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Episode42/1.赤羽裕璃

(92.)

 覚醒剤の製造所、モルヒネの精製所として建てられた工場とは違い、朱音曰く寮のほうはこっちの世界でいう平凡なつくり方の宿として建てられたらしい。


 しかし、バーミリオン全員が暮らすため敷地は広く寮は大きな建物だ。


 外観を見るに、石材で作られた少しだけ広い宿のように思えた。


 僕の知識だとーー庭などはなく道から直接入り口らしき玄関に近寄れるがーー建物の大きさや外見は、漫画で読むファンタジー世界の宿とどことなく似ているが、ここのほうが広い。


「王国アリシュエールには長い歴史がある。昔は木材を使って家を建てていたけど、火を国の象徴とするアリシュエールには、火の精霊操術師の数が一番多い。だから、時代と共に燃えやすい木材のみの建物は減り始めた」


 朱音は玄関に自前の鍵を入れると解錠する。

 玄関は木造だけど、たしかに寮の外観は石でつくられている。


「代わりにレンガづくりの建物や石材の建物が増えたんだ。そのとき、地の精霊操術師は大層重宝されたみたいだけど……四大精霊の中で一番神から遠いと評しているアリシュエールには、そもそも地の精霊操術師自体数が少なかったんだ」


 ーーだから、安宿や一般市民の家には、未だに石材と木材が混合した建物が残っている。


 朱音はそう補足してくれた。


 そう言われても、僕はこの世界の街、いや、この国アリシュエールの街並み自体、まだ直接目にしたことが一度もない。


 王様とその臣下や魔女序列や騎士が暮らしているらしい城、というより城塞と呼ぶのに相応しい、城の敷地内にある居館などの建物。


 そして、城塞の背後へつづく崖の下につづく草原、芥子畑、森林。最後に工場と、バーミリオンの構成員が過ごしている寮以外は見ていない。


 まあ、城の遥か上空に飛翔したとき、チラリと背後を一瞬だけ見て、城下街と思しき街並みをほんの少しの間だけ見ることはできた。


 ーー謎の橙に輝く灯りの点で街が埋め尽くされている光景は、僕の知る中世風のファンタジー作品で知る街並みとはだいぶ乖離した風景だったけど……。


 朱音は玄関を開くと、僕たちを招き入れるように中に腕を伸ばし、手のひらを広げた。


「ようこそ。バーミリオンの住み処へ」


 朱音は大げさに紹介すると、付いてくるように僕らーー特に裕璃へ向けて言う。

 そのまま皆で朱音曰く“寮”の中へと足を踏み入れた。


 僕が想像していた内装とは違い、木材は個室と思しき通路に並んでいる扉以外には、ほとんど使われていなかった。

 てっきり、今しがた朱音が口にした木材と石材の混合した内装だとばかり思っていた。


 玄関を入ると、直ぐ近くに階段がある。

 外観から察するに、三階建てだろう。


 その奥には廊下が続いており、規則的に並んだ扉が左右にある。

 おそらく、バーミリオンのメンバーの個室だ。


 だが、異様な無視できない光景が視界に広がる。

 通路に定期的に、灯りの代わりに、白色の提灯?


 いや、提灯とは形が少しだけ似ているが異なる。楕円形の白い紙袋に包まれた、中に火が宿っていると思しき物体があり、その明かりで屋内が照らされているのだ。


「朱音さん、あの提灯みたいな明かりっていったいなんですか?」


 朱音が階段を上がろうとするのをやめると、一端身を振り返り僕を見る。


「アリシュエール独自の灯りだよ。思想的要因も含めたアリシュエールの街にも溢れている、一種の火の象徴物とも云えるね」


 外見はシワのない単なる楕円形の紙袋なのに、何処か妙に惹かれるものがある。

 灯りが並ぶ通路は、なんだか幻想的な風景にすら思えた。


 朱音は僕らに付いてくるように言うと、階段を上がるのを再開する。

 三階まで上がると、廊下へと足を踏み出す。


 ふと、気になって裕璃の顔色を窺った。


 現代の日本とは違う光景に、いや、現実世界と違う場所に、裕璃はこれから暮らすことになるのだ。

 裕璃としては、常に不安が絶えない筈。


 しかし、予想とは異なり、裕璃は意外と冷静さを保った表情をしていた。

 この世界へ来たばかりのときと比べても、明らかに表情が変わっている。


 不安や困惑、恐怖などが、表情からは微塵も読み取れない。

 顔を上げて目線が真っ直ぐ前を向き、どこか穏やかさも感じられる表情をしていた。


「裕璃の部屋は三階の一番奥だ。新人が加入することがなければ個室だよ」


 朱音と瑠奈が三階廊下を進むのを追いかけるように、率先して前へと躍り出た裕璃を筆頭に、僕と赤羽さんも歩き進める。


 途中で足を止めると、朱音は左にある扉を軽く叩き「ここがキリタスの暮らす部屋だから」と、疑問ややりたい事が生じたら頼るようにと裕璃の顔を見て説明した。


 扉には『3-6』と書いてあるだけで、キリタスという名前も、他の居住者を示す印もない。


見ろ(36)キリタスちゃんーーって覚えておくね。けど、できれば忘れないためにも、メモ帳なんかが欲しい。なんとかならない、朱音ちゃん?」


 裕璃は困惑した様子もなく、平静な態度で朱音に返事する。

 それどころか、朱音に対して“ちゃん”付けで呼んだ。声色から緊張している様子もほとんど失せていた。


 朱音はそれを聞くと、「そういえば、色々不足してるな……」と呟き、赤羽さんへと視線を移す。


「申し訳ないんだけど、赤羽さんには、あとで愛のある我が家拠点2まで、自宅から裕璃の衣服や下着、日用品を持ってきてほしい。メモ帳やボールペンはぼくが用意するから」


「あ、ああ。わかった。直ぐ妻に連絡して支度してもらう」


 赤羽さんは困惑した顔でスマホを取り出すが、当然の様に圏外だと気づくとポケットに戻す。


「返ってからでいいよ。ぼくが居ないと世界の往来は不可能だしね」

「え~! またこっちに付いて来なきゃいけないの? あんまりこっちには来たくないのに」


 瑠奈は両手を後頭部で組むと愚痴を吐く。

 直後、なにかを思い出したかのように、瑠奈はオーバーサイズのフードを捲りショートパンツのポケットを漁ったり、さらには朱音のスカートまで探ったりし始めた。


 唐突な瑠奈の奇行に対し、朱音以外は思わず困惑してしまう。

 赤羽さんは無論、精神が安定していそうな顔色になっていた裕璃までも、困惑が表情に見てとれる。


 僕も顔に現れているだろう。 


「“ここ”では力を誇示しなくても平気だろう? 顔見知りしかいないし、瑠奈が風の精霊操術師だと知らない人は居ないから、無理に装飾品を着ける必要なんてないよ」


 朱音は瑠奈の手首を握り、スカートをまさぐる手を止めて引き離した。


「あの……どういう意味ですか?」

「私も知りたい。これからこっちで生きていくんだもん。瑠奈ちゃんは何がしたかったの? 装飾品は着けなきゃダメなの?」


 裕璃も疑問が湧いたのか、朱音に問いかける。


「いや、むしろ一般市民は着けてはいけないんだ」

「どういうこと?」


 裕璃は首を傾げる。

 朱音は廊下を歩くのを再開し奥へと進む。


「ピアスやイヤリング、チョーカー、ブレスレット、ネックレスのような装飾品は、精霊操術師のみ、身に付けることが許されているんだよ。例えば瑠奈なら、風を象徴する色の、緑のシルフストーンでつくった特注のブレスレットを手首に着ける」


 瑠奈が歩きながら振り向く。


「それか緑のネックレス。どっちか着けて、“わたしは風の精霊操術師だぞっ”ってアピールするんだよね」

「力を誇示する理由はわかるかな?」


 朱音に問われるが、僕にはいまいちわからない。

 しかし、裕璃はピンと来たのか、その問いに答える。


「不要な争いを避けるため、で合ってるかな?」


 朱音は通路の一番奥の部屋の前で止まると、裕璃へ体を向けて頷いた。


「正解。ここの城下街も、日本と比べたら治安は悪い。地方には行かないほうがいい。ここから歩いて街まで行くのは現実的じゃないから、必ずバーミリオン所属の風の精霊操術師に連れていってもらうことになるけど」


 ーー必ず一人で行動するのは控えるように。


 朱音は裕璃にそう忠告した。

 つづけて、朱音はバーミリオン全員に伝えておくよ、と口にした。

 

 通路の一番奥、左にある『3-10』と書かれたドアを、拳で軽く叩き、朱音はノックして見せる。


「ここが、裕璃が今日から暮らす部屋だよ」


 朱音はドアを開くと、そのまま室内へ足を踏み入れる。

 僕たちも、朱音と瑠奈に続き部屋の中へと入った。

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