Episode53/情報の共有とーー。
(118.)
朱音に連れられて現世界に転移したあと、朱音はさらに白い大きな布袋になにかを入れて、魔法円の上へと戻り、私に「沙鳥に声をかけるように」と言いながら、再び異世界へと旅立った。
私は朱音に言われたとおり、少し見慣れてきた家のなかを歩き、階段を下りて一階のリビングに顔を出した。
そこには、沙鳥と御薬袋、そして珍しく夢の三人がソファーに座っていた。
「お帰りなさい。朱音さんに訊かずともわかります。才能はあったようですね」
……感覚という異能力は過去最大に利用したけど。
「わかっております。それを含めてです」
沙鳥はソファーに座るよう手招きしてくる。
私は室内の時計の短針が、真っ直ぐ左側を指しているのを確認しながら、言われるがままにソファーに腰を下ろした。
「操霊術から精霊操術を覚える話は朱音さんや瑠奈さんに任せるとして……私は豊花さんに先程では伝えきれなかった情報を伝えます。20分もかかりません」
「老い先真っ暗、いや、老い先短いんだぁ……」
御薬袋はソファーに座っているというより、ソファーにすがっているような体勢で、ぐねぐねの姿勢で半身を床のカーペットに置いている。
前回と同じだ。
おそらく、覚醒剤のキレ目というヤツなのだろう。
ーー覚醒剤は精神依存が激しい反面、身体依存は皆無に等しい。離脱症状や禁断症状のような“わかりやすい”暴れかたはしない。しかし、これを見ると精神依存の強さの凄まじさがわかるな?ーー
ユタカは興味深そうに、私の脳裏でそう呟く。
反面、夢は、普段のようにあくびをしたり、ふわふわした雰囲気とは少し違うーーお姫様然とした格好で、優雅に紅茶を……いや紙パックのりんごジュースを飲んでいた。
「私は飲み終わったら寝るのでご心配なく~」
夢は私にそれだけ言うと、会話に不参加の意思を示す。
「伝えきれなかった情報とは?」
御薬袋や夢は後回しにして、いや、気にしないようにして、私は沙鳥に率直な質問を投げ掛けた。
心臓に貯蔵したマナは、不安定さを失いつつ安定してきているのを実感する。これがマナの気配か。
沙鳥は珈琲のマグカップをテーブルに置いた。
「まず、皐月が直接対面したことのある、ほかの異能力協会の面々二人の外見についてです」
「それを私に?」
「ええ。貴女はもう、我々の家族なんですよ? 狙われる可能性が0とは言えません。敵性勢力の外見くらいは存じ上げておいたほうがよろしいと思います」
敵性勢力ーーこの場合、和風月名にちなんだ名前の、異能力協会所属の構成員のことだろう。
「しかし、皐月を読心しても、思考やイメージを探っても、皐月が直接対面したことのある異能力協会の面々は、葉月と神無月の二名のみでした」
「二名?」
「ええ。二十歳の女性と、三十代前の男性です」
沙鳥は前者が葉月。
後者が神無月だと言う。
沙鳥の話を聞くに、二人の皐月の記憶から窺える二人の外見は、それぞれ以下の姿だと言う。
葉月はショートヘアで、瑠奈のようなカチューシャをしている。首にはチョークで飾っている二十歳前後の女性。
神無月は、アラサーに足を踏み入れた辺りの年齢で、オールバックの髪型に眼鏡を掛けた、白いスーツを着ている男性。渋いより爽やかな清々しい風貌をしているという。
「愛のある我が家ーー我々のように定例会として集まる文化がないのか、皐月が若輩ゆえに信頼されていなかったのかは不明瞭です。しかし、葉月と神無月の面が割れたことは立派な成果です」
沙鳥は続けてこう呟くように口にした。
ーー今まで尻尾を見せなかった異能力協会の足がかりを掴めたのは、大きな一歩です。
「あの……異能力協会と全面的に抗争でもするんですか?」
私の直感では、異能力協会の正規構成員は、暫く“直接的に愛のある我が家に手を下すことはない”と訴えてきていた。
直接的、つまり間接的に悪さをしないとまで言ってこない“直感”には一抹の不安を抱いてしまうけど……。
「貴女のその異能力……といっても異能力ではないのかもしれませんが」
「え?」
「唱える必要のない“直感”とやらは本当に便利ですね」
沙鳥は珍しく足を組んで、両手の指を絡ませる。
「ご心配なく。神奈川県内に手を出してこないか各種機関とは足並みを揃えて警戒しますが、我々から他県に強襲したり、煽って炙り出す行動迄することは“まだ”ありません」
それを聞いて、少し安堵する。
安堵してもいいのか?
異能力協会側からなにか布石を打ってくるんじゃないか?
ーーといった不安は拭えないけど、そこまで必要以上にバチバチにやりあうことはないだろうと知り、安心した。
「ただし、正式に愛のある我が家の“家族”となった豊花さんの日常に、異能力協会の手下や無関係な異能力協会の味方が被害を与えてこようとしないとも限りません。警戒は怠らないように願います」
沙鳥のその一言で、再び霧散しようとしていた不安が無意識から沸いてきてしまう。
それだけでなく、“直感”も明確な内容を一切示してくれないのに、なにやら嫌な予感を押し付けてくる不快感まで微量にあるからたちが悪い。
「私はどうすればいいんですか?」
率直な疑問を沙鳥に投げ掛ける。
と同時に、りんごジュースを飲み干した夢は、それをゴミ箱に捨てると共に立ち上がる。
「それでは沙鳥さん、豊花さん。私はまた寝て参るのです~」
夢はそれだけ言い残してリビングから立ち去った。
「普段から身の回りの注意を欠かさずに。また、異能力の直感が働いたときや、何らかの情報を得た場合は直ぐに連絡を」
沙鳥は言い終えると、ソファーから立ち上がり御薬袋の肩を揺さぶる。
御薬袋の異能力は、愛のある我が家の正規構成員としても遜色ない非常に便利なちからだ。
でも、御薬袋は愛のある我が家ではなく、あくまで下部組織のアルストロメリアの一員。異能力の内容だけで愛のある我が家への昇格は決まらないのかもしれない。
と、私はふと思った。
「御薬袋さんは薬物依存でなければ、たしかに愛のある我が家の家族になっていたでしょうね。ですが」沙鳥は御薬袋の体を精一杯のちからで転がし、顔を私たちに向けさせた。「この惨状では、いつお釈迦になるか不安しかありませんから」
沙鳥は、御薬袋に対して「豊花さんを先日どおり自宅前まで転移させてください」と口頭で命令した。
「……死にたい……うう……わかりました」
「送り届けて帰宅したあとは、限度を弁えればメタンフェタミンの使用を許可しますから、やる気を出してください」
御薬袋の瞳に一筋の光が宿ったのを、私は見逃さなかった。
御薬袋さんは、ふらふらと立ち上がると、私の側に歩み寄る。
「最後に。豊花さんが各種訓練を終えたら、新たなシノギを開拓するか、既存の家族の仕事を手伝うか、どちらにせよ、本格的に我々の仲間、家族として、活動していただきます」
それを耳にして、考えないようにしていたことが、私の脳裏を駆け抜けた。
いや、脳裏どころじゃない。
犯罪行為に荷担する。
それは、特殊指定異能力“犯罪”組織ーー愛のある我が家に所属するなら、避けられない問題だと、疾うにわかっていながら、目を逸らしていた事実だからだ……。
各種訓練とは、操霊術や精霊操術だけの話じゃないだろう。
読心という枠に収まらない精神へズタズタ入り込む沙鳥の異能力の性質上、葉月瑠衣……瑠衣の弟子としてナイフ戦闘の指南を受けていることも把握されているに違いない。
そこに、第4級異能力特殊捜査官の指南も受けているのだ。
それを承知で、ある程度戦力を身につけたら、沙鳥は犯罪に手を染めろと命令してきたのだ……。
私はちからなく沙鳥に頷き、御薬袋のちからで自宅前まで転移するのであった。




