Episode06/5.男女の性差
言いそうだから心中で謝っておく。
それも僕が言っちゃいました……すみません……。
「セッーー!? な、なんで知ってるの!? べ、べつに、格好いいだけじゃなくてやさしく接してくれたし、年齢的にも彼氏がほしかったし、嫌いじゃないから付き合ってみただけであって、その、そんな先輩がどうしてもって、だから、その、え、エッチなことをしたから、軽いわけじゃーー」
「まさしく軽い女を体現してるじゃない。ねえ、少しは頭をつかってよ。よく考えみて? 付き合ったばかりの彼女にセックスしたいと頼み込む歳上の先輩なんて、本当にやさしいって言えるの? 高校生なのに妊娠したらどうするの? 私、そういうこと嫌いだから詳しく知らないけど、避妊具だって絶対じゃないんだからね?」
言い合いが過熱してきた。
「それはその、先輩が大丈夫だって言うから……」
「はぁ……もういい、面倒くさい。仕事でもないのになにやってんだろ、私。とにかく豊花はこれからも連れていくけど、なにか文句あるの? 瑠衣の社会復帰の鍵が貴女なんかのせいで使えなくなっていたらと思うとイライラするのよね。べつにあんたは彼氏とセックス楽しんでいればいいんじゃない?」
「ちょっ、いくらなんでも言いすぎだって!」
言い過ぎだと思い、僕は横から口を挟んだ。
まえから気になっていたけど、やっぱり瑠璃は裕璃に対して敵対心のようなものを抱いているようだ。
それは、僕に対する好意からの発言ではないことは確かだ。
僕や瑠衣と話すときや、他のクラスメートと談笑するときと明らかに違う。
そう。言葉に遠慮が感じられないのだ。
「ーーっ!」
裕璃は顔を赤くして歯を食いしばる。
よく見ると、泣きそうな表情をしていた。
そんな裕璃を見て、瑠璃は後頭部を掻きながらため息を溢す。
「悪いけど、妹の社会復帰を妨害する因子になりかねない貴女は、豊花に近づけたくないの。ごめんなさい。だけどまあ、あなたの人生がお先真っ暗にならないための忠告くらいなら、してあげる」
瑠璃はそう言うとつづけた。
「妊娠検査キットを買って調べるとか、そのくらいしなさいよね。少し聞いてまわれば金沢紅一って男がどんな人間かくらいわかるから調べてみなさい」
「え、裕璃の彼氏が金沢だなんて、さすがに僕も言ってない」
ついつい弁明してしまった。
「あいつは金持ちで一見やさしくみえるけど、過去に二人の女の子を妊娠させてる。堕胎費用は出さないわ責任も取らないわ。相当酷い事しているらしいわ。あの女ーー金沢叶多の弟だけあって性欲に忠実なことね。泣き寝入りしたくなかったら、なにかあるまえにさっさと別れなさい。これ以上はなにも言わないから、よく考えてみて」
瑠璃は言い終えると、僕の腕を掴んで無理やり教室の外へと出るよう促した。
金沢叶多?
誰だろうそれ?
裕璃のことが気になりつつも、三人で昼休みを過ごす時間がなくなってしまうのはなんだか嫌だ。
そう考え、瑠璃に促されるまま椅子から立ち上がる。
「ねえ、豊花? まだ裕璃に未練があるのか、訊いてみてもいい?」
教室の外へ出ると、瑠璃は質問してきた。
一年の教室に向かいながら、僕は少し考えてから口を開く。
「とりあえず、恋人になりたいとか、そういった未練はもうないかな」
瑠璃がどこまで真実を言い当てられているのかはわからない。
けど、聞いていたかぎりじゃ、裕璃は僕が苦手なタイプの人間にすら思えてきていた。
格好いい先輩に告白されたからと、ほとんど知らない相手と試しに付き合う。
付き合った理由が試しなのに、一週間経たずに身体を許す貞操観念。
……裕璃は、もっときちっとしている印象を抱いていたけど、どうやら思い違いも甚だしかったようだ。
たとえ身体が男に戻ったとしても、好き好んで裕璃と付き合いたいとはもう思えない。
「そう、安心した。豊花には瑠衣もいるんだし、頑張ってね」
「へ? なんで瑠衣?」
なんで瑠衣の名前が、この流れで出てくるんだろう?
そもそも、女の身体の今の僕に対しても、瑠璃とのほうが会話しているのが現状だ。
それを踏まえても、わざわざ瑠衣を名指しで出す意味がまるでわからない。
だいたい、瑠璃とは二人だけで会話が成立するけど、瑠衣と二人だけじゃ会話が途切れてしまいそうだし。
あいだに瑠璃が挟まってくれないとスムーズなやり取りができない。そのていどの仲。
なのに……どうして瑠衣なんだろう?
そういえば、さっき妹のーーつまり、瑠衣の社会復帰を邪魔するな、なんて言っていた気がする。
「瑠衣の友達になってほしいって言ったじゃない」
「え、ああ、そういう意味?」
「もちろん、そうに決まっているじゃない。友達になってほしいの。……高校生になってから最初の友達に」
なんだか凄い重かった。
友達って言葉のなかに、胃もたれしそうななにかが込められていそうな気がした。
だいたい、話があまり合わないし、スイッチが入ると奇妙に笑いはじめるし、まだまだ友達にはなれていないと思う。
「豊花が来てくれるようになってから瑠衣、明るくなったのよ? やっぱり同じ立場だと親しみが湧くみたいね。その調子で、あの子を元気にさせてやってね」
「明るくなったんだ?」
元を知らないからなんとも言えない。
けど……まあ、こうやって毎日昼休みに集まるのは、なんだかつづけたい。
僕は素直にそう思った。
(21.)
ひとつの机に僕と瑠璃、そして瑠衣の三人が集まって昼休みを過ごすことに段々慣れてきていた。
だけど、その日は調子が優れず、あまり会話に参加できていなかった。
そして、下腹部辺りが痛み出して、少しずつ悲鳴をあげ始めた。
「ーーっ!? な、なんだこれ……味わったことのない感覚がする」
「ちょっと、なにか腐った物でも食べたの?」
あれ、さっき同じことを言われた気がする。
なんて表現するのが正しいんだろう?
あえて男で説明するなら、ゴールデンボールに手のひらを当てて奥のほうに押し込んでいるような痛みがしてきたのだ。
「……っ! 豊花、考えていなかったけど、そういえば女になるってことは、つまり、そういうのも“ある”って意味よね?」
「え?」
お腹を擦りながら耐えようとするが、まったく意味がない。
なんだか股が湿っているような……。
瑠璃が瑠衣の鞄に勝手に手を入れたかと思うと、なにやら可愛らしいポーチを取り出して、その中からさらになにかを抜き取る。
「豊花、急いでトイレに行きなさい」
そう言いながら、瑠璃は瑠衣から奪ったなにかをひとつ投げ渡してきた。
「なにこれ?」
「わからない? ナプキンよ、生理用ナプキン。サイズは諦めなさい。無いよりマシでしょ」
「え、せ、生理……?」
普段、男の僕には関わりのない世界だから気にしていなかった。
けど、そういえば確かに、女性には特有の生理という現象があるのを思い出した。
どんなふうになるのかなんて知らないけど、漠然と大変らしいというイメージはある。
「早くトイレ行って、下着の上に敷いて。今始まったなら、これから酷くなるに連れて出血も増えるから、最悪下着から漏れちゃうのよ、わかる?」
「わ……わかった、行ってくる」
……出血。
そういえば血が出るらしいけど、詳しくは知らなかった。
だけど、これから酷くなるという点には驚きを禁じ得ない。
僕は嫌な予感を抱きつつ女子トイレへと向かい走った。
トイレに入り個室のドアを開け中へと入る。
最初はあれだけ緊張と興奮がさめやまなかったのに、今は女子トイレに入っても気にならなくなっていた。
個室に入ると、パンツを恐る恐る脱いでいく。
そこには……。
「げっ!?」
ーーピンク色のパンツが、鮮血色のパンツに変わってしまっていた。
こんなに血が出るのかと、思わず意識が遠退きふらっとしてしまう。
どうにか堪えて、瑠璃から貰ったナプキンとやらを開封して取り出した。
くそっ、焦っているせいか敷きかたがわからない。
男時代には自ら進んでしらべないと、学ぶ機会がないことだから仕方ない。
ーーこうか?
いや、たぶんこうだ!
既に血の臭いを充満させている下着にナプキンを広げて、試行錯誤しながら配置しパンツを履きなおす。
なんか間違っている気もするけど、使い方に文句は言っていられない!
血の臭いがしているような気がして、気になって気になってしょうがない。
それと股がナプキンでごわごわしていて気持ち悪い。
いや、それより……。
なんだかこの痛みには慣れる気がしない。
誰かが子宮を鷲掴みにしているような、経験したことのない痛み。とにかく、この痛みから早く逃げたかった。
それと、股が常に血で湿っているというのは、意外にもストレスになってくる。
とはいえ、いつまでもここに閉じ籠っているわけにはいかない。
痛みに耐えつつ、僕は瑠璃たちの知識で助けてもらおうと教室に戻る。
教室に入ると、臭いが漏れていないか気にしながら瑠璃たちの元に向かい椅子に座った。
「どう? やっぱり生理だった?」
「うん、そうみたい……やたらとこの辺りが痛いんだけど、こんなに痛くなるものなの?」
僕はお腹を擦りながら愚痴るように訊いた。
「いや、人によるとしか言えない。だって、私は軽いけど、瑠衣は重いもの。姉妹なのにこんなに違うんだから、他人のなんてもっとわからないわ」
軽いとか重いとかの基準がわからない。
が、とにかく苦しいことだけは間違いない。
あれかな、異能力者だからさらに辛いとか?
女になった代償だったり?
ーーならいつでも自由に性別変更に異能力を変えてくれ!
「きょうの豊花はちょっとダメそうね。保健室行って鎮痛剤貰って飲んできなさい。そのまま腰を暖めながら帰りまで寝かせてもらったほうがいいわよ?」
鎮痛剤!
その手があった!
「ごめん! 保健室行ってくる!」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「豊花、さよなら」
「うん!」
二人に別れを告げ、僕は保健室に向かって走るのだった。




