Episode51/2.日常?④
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昼はルーティンと化した瑠衣のクラスでの昼食。
教室に入るときに、それとなしに辻の様子を確認してみたが、いじめられている様子は窺えなかった。
でも、ただ一人で食事をしていたのが気がかりだが……やっぱり、問題を表沙汰にすべきじゃなかったのか?
仮染めの友達関係だとしても、その友達だった筈の二人まで、気まずそうに離れた席で食べているし。
どうにかしたいと思う気持ちもある。
クラスでハブられているとか、そんな事態に発展していないといいんだけど……。
私がしたことは余計だったのだろうか?
だからといって、勝手に名前を使われた私も被害者といえる。
とはいえ、私が深入りし過ぎる問題じゃないなーーと考え、既に瑠璃も座っている瑠衣の机に向かい、椅子に腰を下ろした。
「来週中間テストなのにまったく勉強できてないよ……」
私は座り終えると、オーバーに頭を抱えながら、椅子に浅く座り天井を仰ぎ見る。
非日常も問題だが、学校での苦難まで立ちはだかってくるのだ。
「テスト勉強なんてそんなにしなくても、授業聞いていればそこそこわかるじゃない?」
瑠璃はバッサリ、私の発言を言葉によって切り捨てた。
それは出来る人のみに許された方法なんだよ……。
でも、瑠璃のスタンスだと、少しだけ勉強して、そこそこわかればいいーーつまり、赤点にはならない程度の点数を取れればいい、といった意味が含まれた発言な気がした。
瑠衣が手を伸ばして、私の肩を叩く。
「仲間」
ニヤニヤした口許をしながら、瑠衣は赤点以下仲間を見つけた嬉しさからか、瞳をきらきら輝かせていた。
上の空ながらもノートにはきっちり書いている私と、黒板すら見ていなさそうな瑠衣が同列に語られるのは不愉快だ。
……いや、待てよ?
考えてみれば、最近はハッとなったら黒板を書き写すまえに、黒板が消されて次の内容に飛んでいるから……ノートもつぎはぎになっているような……?
ーーうむ。葉月瑠衣になにかを言える立場ではないな。このままでは豊花、きみも留年するぞ? ただでさえ頭のよくない高校なのに、赤点まで取る気か? きみは勉強でもバカなのか?ーー
痛いところを突いてくるなぁ……自慢じゃないけど、毎回なにかしらの科目で赤点取って補習受けたりしているよ。
ーー……。ーー
「瑠璃、勉強教えてくれたりは……」
「申し訳ないけど、私だってバカなほうよ? それに、明日は学校休んで異能力者保護団体に行くし」
瑠璃の口にするバカと、私が言うバカには隔たりがありそうなんだけど……。
と、スマホのバイブが鳴る。
私は「ちょっとごめん」と二人に言い、ポケットからスマホを取り出し画面を見る。
『本日放課後、愛のある我が家塒2へ来てください。異能力者保護団体には本日から週末まで、こちらから豊花さんが異能力者保護団体に行けない旨を伝えておきましたので、学校を終えたら直にお願いします』
ふむふむ……え?
まだ実力は4級に相応しくないのに、平日まで愛のある我が家に侵食されていくのか?
以前は土日だけって話だったのに。
まあ、そんな約束、破られる予感は何とはなしにしていたけれど……。
ーー塒2……拠点2か。異世界転移の魔法円がある拠点だな? 豊花が操霊術を学びたいと伝えたこととなにか関係があるのかもしれないぞ?ーー
うーん……それなら行ってもいいのかもしれない。
というより、行かない以外の手はない。
愛のある我が家に所属したという事は、すべてにおいて愛のある我が家を優先しなくてはならないのと同義だ。
何処まで勝手にした場合かは明言されていないけど、背信に赦しを施すことはなくーーつまり、裏切りレベルのなにかをやらかせば、今までの沙鳥の言動から、私の友達も……。
それだけじゃない。
母や父、裕希姉といった、私がなにに手を染めたのか知らない家族までも、下手したら皆殺しにされる危険性だって普通にあり得る。
そんな危険な犯罪組織に身を置いたという実感が、何度目になるかわからない実感が、朝と同じく再び脳裏をジトッと走り、何回目になるかわからない自覚をする。
「どうしたの? また異霊体? それとも……それ?」
瑠璃は私のスマホを指差す。
暗に沙鳥などからの連絡事項を疑っているのだろう。
「うん。ごめん。きょうは異能力者保護団体には通えない。愛のある我が家へ用事が出来た。少なくとも今週は」
「元から私は休みだったけど……本当に、愛のある我が家の構成員になっちゃったのよね……私からすると、未だに実感が湧かないわ」
瑠璃はどこか寂しそうな顔をする。
怒りとはまた違う、残念そうな表情だ。
瑠衣は私が愛のある我が家に行こうが、あまり気にしていないのか、食べ足りなかったらしく、私の弁当からプチトマトを奪取している。
「でも、同時に第4級異能力特殊捜査官でもあるから。どちらに肩入れするでもないよ」
「それもね……私にだってわかる。無理やり見習いから押し上げられたんでしょ? もし、もしも私や瑠衣が愛のある我が家のせいで危険な目に遭ったとき、豊花は、どっちのーーいや何でもないわ、気にしないで。早く食べちゃいましょ」
瑠璃は意味ありげな発言をやめて、食事を再開した。
私も、瑠衣からおかずを奪われないよう急いで食べ始めた。
自身が務める異能力者保護団体。準職員でいながら、最年少で第2級異能力特殊捜査官となった葉月瑠璃。
直接的には関係ないが、人殺しを瑠璃より甘く見ていそうな、異能力犯罪死刑執行代理人の河川ありすの愛弟子として鍛えられている葉月瑠衣。
そしてーー。
異能力者保護団体に務める準職員かつ第4級異能力特殊捜査官でありながら、特殊指定異能力犯罪組織“愛のある我が家”の正規構成員、家族となった私。
見方によっては、私は風見鶏だ。
実際には、愛のある我が家がまずあって、そこの指示によっては異能力者保護団体のスパイにされる可能性がある立場。
味方でもあるなんて、本来なら口が裂けても言えない立ち位置だ。
でもーー。
神奈川支部の異能力者保護団体トップ。
神奈川県警本部のトップ。
異能力犯罪死刑執行代理人の総指揮。
教育部併設異能力者研究所の副所長(実質所長)。
そして……愛のある我が家の現当主……嵐山沙鳥。
これら組織同士が互い手を握っているあいだは、わかりやすい敵対相手にはならないだろう。私にはそう思える。
ーー手を切ることになれば?
あくまで異能力協会に対抗するための一時的な協力体制だとすれば、その問題が片付いたあと、私は何処の味方なんだ?
……考えるまでもない。
私にはもう、裏切ることはできない。
裏切りは大切な者たちの生命を人質に取られているのだから……。
だけど、私は決めたんだ。
もし、殺さねば解決しない問題に直面したとき、今度は迷わず命を取りに行くとーー。
「まーた深刻そうな顔してる。私が四月一日、豊花が金沢と戦った日から、今日までずっと顔色は悪いわ、一人称が私のまま直そうとしないわ、なんだか変よ?」
瑠璃は少しまぶたをつり、同時に探ろうとしてくる瞳を向けてくる。
「私は、危うく、死にかけた。気絶してた」
瑠衣は弁当に蓋をしながら、そう口にする。
「本当よ! 清水さんや煌季さんが居たからよかったものの、どうしてあんなヤバそうな奴に……って、まあありすのせいでしょうし、あのあと問い詰めたから、相手が誰だったのかとか事情はわかったけど……」
瑠璃は瑠衣に返事をする。
帰路にありすから事情を聞かされた瑠璃は、今までにないくらい激昂していたもんなぁ……。
家に帰ったあとのやり取りまでは、私は自宅に直帰したから知らないけれど。
煌季さんは第3級異能力特殊捜査官。瑠璃も会ったことはあるのか。以前まで札幌に居たとか聞いた気がするから、顔合わせをしたのは最近だと思うけど。
「実力、不足。ありすの、せいじゃない」
「ありすだって殴り飛ばされてたんでしょ? 護衛役が聞いてあきれるわ」
瑠衣が実力不足なら、私は何だって言うんだ?
もしも、私が善河誠一郎の相手をしていたら、おそらく殺されていただろう。逆に、瑠衣なら金沢叶多なんて一蹴できたと思われる。
やっぱり、やっぱりちからが欲しい。
さらなるちからを……刀子さんまでは、なにも望んじゃない。
せめて、ありすと対等に戦える程度の実力がほしい。
それには、やはり訓練は必須だろう。
操霊術の訓練も合わせてーー。
やがて、私たちは昼休みを終えて、各々の教室へ戻った。




