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Episode43/1.フレア

(94.)

 完全に夜が降りてきて、寮の内部も涼しくなる。

 寮のなかには、見たことのない髪色がバラバラな男女ーーおそらくバーミリオン構成員ーーが大勢帰ってきた。


「じゃあ、また」

「うん。またね、豊花。お父さん」


 たったそれだけ、裕璃と別れの挨拶を交わした。

 僕は、裕璃と今生の別れにしないよう強気な思考に改めた。


 たとえ沙鳥が許すことがなくても、無理やりにでも会いに来てやるーーそんな不可能な気持ちさえ芽生え

ている。

 だからこそ、前を向く決意ができた。


 僕のなかに渦巻いていた罪悪感はほとんど霧散した。

 ここ最近、裕璃のことばかり思考していた頭が綺麗に晴れたのだ。


 四人で廊下を歩き、物珍しげに見てくる男女を避けて、一階へと下りていく。


 新たな問題には、これから最善を尽くして努めればいい。


 ふと、階段を下りている最中に、こちらに来て当初気になっていたことを訊くことにした。


「朱音さん……僕でも精霊操術師になれる可能性はあるんですか?」

「うん? ああ、さっき瑠奈が教えてくれた事か」


 そういえば、朱音はあの場面もフレアのことも知らないんだった。

 瑠奈はまる焦げで唸っているだけだ。


「不可能じゃないよ? 才能が1さえあれば努力で99%は如何にもできるからね。フレアだっけ? きみが相性の良い精霊を視認できたのも、才能とも数えられるね」


 瑠奈は少しずつ回復していくかのように、肌や衣服に付いた墨のような焦げ跡が、パラパラと剥がれていく。

 そういえば、瑠奈はあの廃ホテルの屋外で見せた、同一化(どういつか)という、曰く精霊操術師の最奥のひとつを使ったときの外見になっていた。


 長い浅緑色の髪に変わり、体にうっすら緑に輝く光子を纏っている。

 その光が焦げ跡にふわっと集まり触れると、焦げ跡がパラパラと剥がれ素肌に戻っていく。


 瑠奈は朱音の肩から腕を離し、朱音の腕に自身の腕を回し絡める。


「……精霊操術の才能と操霊術の才能は直結してるけど、精霊操術の才能がいくらあっても操霊術の才能がないなら無意味だよ? ねえ、朱音もそう思うでしょ?」


 朱音はその手を押し戻す。


「けど、やってみる価値はある。ぼくはそう考えるね」


 瑠奈に「同性愛を此方(異世界)で見せないように」と注意しながら、意義を唱える。


「豊花の異能力“直感”は非常に便利だけど、豊花には直接的な戦闘力はない。たとえ瑠奈が言うように下級精霊以下だとしても、護身具ていどには役立つんじゃないかな?」


「えー? ……たしかに正規の精霊操術師になるわけじゃないし、ありっちゃありなのかなぁ……でも、いつ操霊術を学ばせる気? マナが枯渇したのか元から無いのかわからないけど地球にはマナなんてないじゃん。毎回こっちに連れてきて、操霊術の基礎を学ばせるつもり?」


「操霊術自体は基礎技術の吸収・貯蔵・操作の三つの技術で済むじゃないか。仮契約でもフレアとやらと契約を結ぶだけ結んでおくのは、ぼくはありだと思うよ」


 朱音と瑠奈は言い合いになる。

 赤羽さんは居心地の悪そうな、蚊帳の外の雰囲気を漂わせている。


「待ってーー同一化、解除」


 瑠奈は小声で唱えると、どちらかと言えば見慣れている黒髪にカチューシャ、片側のモミアゲだけ浅緑色に染まった容姿へと戻った。いや、戻したのだろう。


 寮から出ると、瑠奈は少しだけ待つように朱音に言う。

 先ほど、メアリーとやらとの喧嘩でマナが枯渇気味らしく、怪我を癒すために同一化を解除していなかったため、マナの吸収より技の発現の消費のほうが上回っていたという。


 ふっ、と森林に視線を移す。

 見られているのを感じたからだ。


 そこには、まだ未練がましさマックスといった様子で、僕を見つめてくるフレアが居た。

 フレアが再び木陰に隠れそうになるのを察し、僕は近寄るように手招きする。


 フレアは恐る恐る瑠奈の様相を確認しつつも、こどものような小走りで僕に駆け寄ってきた。


『な、なんですか? わたしと契約する気になってくれたんですか?』


 フレアは澄並みに小柄だ。

 もしかしたら、澄より背が低いかもしれない。

 それに童顔。橙色の髪以外、透過していることを除けば、小学生低学年~中学年と変わらない“こども”だ。


 そんな子が必死になっている姿は、酷く胸を痛めた。


「朱音さん! 僕はこの子と契約を交わすことにします」

『契約契や……え?』


 フレアは予想だにしていなかったのか、契約をねだっているにも関わらず、いざ僕が契約を交わすと口にすると、驚きで顔を染める。


「いいのかい? 契約するだけ無駄に終わるかもしれないよ? 操霊術がまだ使えないのだから。後々、才能次第で操霊術を訓練する機会は無くなるよ?」

「豊花~、ぜったいやめといたほうがいいよ?」


 朱音と瑠奈から厳しい忠告を受ける。

 でも、操霊術とやらが使えなかろうが、契約するデメリットはないと僕からは思えた。

 特に、こちらの世界の民じゃないのだから……。


「そんな僕でもいいなら、契約を交わすよ。フレア」

『~っ! やった! やりました~っ!』


 フレアはぴょんぴょんと跳ねて、僕の周りをぐるぐる回る。


「契約を交わす方法は?」

『えっとですね! わたしが赤い光を放つ箇所ーー手のひらを向けますので、そこに手を“自分の意志”で重ねてください! そして、自身の名前を唱えてください』


 そんな簡単な事でいいのか。

 言われたとおり、透過しているフレアの赤色に輝き始めた手のひらに、貫通しないよう上手く自身の手のひらを重ねた。


「杉井豊花」『フレア、ですっ!』


 瞬間、身体に熱が籠ったような錯覚を抱いた。

 瞬時にフレアは僕の体と重なり、フレアは姿を消した。


 フレアの声が一切聞こえなくなったけど、本当に大丈夫?


 フレア?

 おーい、フレア、フレア、フレア~?


ーーすまないが、脳裏の声を聴けるのは幽体に寄生した異霊体(わたし)だけだ。フレアとやらに心の声は聞こえないだろう。ーー


 あ……そういえばそうだった。

 ユタカは僕と脳内会議まで開けるけど、フレアは霊体……ともまた違うんだっけ?


「フレア、何処へ行ったの?」

『豊花さんの内包している精霊界に居ます! 精霊体状態なら』フレアは重なった体からぬるりと飛び出す。『こうやって自由に体から抜け出せます』


「精霊界? 精霊体?」

『はい。精霊界は精霊操術師が精霊を繋げておく世界です。精霊体は契約を交わした今、豊花さんにしか見られない自由に動けるわたしの体です。ですが、精霊の喚起を習得しないと、物質界に肉体として姿を現せられないのですがーー』


 ーーそんな事まで高望みしていません、契約してくれたことに感謝です!


 フレアはそう言い切った。


ーー現実とはまた違ったからくりのようだな?ーー


 うん……まあ、何はともあれ、喜んでくれているのはよかった。


「契約したんだね?」


 朱音に問われて頷いた。


「あー、またわたしの仕事増えるじゃん……」

「頼むよ瑠奈。アリーシャの家庭教師をしていた頃もあるんだろう?」


 なんだろう?

 話の流れ的に、瑠奈から教わることになりそうだ。


 アリーシャ……つまりは銀羽夢の家庭教師をしていたこともあるのか。

 夢は聖霊操術師なのに?


『火の精霊として、一度アリシュエールの街並みを一目見てほしいです!』


 フレアはぴょんぴょん跳ねながら、僕の目線の高さまでジャンプしてくる。

 僕より15cm以上背が低いもんね……でも、目線の高さを合わせるのは、普通は背が高いほうじゃない?


「朱音さん? なんか一旦城下町? アリシュエールの街並み? を一目でいいから見てほしいってお願いされているんですが」

「うん? 別にぼくは構わないけど……瑠奈、もうマナの吸収は終わった?」


 瑠奈はいつ座っていたのか、地面にあぐらをかいている状態から立ち上がった。


「大丈夫。わたしはどうすればいいのさ? あの街並みを見せたい?」

「なら、マナを吸収しつつ城まで戻れるね?」


 瑠奈は訝しむ表情を僕に向けながら、朱音に対して頷き肯定する。


「なら、まずは瑠奈の私室まで飛んで。次に赤羽さんと僕で裕璃の衣類を取りに行くから、戻ってくるまで豊花を連れて城下街で暇潰しててよ。その間にマナの貯蔵が最大になったら、私室に戻り待機しててほしい」


 瑠奈が居るなら安全だろうし、と朱音は捕捉した。

 フレアは若干、瑠奈に対して怯えているのか、直ぐに僕の身体に収まり姿を消した。


「別にいいけど……フレアって精霊(ヤツ)の狙いがわからないや」


 瑠奈は返事するとーー。


「まっ、いいか」


 ーー僕ら三人を連れて、遥か上空まで飛翔するのであった。

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