表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/142

Episode41/5.人工の世界

「橙色の髪の毛で、身長130cm弱の少女の姿で、契約をーー」『契約したほうが絶対にお得ですよ!』「ーーんだけど……って」


 会話の邪魔ーっ!

 凄い邪魔してくるっ!


 瑠奈にはフレアとやらの台詞は聴こえていないみたいだけど、微妙な、何とも言えない表情を浮かべる。


「火の精霊は基本的に人外の容姿をしてるんだよね。これは火の大精霊サラマンダーやイフリートがそうだから、強いほど下位の精霊たちも大精霊の影響を受けるんだけど」

『契約契約っ!』


「その大精霊の影響を髪色くらいしか受けていない容姿をしてて、それも“火が最も神に近い属性”として国の象徴に火を掲げてるアリシュエール内で、初めての契約ーー未だに誰とも契約していない、いや、出来たことがない火の精霊かぁ……」

『悩まず契りを交わしましょう!』


「そのうえ契約を精霊側から押し売りしてくるなんて、下級精霊にもなれなかった精霊の成り損ないだよ?」

『契約を……とにかく結べればなんでもしますので……』

「豊花は精霊のいない世界に居たしわからないと思うけど」

『どうか! どうかわたしと、契約を……!』

「初契約ってーー相性の良い操霊術師(そうれいじゅつし)に出会っても、今まで誰にも相手にされなかった弱々しい存在って証だよね。第一豊花はマナを操る操霊術師ですら」『契約をっ、どうかわたしと契約を交わしましょう! 大丈夫ですよマナなんて後から学べばいいですし早くわたしと契』「になるじゃん?」


「邪魔だよーっ!」


 フレアが瑠奈の話に相槌のように声を重ねてきて、果てには被せて来て、瑠奈の説明に集中できず、思わず大声を上げてしまった。

 話の輪の外に居た裕璃がビクッと体を震わせる。驚かしてしまったらしい。申し訳ない気持ちになる。


「豊花には精霊が見えてるの? 精霊って、まるでおとぎ話の世界みたい」

「あの現世朱音ってヤツが創った世界だ。現実とは違うものがあっても不思議じゃねぇ。それよか、精霊っていったいなんなんだ? 常識なのか?」


 裕璃と赤羽さんは、それぞれ話を交える。

 赤羽さんはゲームとかアニメとか見ないように思えるし、精霊って言葉自体、耳馴染みのない用語なのかもしれない。

 裕璃は創作(フィクション)の精霊について、赤羽さんに説明を始めた。


 この子ーーフレアまで僕の大声に驚いたのか、語尾の覇気が霧散して沈黙した。


「豊花はマナの吸収や貯蔵、操作の訓練もしてないから操霊術師ですらないじゃん? 契約するだけ無駄だよ」


 瑠奈は、僕が精霊操術師になりたいと思っているとしても、契約を交わす精霊はよく考えたほうがいいと忠告してきた。


 まずは操霊術を習得ーーマナを操れるようになってからのほうがいいという答えも返ってきた。

 精霊操術師の世界では、操霊術師の腕前がいくらあっても、下級精霊と契約したら実力が一割も発揮できない。


 契約を交わしたとしても、一時的な練習用で、後に契約を解除して上級精霊、あるいは、瑠奈みたいに大精霊と契約を交わすことになるーーとすら言われた。


「下級精霊ですらない、落ちこぼれの精霊モドキと手を組んでも、訓練すらままならないよ? 迷惑ならわたしがシルフィードに頼んで追い返してあげよっか?」

『ーーッ!?』


 フレアは大精霊シルフィードの名前を瑠奈が出した途端、恨めしそうな顔をして、僕を見ながら森林へ、スーッとシームレスな動作で立ち去ってしまった。


「……この世界の精霊が、どんな存在なのかはよくわからないけど、落ちこぼれだからって、相性の良い操霊術師? と出会っても、ずっと避けられてきた精霊に対して、ちょっと可哀想じゃない?」


 話やフレアの態度を鑑みるに、瑠奈が大精霊の名前を出した行為は、あの子に対する脅迫にすら思えた。

 そもそも、瑠奈がフレアを下級精霊にも成れない落ちこぼれと判断したのは、憶測に過ぎない気がする。


 たしかに人形(ひとがた)だったし契約を交わしたことのない精霊は、精霊操術師の瑠奈からすると違和感を覚えるのかもしれない。

 大精霊が人形をしている風の精霊とは事情が異なるみたいだし、瑠奈の言葉を素直に受けとるなら、人形をしている火の精霊は下級精霊なんだろう。


 ーーでも、いくらなんでも下級精霊の成り損ない、落ちこぼれなんて、明らかに言い過ぎだ。


 しかし、瑠奈はさして気にした様子を見せず、工場へと体を向けた。


「そんな事どうでもいいじゃん。それよりーー精霊からアピールしてくるってことは、男性経験ない感じ?」


 瑠奈の言葉に、思考が一瞬止まってしまった。

 いやいやいや。

 いやいやいやいや!


「沙鳥さんから教えられてないの? 僕は元々男なんだって!」

「マジで!? わたしが見誤るなんてっ、そんなバカな!」

「ぃやっ!」


 瑠奈はいきなり僕に接近すると、僕の股間を手でまさぐってきたのだ。

 思わず悲鳴が溢れてしまう。

 この子は……いや、この女性は本当にどうしょうもない。


「なんだ。ついてないじゃん?」

「いや、だから二つの異能力のうちひとつーー身体干渉の能力で女の子になったんだって!」


「あ~……なんか沙鳥が言ってた気がしてきた。でも、性的な目を向けるのは男女どっち?」


 いちいち言わなくてもわかってほしい。


 たしかに多様性、LGBTと云われている時代だけど、僕の言い方で理解してほしい。

 恋愛対象が男なら、今みたいな返答はしないだろうに……。


「普通に女の子相手だよ……」

「へ~?」


 途端に、瑠奈は厭らしい表情を一瞬だけ浮かべた。

 しかし、すぐにハッとした顔をすると、首を傾げる。


「精霊は女性としか契約を交わさないんだけど、心は男のままなのに、さっきの火の精霊は豊花に接触してきたんだ?」

「言われてみれば……たしかに」


 ここは地球じゃない。

 日本でもない。


 だからトランス・ジェンダーという概念はない。

 でも、生まれながらの性別違和は認識されていないだけで、現実でも徐々に存在が認められてきたとおり、潜在的に体は男性、心は女性の人だっている筈だ。


「僕に接触を図ってきたということはーー精霊は心の性別を考慮しないのかな?」

「まあ、わたしもそうだし。精霊も肉体の性別でしか判断しないのかもね」


 つまり、なろうとすれば、僕も精霊操術師になれる可能性もあるのか。


「それにしても、なんだか朱音遅いね? ちょっと様子を見てくーー」


 噂をすればーーじゃないけど、瑠奈が疑問を口にし工場の扉を開けた瞬間、中から朱音が姿を現した。

 朱音は二人ーー現代的な防護マスクをしている男女を、一人ずつ連れてきた。


 二人は防護マスクとゴーグルのような物を外すと、素顔を露にした。


「リーダー、どちらの子が件の? ルーナエアウラ様は違いますよね?」


 男性のほうが、僕と裕璃を交互に見ながら朱音に問う。


「そっちの」朱音は裕璃を指差す。「子だよ。赤羽裕璃ーーユリ・アカバネって名前で活動してもらうから、よろしくね」


 朱音は主に裕璃に対して、二人の紹介を始めた。


「こちらの男性はクエノルト・アカーシャ。こっちの女の子はキリタス・アカーシャ∴アクア。今日から裕璃の仲間になる人たちのうち二人だ。キリタス?」

「は、はいです!」


 名前を呼ばれて、裕璃と歳が変わらないくらいの女の子が声を上げる。

 男性は二十歳くらいに見える。姓が同じだし、兄妹なんだろう。


 ここは朱音の無意識がつくった世界なのに、日本語が共通言語の割に姓と名はアメリカの様に日本とは逆だ。


 そもそも、前々から気になってはいたけど、フルネームで呼ぶ際は、名と姓のあとに精霊の名前を付ける慣習があるらしい。


 そのせいで、瑠奈の本名も、ああもーールーナエアウラ・ステラ・アリシュエール∴シルフ∴シルフィードみたいにーー長々しい名前になるのか。


 というか、名前にさまざまな現実世界の国の言語がごちゃ混ぜになっている感じがしてならない。


ーーその違和感は正しいかもしれないな。無意味なカタカナの羅列や英語、ラテン語なども混ざっている。ーー


「キリタスには裕璃がこちらの世界に馴染めるように、仲間としていろいろ教えてあげてほしい。悩み事を聞いたり相談に乗ったり、こっちの世界での常識を訊かれたら、答えてあげてくれ」

「はいです!」


 キリタスは朱音の命令に頷く。

 朱音は男性ーークエノルトに視線を向けた。


「クエノルトは、裕璃に強壮剤(メタンフェタミン)鎮痛剤(モルヒネ)の製法を学ばせてくれ」

「承知しました」


 クエノルトも朱音に対して頷いた。


 朱音はバーミリオンの形だけのリーダーだと思っていたけど、様子を窺う限り、案外純粋に慕われているようだ。

 少なくとも、この二名の男女は見た限り朱音をリーダーと認めているのだろう。


「最近、巷にモルメタがひそかに流通しているみたいなんだ。けど、モルメタは戦争や魔物討伐に向かう精霊操術師と騎士、つまりは兵士にのみ許されている」


 モルメタ?

 なにそれ、動物や魔物の名前?


 でも、この言い方だと覚醒剤やモルヒネみたいな薬物のことかな?


「考えたくはないけど、工場から商人にモルメタを横流ししているメンバーがいないかどうか、調査もしておいてくれ」

「ーー少し疑わしい人物に心当たりがあります。純度チェック役に探りを入れましょう」


 クエノルトが返事をすると、朱音は「やっぱりか……」と呟いた。


「あとでキリタス主導で、裕璃をユリ・アカバネとしてバーミリオン全員に改めて紹介するように。裕璃も自己紹介して、馴染めるように頑張るんだよ?」

「え? う、うん。わかった……」


 朱音はキリタスとクエノルトに仕事に戻るように指示すると、二人は防護マスクとゴーグルを装着し直し、工場内へ戻っていった。


「さて。寮まで歩こうか。直ぐに着くよ」


 朱音は工場を背にして、工場の隣の奥に見える建物へと歩き始めた。

 瑠奈は直ぐに朱音の隣へと駆け寄った。

 護衛役としては、真っ当に機能している様子だ。


 僕、裕璃、赤羽さんも、各々歩き出して朱音についていく。

 ふと、視線を感じて振り向くと、フレアらしき人影がこちらを窺っている姿を見つけた。


 しかし、僕に気づかれたと察したのか、サッと木陰に隠れてしまった。


 瑠奈はああ言っていたけど、今の僕にはまだまだ戦闘力がない。

 それに、“落ちこぼれ”という言葉には、どこかシンパシーを覚える。


 そして、精霊には相性が合う合わないがあるらしい。

 もしも精霊操術師になろうとしても、契約する精霊を一から探すのは苦労しそうだ。


ーー大精霊二体と契約を交わしている微風瑠奈を思うに、訓練次第で相性の良い(姿を見られる)精霊を増やす方法もある気がするのだが……。ーー


 それもそうだけど……。


 追々、瑠奈や朱音に相談して、聞いた限り精霊操術師の前段階、マナを操る存在ーー操霊術師に、僕にもなれる可能性があるのか、詳細に訊いてみよう。


 そのうえで、またフレアと会うことがあったら、今度はじっくり対話をしてみたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ