表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/203

Episode49/6.因縁と復讐(前)

ーー八月(葉月)五月(皐月)……旧暦の月(和風月名)を元にした組織名か? 偶然にしてはニッチ過ぎる名付けだ。『皐月』のリーダーも皐月と言う名なら尚更無関係とは言い難い。ーー


 ユタカの言葉で、和風、つまり日本の旧暦では、八月を葉月、五月を皐月と呼ぶのだと理解した。

 その別名ーー和風月名と呼ぶことも。


 そして、偶然にしては、叶多に手を貸した組織がどちらも和風月名を由来にした組織となると、横の繋がりがあるとしか思えない。


「安心なさい。貴女のお仲間さんの下にも今頃ーー」

「ですから、安心してください。それを予測して、あらかじめ私たち愛のある我が家の拠点には適当な人物を待機させ、鉄壁の守りを固めています。調べることは増えましたが、貴女のおかげで、それ以上の情報を得ることができました。お礼を申し上げます」


「ふ、ふざけてるの? この場面で嘘なんてーー」

「金沢叶多さん。貴女は組織を欺いて手を貸してもらえた、などと甘い妄想をしているようですが……貴女は単なる駒として利用されただけです。憐れですねぇ?」


 沙鳥が叶多の髪の毛を手放すと同時に、いつの間にか傍に居た刀子さんの日本刀により、叶多は首を綺麗に切断された。

 辺りに血潮が飛び散り、素人の私からでも完全に絶命したのがわかる成れの果てーー好き放題した人物の末路が目に飛び込む。


「ちょっと! いくらなんでも、回復させたのに不要に殺すなんてーー金沢は非異能力者、警察に任せればいいだけじゃない!」


 瑠璃が怒鳴り、抵抗しても無駄と悟り不要に身動ぎしなくなった四月一日から離れ、沙鳥と刀子さんに怒りを露にしながら近寄る。


 しかし、「喧しいので、ぎゃあぎゃあ騒がないでください」と言い残し、沙鳥は今度は四月一日に近づき、似たような問いかけを始めた。


叶多(コイツ)には無駄にツテがある。留置所にぶち込んだところで、留置所にいようが、刑務所にいようが、外部を動かし暴れる可能性だって有る。おまえの妹が金沢の遠隔でーー当初近場に居た筈の静夜に、わざわざ遠回りして葉月瑠衣の殺害を依頼した結果、静夜から狙われるハメになったことをもう忘れたのか?」


 刀子さんは、日本刀を再度懐紙で拭いながら、「新調したほうがいいかもな」と呟き、瑠璃の問いに沙鳥の代わりに返答した。


「でも……」

「葉月。今度はおまえの友人ーー杉井を殺しに来たんだぞ? 次に狙われるのは、おまえかもしれないな」

「っ……!」


 瑠璃は、刀子さんが私の名前を出した瞬間、明らかに動揺を目に浮かべていた。

 自分が狙われるといった内容には興味を示していないのか、瑠璃は私に目を向けると、苦悩するかの様相で頭を抱えると、深く嘆息し言葉を止めた。


 瑠璃は刀子さんの横を通り、私の前に立つ。


「豊花、怪我は?」

「……私は大丈夫だったよ。瑠璃のほうが酷いんじゃない?」

「私は軽傷よ。唾でも付けとけば治るわ」


 いや……意外とスッパリ縦に切られたみたいだし、傷痕が残る可能性だってある。

 血が滲み、衣服の上からではわからないが、負傷していない私と比べれば大したことはない。


 それより……私はある種の絶望を抱き始めていた。


 瑠璃や瑠衣、ありすを巻き込んだからじゃない。

 三人が怪我を負ったからでもない。


 暗い、暗い……夜より暗い、私の心の奥底に沈んでいたーーこんな事態に陥らなければ自覚しなかっただろう。私の人格を構成する根底になる(モノ)……。


 殺すなと訴えていた瑠璃とは真逆の思考。


 それを、今しがた叶多が刀子さんに絶命させられた瞬間を目にしたとき、最初に思ったことで、私は自覚してしまった。


 ーー金沢叶多が死んでくれてよかった。


 叶多の死体を前にして、残酷だとか、気持ち悪いとか、それより以前、なにより先に、そう頭に浮かび、本心から喜んでしまった事。


 私自ら手にかけずに、殺されてくれたことに対して、酷く安堵した事。


 沙鳥は四月一日からも、なにか情報を得たのか。

 しばらく四月一日になにかを問いかけていたみたいだが、私は私自身の心への困惑で、耳まで内容は聞こえていなかった。


 いや、違う。


 いまの私には、そんな事に盗み耳を立てる余裕なんてないだけだ。


ーー落ち着け! それがきみの本心とは限らない。本心だとしてもそれーー


 私は、リベリオンズを殺戮してまわる周りに対して、特に嫌悪感など抱いていなかったじゃないか。

 瑠璃を助けたい一心だったとしても、グロテスクだと見た目に気持ち悪くなるだけで、殺戮する人々に対する嫌悪感など微塵も湧いていなかったじゃないか。


 澄がルーナを血壊とやらで爆散させたときも、匂いと惨状に吐いてしまっただけで、それが悪いことだと一ミリも感じていなかった。


 いや、表面的には感じていたのかもしれない。

 でも、本心では違うと、今ハッキリと理解した。してしまった。


 少なくとも、どんなに憎い相手だろうが、殺害は良しとしない瑠璃の思想とはかけ離れている。


 同じ悪人同士としても、愛のある我が家とリベリオンズの争いだけじゃない。

 非異能力者のリベリオンズに与する構成員が殺されても、残酷だとは思わなかった。


「ちょっと豊花! 暗い顔したかと思えば、反応しなくなって……いったいどうしたのよ? 心配してるのよ、わかってるの? やっぱり何処か怪我したんじゃないの?」


 瑠璃に肩を掴まれ、私は思考に囚われていた状態から、一旦離れる。


「いや……私は本当に大丈夫。私の身体を見てみてよ……怪我なんてしてないでしょ?」

「……たしかに怪我は見当たらないけど、顔は真っ青だし、一人称が僕じゃなくて私にまた変わってるし……あんな死体を目の前にしたから、無理はないと思うけど……頓服薬を飲んだほうがいいわよ?」


 違うんだ……死体を目にしたから、安心した。

 瑠衣や瑠璃、裕璃に危害を加えようとたびたび企てていた相手に、この手で多少なりとも害せた事実が、嬉しかった。

 因縁の相手が、金沢叶多が、無惨な最期を迎えた事に、悦びさえ感じていた始末。


 この感情を、自覚したから、私は……私は……。


 私は、何なんだろう?


ーー葉月瑠璃の言うとおりだ。アルプラゾラムを飲め。多少はマシになる。きみが無用に苦悩すると、融合が早まるぞ?ーー


 いいや、薬なんかで誤魔化したくない。


 沙鳥が、四月一日を読心し終えたのか、私の隣まで歩く。


「理解できましたか? 貴女は私たち側の人間だと」


 沙鳥は、私の心の奥底に眠っていたモノを、私よりさきに認識していたのか?

 それを私に自覚させるため、わざわざ私が危険に曝されるのを把握しながら、叶多と直接対峙する場を用意したのか?


 確実に敵勢力を全滅させるため、応援としては過剰なくらいの力を保持する刀子さんを呼び出しておいて、わざと到着を遅らせたのか?


 ーー私が恨む金沢叶多と殺し合いになる場を提供するために。


ーー嵐山沙鳥……貴様は“家族”を大切にすると断じた筈だ。それなのに、これを仕向けたのか? 豊花が……殺される恐れがあると知りながら!ーー


「異霊体さん、この事態を事前に把握できたのは、愛のある我が家の力です。“家族”になっていなければ、叶多の所在地も、豊花さんが狙われているという推察も、我々から貴女へ伝える義務はありません」

「ちょっと、あんたはいったい……異霊体さん? 異霊体にまたなにか唆されてるの?」


 瑠璃は話が追い付かず、困惑しながら成り行きを見守っている。


「愛のある我が家の“家族”なら、大切に扱われる分、覚悟と自覚を持ってください。貴女が殺すまで行けなかった事は、不問にいたします。四月一日さんとは異なる事情も知っていましたし……まあ、善河さんまで出張ってくるとは思いませんでした」


 ーー真中さんではなく、刀子さんを呼び出しておいてよかったです。


 沙鳥はそう付け足す。

 襲撃相手の詳細まで把握していなかったのか。


「あんたらーー」

「瑠璃さん、四月一日さんは警察へ引き渡します。とはいえ、この道に今は人が入れない状態にしてあります。ですから、ここは私と刀子さん、煌季さんに任せていただけませんか? 貴女は気を失っている妹と、豊花さんと共に帰宅してください」


 入れない状態?

 まだ私の知らない異能力者が、アルストロメリア、あるいは、クレセントムーンにいるのだろうか……。まあ、今はもうどうでもいいや。


「葉月ちゃん。私からもお願いよ~?」


 煌季さんが空き地から出てくると、僕たちに向かって歩いてくる。

 その隣には、瑠衣を抱えたありすも居た。

 ありすも瑠衣も、争いが勃発するより前の状態に、衣服以外は完全に元通りに戻っていた。


 煌季さんは瑠璃の切れた制服の破れ目に人差し指を潜らせ素肌に触れる。

 すぐに、瑠衣より圧倒的に早い速度で、瑠璃の傷は塞がり元に戻った。衣服に付着していた血液さえ、抜け落ちていた。残った跡形は、縦に切れ込みが入った制服のみとなる。


 それを見て、私は再び安堵した。

 この安堵は、悪じゃない。さっきみたいな、悦びを含む厭らしい安心ではない。素直に受け止めていい感情だ。


 渋々といった様子で、しかし、もはや異能力者保護団体の準職員でしかない瑠璃は従うほかないと考えたのか。

 あるいは、第3級とはいえ正規職員である煌季さんと愛のある我が家の沙鳥に言われたうえ、異能力者保護団体と深い関係を有する刀子さんからも目で暗に命じられたからか。


 瑠璃は私と瑠衣を背負うありすを連れて、帰路に着くのであった。




 沙鳥は別れ際、送心で、私に一言伝えてきた。


『復讐を悦と感じた心も、否定するのではなく受け止めるものだと、(ゆめ)、忘れないようにしてください』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ