスカート捲れあがった?」

「え、なんで?」

「ほれ、そこ」


 裕希姉はベッドに人差し指を向けていた。

 そこを見たら、直前の思考を訂正することになった。


「……そっちだったかぁ」


 勘は当たっていた。

 女の勘は僕にもあったのだ!

 やったねちくしょう。


 ベッドにしっかりと血が付着しているのを見て、僕はもうどうしたらいいのかわからなくなった。

 

「あっ、そうそう。なんかお隣さんが亡くなったって話聞いた?」

「え?」

「あ、聞いてない? もしかしたら殺人事件かもしんないから気をつけろよー。じゃあね」 


 裕希姉はそれだけ言い残すと、部屋から出ていってしまった。


 殺人……え?

 もしかして、あのときの騒音や小さな雄叫びは聞き間違いじゃなかった?


 夏なのに身体に悪寒を感じ、あまり考えないようにした。


 殺人だと確定したわけでもあるまいし、たまたまお隣さんが老死しただけさ。


 きっと……。


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