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Episode50/杉井豊花(前)

(112.)

 私は自室のベッドに寝転び、仰向けで天井を眺めていた。


ーー豊花……薬を……。ーー


 もう何度目だろう?

 それをユタカから言われたのは……。


 私は仕方なく、ユタカを納得させるためクエチアピンとアルプラゾラムを服用した。

 効いているのか疑問だが、飲んだほうがまだ落ち着くとユタカは判断したのだろう。


 でも……私は、金沢叶多を傷付ける際、いや、刀子さんに殺されたとき、心の底から安堵した。

 認めたくないけど、やっと迷惑極まりない叶多(ヤツ)が死んでくれたことに対して、喜び……いや悦びの様な感情を抱いてしまったのだ。


 他人を騙すことはできても、自分自身を騙すことは私にはできない。

 この眠っていた感情が、私を私足らしめる本質なんだろうか?


 沙鳥の言い残した、送心してきた台詞も頭にこびりついて離れてはくれない。


「ユタカ、フレア……どう思った?」


 ユタカは私の身体から離れ、ベッドの端に現れ腰をかけるようにして現れた。

 フレアも呼び掛けに応じて、ベッドの真下、床に体育座りのように姿を現す。


 室内に、私とユタカ、フレアの三人が集まる。

 しかし、私からは二人とも視認できても、精霊体のフレアと、異霊体のユタカは、互いにーー少なくとも視覚ではーー認識できないことには変わらない。


 私はまだ、精霊操術師の技術“精霊の喚起”すら扱えないのだ。

 もしも精霊の喚起が扱えたなら、フレアは物質界の体を得られて、要するに人間と変わらない肉体として召喚できる。


 精霊操術師の最奥である“同一化”も“界系奥義”も扱えないどころか、無知な私は精霊の喚起という技術すら扱えないのだ。


『復讐はなにも生まない。悦びの様な感情は、偶然、偶々抱いてしまった、豊花の誤りの感情だ』


 ユタカは隣に近寄ると、肩に触れてきた。

 対するフレアはーー。


『復讐は気持ちのいい行為ですよ? 快楽と言っても過言じゃありません! わたしを見下してきた他の精霊、聖霊、神霊を見返してやりたい気持ちがMAXです! 少なくともわたしの考えかたでは、復讐に快楽や悦楽が伴うのは、人として正常な機能だと感じます!』


 ユタカとは真逆の主張だった。

 ドライなユタカの主張とは正反対だし、妙に言葉に力が入っている。


 今まではユタカの意見こそ正しい、正義だと考え行動してきた。

 殺人は犯してはならない最大の罪とすら思っていた。


 でも、私はリベリオンズ殺戮の際に、いくら瑠璃の命を守るためとはいえ、味方の舞香や六花が敵を、何の迷いもなく殺戮する様を見て、罪悪感など一切感じていなかった。


 何より、金沢叶多の死ーー。


 最後の抵抗で私の手で殺すのは良しとしないように努力していたけど、刀子さんに日本刀で切られたとき、やがて確実に刀子さんの手によって殺されたとき、私はいも知れぬ喜び、悦びの感情が、確かに沸き上がっていた。


『しかし、豊花。きみは金沢叶多の殺害を、一歩手前で苦悩して手を止めたではないか?』


 ……それは、私自身が人殺しになる覚悟がなかっただけだ。


 今さら思う。

 裕璃は三人の人物を殺害した。


 いくら当時の記憶がふわふわした曖昧なものであっても、裕璃自身は自らが殺したと理解している。

 だからこそ、重い十字架ーー罪悪感を抱えながら、これからも異世界で暮らすことになるだろう。


 その覚悟が、私にはまだない。

 

 でも、金沢叶多が刀子さんの手によって、必死が確定した瞬間、生きてきて初めての感情が潜在意識から沸き上がってきたのだ。


 やっと、金沢関連の問題から解放される安心と、もう狙われることはないという安堵。

 同時に、少しでも自らの手で痛め付けるのが出来た事に対する悦び、自分の手を血に染めずとも刀子さんがとどめを刺してくれたことに対するホッとした感情。


 そして、金沢叶多が絶命した事に対する悦びーー。


 私は、この感情を抱いたままでいいのだろうか?

 これを良しとするなら、いつか来る未来……自分に都合の悪い人間が死した時、嬉しいといった感情が真っ先に来てしまうといった不安がある。


 沙鳥は、その悦びを否定しないよう私に伝えた。

 愛のある我が家には、そういう感情を良しとする構成員で成り立っているのだろうか?


 瑠璃は、いくら因縁のない相手とはいえ、命を狙ってきた四月一日とやらを殺さず拘束していた。

 叶多の殺害をーー叶多の謀略で瑠衣が狙われたというのにーーやめるよう主張していた。


 瑠璃は私の憧れだ。憧憬を向ける存在であり、恋心を抱いている相手でもある。

 その瑠璃と、思考回路が別物だと知り、私は勝手に落ち込みもしている。


『ユタカさんとなにを話してるのか知りませんがーーわたしの居た世界では、復讐を否定していませんよ? それに、戦時になれば敵国の操霊術師も騎士も、殺戮の限りを尽くします』


 フレアは朱音の生み出した異世界の住民、いや精霊だ。

 ユタカとは考え方も異なるのだろう。


『自分を虐げていた者、自分に害を為してきた者ーーその人たちを復讐で痛め付けて殺すのは、ある種当然でしたよ?』


「痛め付けて……殺す」


『フレアになにを言われようが、異世界(あちら)現世界(こちら)では思想が異なる。そもそも日本人の抱く感情と他国の思想ですら違う。あまり耳を傾けるべきではない』


 フレアの言葉は、声は、ユタカには私を経由するからか届く。

 逆に、ユタカの台詞や主張は、フレアに届くことはない。


 精霊の喚起を覚えたくなる意識が強くなるが、考えてみれば、精霊の喚起を習得したとしても、ユタカの声がフレアに届く可能性は低く思えた。


 ーー貴女は、私達側の人間であると。


 沙鳥の言葉が、未だに頭にこびりついて離れない。


「ーー思考」


 要するに、私達側の人間という事は、愛のある我が家側ないし異能力犯罪組織側の人間だと、私に向けて言っていたのだ。

 沙鳥の言い残した言葉も含めると、少なくとも愛のある我が家の構成員は、皆、復讐を悦と感じるような犯罪集団ということの証左だ。


 いや、人を殺すこと自体、抵抗感がない者同士の集いとさえ言える。

 今までの愛のある我が家の動向を見ていても、人殺しに抵抗を持つどころか、殺戮者と化しても、何ら気にしないのが“愛のある我が家”と言える。


 そこの仲間ーー私達側という台詞から推察できるのは、私も愛のある我が家の構成員に相応しい、類似した生命に対する思想を抱いているのを、沙鳥は見抜いていたのかもしれない。


 このまま愛のある我が家の“家族”でいれば、いずれ、いや、遠くないうちに、私は人殺しを行う可能性が高い。


 愛のある我が家は何の犯罪で金銭を稼いでいるんだっけ?

 そこに、人を殺す仕事は含まれていただろうか?


 瑠璃から又聞きした話や、ありすから聞いた話、愛のある我が家の家族の会話内容から察するに、以下の犯罪行為は行っていると考えてまず間違いないだろう。


 一、覚醒剤を異世界で密造からの密輸、売人への卸売り。

 二、闇金要するに違法な金貸し。

 三、未成年女子の組織売春斡旋。

 四、暴力による事態の解決。


『はっきりと嵐山沙鳥が明言したわけではないし、まだほかにも食い扶持があると思われるがな?』


 すべてに嫌悪感を抱くシノギだけど、おそらく殺人は四に含まれている仕事なのだろう。


 フレアは真っ青になっているであろう私を気にしているのか、『大丈夫ですか~?』と隣から不安そうに訊いてくる。


 ユタカとは脳内で会話できるけど、フレアには言葉にしないと通じないのだ。


 わざわざ現れてくれたのに申し訳ない。 


 ……。

 …………。

 ………………。


 私は……覚悟を決める。


「フレア、なるべく近日に瑠奈から指導を受けようと思う。精霊操術の基礎を瑠奈と共に、私に教えてくれないかな?」


 裏社会で生き残るためには……今以上の暴力が必要だ。

 少なくとも、瑠衣やありすレベルの戦力になる必要がある。


『おい、豊花! 不殺を貫くべきだ! 例え憎い相手だろうと、敵対者だろうと、きみは人殺しを容認すべきではない! 悪に染まるつもりか?』


 今になって、陽山が脳裏を過る。


「なにが悪か、なにが善か。それは私が決める。この世に普遍的で絶対的な善悪なんて、有りはしないのだから……」


 もちろん。無関係の一市民を殺害しようとなんて思わないし、やろうとも思わない。

 でも、明確な犯罪者、敵対組織に絡まれたときに、無力では心許ない。


『当たり前です! 操霊術のみを習得しても、扱える技術は増えるのです! そこに、微弱ながらわたしの火の精霊を付与させれば、戦う手段は幾つも増えますよ!』 


『豊花にとっては敵でも、愛のある我が家から見て敵対組織でも、相手から見たら、こちらが悪だと思われていようと、気にしないつもりか? それでは豊花(きみ)の主観のみで決定することになるのだぞ?』


 ユタカに突っ込みを入れられる。


「うん。それで構わない。友達を守るには、仲間を守るにはーー」


 瑠衣や瑠璃、宮下の姿が頭に浮かぶ。

 同時に、鏡子の顔も脳裏を過った。


「ーー致し方ない場合、殺人もやむを得ない。私はそう思うんだ」


『嵐山沙鳥……よくも豊花を洗脳してくれたな?』


 かつての甘い思想を、私は私自身の手で破壊する。

 無論、心構えの話だし、学校生活で、それを表だって見せる気は微塵もない。


 宮下にも、蒼井にも、来栖にも。

 可能なら瑠璃や瑠衣にも、悟られないように、内面だけを変える。


 これは異霊体侵食率とは無関係だ。

 私自身が決めたこと。そこは強く意識する。


 ーー裏社会と表社会。

 ーー愛のある我が家と異能力者保護団体。


 二足のわらじで進むためには、少しでも非日常に抗えるちからを身につけるべきだと、私は決意を改めて固めるのであった。

第四章は以上までです。

一身上の都合で第五章を投稿するまでだいぶ期間が空いてしまうと思います。

大変申し訳ありません……。

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