Episode49/5.因縁と復讐(前)
(111.)
暫く私は、茫然としていた。
その後、心から安堵した。
私自身が、金沢叶多に直接、手を下さずに済んだからーー。
自分が叶多を殺していないとわかったからーー。
空き地の様子は、ここからでは完全には見えない。
しかし、迅速に通り過ぎて空き地へ足を踏み入れた人影の正体は、清水刀子……刀を帯刀した状態の刀子さんだと認識できた。
ありすも、今にも倒れそうな、ふらふらとした足取りで刀子さんと顔合わせしている場面が目に映る。
瑠衣は?
瑠衣はどうなったんだ?
ハッとして、瑠璃の様相を確認するために、私は瑠璃にも顔を向ける。
瑠璃の制服は縦に切られたのか血で滲んでいるのが窺えるが、生死に別状はないとすぐに把握できた。
それどころか、瑠璃は正体不明の中学生ほどの謎の少女ーー予想だにしていなかった襲撃者である四月一日とやらを、組伏せるようにし、殺さず拘束できていた。
あの四月一日とやらを瑠璃が拘束するために使ったのだろう大型の結束バンドはーー未来さんが仕事最中の必需品として、先週の座学と実践で学んだーー異能力者保護団体特注の、犯罪者を拘束するための道具だ。
怪我は浅いようだが、親しい友人が負傷している姿を見ると、気が気でない。
愛する者が、理不尽に負傷させられたのだ。
私だけを狙うと思っていた、いや、沙鳥から伝えられていた叶多が、仲間を引き連れてくるのを想定していなかった私のミスだ……罪悪感を覚えてしまう。
「あら~? 四月一日だけじゃなくて、金沢さんもまだ生きている様ね~?」
聞き馴染みのない女声が直ぐ背後から聞こえてきた。
ハッとして振り返ると、そこには叶多より若干年下と思しき、少しだけ叶多に似ている風貌の女性が、ニコニコとした笑みを崩さないまま佇んでいた。
その左隣後方には、道の左側の塀に手を着け、怠そうに立ち尽くしている御薬袋の姿も居た。
つまり、ほかにも誰か来ている。
いや、既に視界に映っている。御薬袋の異能力で、突如私たちの近場へ現れたであろう人物は、その見知らぬ女性と御薬袋だけじゃない。
御薬袋の右隣には、ニヤニヤと厭らしい口許をしている沙鳥の姿まであったーー。
刀子さんが、空き地から足を踏み出し、私らに歩み寄ってくる。
いや……刀子さんの視線は沙鳥にのみ向けられていた。睨むように凝視している。
気配は静夜と等しく薄いが、静夜と違い表情はわかりやすい刀子さんは、明らかに憤怒を顔に滲ませていた。
「嵐山……おまえ、わざと私だけを前方へ送り出しあと、敢えて離れた位置に転移し歩いて来たな?」
「私は戦力にはなりませんので。足手まといを増やしたくはないでしょう?」
刀子さんは怒りを口調から滲ませる。私は沙鳥の返事を耳にしつつ、直ぐに目にしたことのない女性に視線を移した。
刀子さんは柔らかい口調でその女性に声をかける。
「葉月瑠衣が重傷だ。気絶している。最優先で治癒ーー回帰してやれ。ありすも、だ。気力のみで意識を保っている状態だ。見た目以上にダメージを負っている。直ぐに治療しろ」
「あらあら。でも、まずは1分経たずに絶命寸前の金沢さんを軽く治す、いいえ、直してからね?」
「なんだと?」
刀子さんは明らかに苛立ちを覚えた様子だが、沙鳥を横目で見ると、「そういう事か。なら死なない程度に治したら、すぐさま葉月妹を見てやれ」と言い捨て、再び空き地へ足を踏み入れた。
「煌季さん。金沢叶多は身動きできない程度の治癒で構いません。どうせ、直ぐに始末しますので」
「はいは~い」
回帰の異能力者、医者要らずの治療のエキスパートーー名前しか知らなかった煌季さんとは、この女性のことだったのか。
そもそも、沙とーー。
「ちょっと! 嵐山沙鳥! いろいろ言いたいことはあるけど、コレはあんたの仕業なの? それに、私の目の前で殺人は容認しかねるわよ!」
瑠璃が四月一日を抑えたまま、沙鳥に怒声をぶつけ、私の思考が一瞬止まる。
たしかに、叶多を処分せよーーというのが、沙鳥から私に命じられた当初の命令だった。
だから、私には出血多量で死んでいるようにしか思えない叶多を、煌季さんの異能力で、わざわざ一瞬だけ治癒する。それなのに、直ぐに始末ーー殺す意図が掴めない。
私は沙鳥から殺せと命ぜられた。なのに……?
しかし、煌季さんは沙鳥に頼まれるがまま、叶多に近寄り素肌に数秒触れる。
すると、出血していた血溜まりが少しの範囲、なぜか収縮して、叶多の怪我がかろうじて意識が保てていられている程度の怪我まで戻る。
「ちょっと、私の話聞いてるの!?」
「葉月さん、貴女の言いたい事など到着した直後に私には伝わっています。ですから、喧しく騒ぎ散らかさないでください。少し黙っているように。私には私の役目をこなす必要がありますので」
「ッーー!」
瑠璃は、沙鳥に今の一瞬だけで、思考盗聴を優に越える異能力で、心中の大半を読み取られたという言葉に驚愕したのか、表情が怒りから畏怖を多分に含んだものに変わるのが見てとれた。
周りの会話の節々から、多人数のそれぞれの思惑が交差しているように感じられるが、理解力が及ばないのに、さらに未だ説明もしてくれないことから、私の思考は混乱で支配されてしまう。
沙鳥は叶多の目前まで近寄ると、膝を曲げて屈み、叶多の髪の毛を握るように鷲掴みにして、力で引き上げ、無理やり面を上げさせる。
煌季さんは軽い足取りで、刀子さんに当初言われた重傷者ーー瑠衣を直すため空き地へ入っていく。
重傷……瑠衣が!?
ワンテンポ遅れて、今さら会話から瑠衣が重傷を負ったのだと理解が追い付く。
空き地前まで短距離の距離を駆け、外から瑠衣とありすの様子を確認する。
空き地の入り口付近まで殴り飛ばされたのだろうか?
すぐに容態を把握できた。
「瑠衣!」
瑠衣は顔を真っ赤に腫らし、口の両端から血液を流して気絶してピクリとも動いていなかった。
傍には殴られたとき抜けたのか、血で紅く染まった歯が、数本土の上へ疎らに落ちている。
「安心して~。気絶しているだけよ? わかりやすく伝えるためにも、普段は“治癒”や“治療”、“治す”と説明いるけれどーー私の異能力の本質は“回帰”。抜けてしまった歯も、飛び散る血漿も、腫れた顔も……全て元に戻せるから安心してね~」
「はぁはぁ……杉井……煌季の言うとおり、だから、心配する必要はない……よ……つっ」
ありすはふらふらとしながら、怠そうに地面に腰を下ろしながら、途切れ途切れに私を安心させる言葉を述べる。
近場には、日本刀を懐紙で刃に付着した血液を拭い取る刀子さんも佇んでいた。
「貴女たちに教えるわけなーーッ!」
背後から叶多の痛みからか、苦痛を含む怒声が耳まで届く。
煌季さんが瑠衣の顔を撫でるように触り、地肌に触れたまま暫くすると、口から垂れていた血が消え、土に散らばる歯がサーッと粒子になるかのように消滅すると、次第に腫れて膨らんだ頬も、朱色と共に元に戻っていく。
その様子を見て安堵した私は、振り返り沙鳥に目を向けた。
ーー嵐山沙鳥、彼女の真の目的を……何処まで今日起こる事態を把握していたのか、豊花には知る権利がある。少なくとも、金沢叶多が味方を引き連れ奇襲する情報は、手許に有った筈だ。ーー
うん……ユタカの言うとおりだ。
叶多ひとりの殺害が目的なら、沙鳥自ら赴いてくる理由がない。
呼び出したのかは知らないが、会話を端から聴いていた限り、刀子さんも御薬袋の異能力で、この道に転移して来たのだろう。
ありすも、強襲してくる相手が叶多ひとりではないと、今なら知っていたと発言から想定できる。
「答えなくて結構です。どうせ、口から吐く貴女の言葉なんて、虚偽にまみれていて、信用などできるわけないでしょう? 私の異能力は悪目立ちしていて、異能力者保護団体どころか裏社会に生きる人物なら知られていてもおかしくありませんので存じていますよね?」
「なら、無駄な質問する必要なんてないでしょう!?」
「いえ。心を読みやすくするためには、問いかけたほうが精度が高まります。貴女自身には微塵も興味ありません。貴女に県外で協力していたのが、異能力組織“葉月”の構成員なのは把握できました。ほかに、神奈川県内へ貴女を誘致したのは何処の組織の協力でしょうか?」
は、は?
葉月!?
「葉月!? 私は関係ないわよ!?」
ーー落ち着け、豊花。葉月瑠璃の言のとおりだ。大輝も、瑠美も、瑠衣も、無論瑠璃も、神奈川県内の異能力者保護団体側の人間だ。単に他県にそういった組織が在るという話だろう。ーー
「はは、あはははははっ! 異能力組織“皐月”、それもリーダーの皐月ちゃんの協力によるものなのよ? この意味、貴女に理解できるかしら~?」
「私に理解できなくとも、貴女の思考を見て把握できると伝えたばかりですがーー残念ですが、貴女の目論見は叶いません。そして、『皐月』のリーダー自らが顔を貴女に見せたのは失敗でしたね?」
葉月だとか、皐月だとか、端から会話を聴いていても、いまいち私には理解できなかった。
異能力組織、つまりは異能力犯罪組織の名前なんだろうけど……。




