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Episode41/3.人工の世界

「朱音さん、その……白色の霊って、現世界の霊体とは別物なんですよね?」

「いい質問だ。ぼくにもわからないことを除けば」


 は?

 はぁ?

 はい?


 朱音本人にもわからない?


「そもそも人体三身論(じんたいさんしんろん)は仮説の域を出ていない。ぼくたちが観測できるのは肉体、そして幽体までだ。霊体は存在するとされているが、認識することは不可能なんだーー皆、早く円の中に入ってくれ」


 人体三身論?


ーーとある異能力者に関する専門家が唱え20年前ほどに広まった、現状第1級異能力特殊捜査官が最有力と目している仮説の名称だ。肉体、幽体、霊体の三つの体から人間は成り立っているという内容だ。ーー


 朱音は話しながら、魔法円の中心に立つと僕、裕璃、赤羽さん、瑠奈に手招きした。

 各々のタイミングで魔法円の内に納まるように入っていく。


「つまり、霊体より上位次元の体があっても不思議じゃない。美夜さんからすればフィジカル体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーラル体……いや、待て。美夜さんは魔術師だったか……なら、流出界(アツィルト)創造界(ブリアー)形成界(イェツィラー)物質界(アッシャー)の四つの世界で類してくるかな? そこに生命の樹を絡めてきて……でも、第1級異能力特殊捜査官としての立場の知識を踏まえると……」


 朱音は長々と、よくわからない言葉を口から垂れ流していく。

 み、美夜さんの電波に影響された人間がここに!?


ーーしかし、私たち異霊体は予め人間は肉体・幽体・霊体の三身から成ると認識して生まれた。つまり、霊体は確実に存在している。それより上位の体もない筈だ。ーー


「とはいえ、僕のこの異世界往来(ちから)は誰かさんからすると、幽体ではなく霊体に付与されたものらしい」


 朱音につづき、僕、赤羽さん、瑠奈が魔法円の内側に入る。

 最後に、裕璃が恐る恐るといった様子で円に足を踏み入れた。


「異霊体発露の光が発生しない理由がそのせいだとするなら、同じく異霊体発露の光が発生しない精霊・聖霊・神霊の存在は、強ち霊体と大差ないと言ってもいいかもしれないーー転移するから少し苦しくても、円の外にはぜったい出ないでくれよ?」


 朱音に忠告を受けて、僕たちは円の内側に固まる。


 少し体を震わせている裕璃に気付き、不安を和らげようとやさしく手を握る。

 すると、次第に裕璃の震えは収まっていくのを感じた。


「大丈夫だよ。あっちの言語は、日本語しか知らないぼくの記憶や意識から造られた世界だから、日本語が共通言語だ。人物名は、何故か大半が、何語にも翻訳できないカタカナ名ばかりになってるけどね?」


 視界が白色にぼやけていく。

 直後、意識がぼーっとし始め、ハッとすると視界は純白一色に染まり、周囲に僕以外の人物も瞳には映らなくなる。


 そんななか、朱音の声だけ耳に響く。


「ある種ぼくの造った世界は、統一言語が日本語のパラレルワールドで、バベルの塔も建てられなかった世界とすら言えるよ。だから、意思疏通はほぼ完璧にできる」


 それを聞いた裕璃は少し安堵できたのか、ホッとした裕璃の「は、はい。いや、うん。わかった」という返事が僕の耳にも聴こえてきた。


 視界が真っ白に染まり、数秒、いや数十秒にも思える時間が経過したーー。






(90.)

 ちょうど30秒ほど経過した辺りで、視界一面を染めていた純白が薄くなり始めた。


「まだ円から出ちゃダメだよ。ぼくがいいって言うまでは」


 朱音に注意を受けるが、車酔いしたときのような吐き気と目眩に襲われて、それどころじゃなかった。


 瑠奈による空中飛翔のときには胃がヒュッとなる感覚ーーエレベーターでスクワットしたときのような不快感はなかったのに、なぜか朱音の異能力だと、少しだけそのような気持ち悪さも覚えてしまう。


 純白に眼をやられて、真っ白が薄まり亀裂が入った先の風景が黒く見えたが、次第に亀裂が広がり白の輝きが喪失していくと、黒いと思っていた風景は、白い漆喰に塗られた壁と灰色のドア。やや大きなベッドや棚が置かれた室内だったと確認できた。


「はい。もう大丈夫だよ」


 朱音に言われて足許を見ると、床に“形は”寸分違わぬ魔法円が描かれていた。サイズまでほとんど等しい。

 しかし、あちらではアリシュエールと書かれていた文字は日本神奈川県横浜市と書かれていた。書かれてある文章だけ異なっている。


 転移速度は、舞香どころか御薬袋と比べても遥かに時間がかかっていた。

 それはそうか。異世界だもんな……異世界……。


「ここはアリシュエール国王が住んでいるお城の居館の隣、魔女序列10位以内の名誉を持つ者に宛がわれた精霊操術師のための居館だよ」

「数日ぶりだねっ! クソッタレなわたしのお部屋っ!」


 瑠奈は突発的に叫ぶなり、壁に蹴りを入れた。

 風刃でも纏わせていたのか白い漆喰が削れ、灰色の石が姿を現す。


「ちょ、ちょっと……勝手に蹴っていいの?」

「ここはルーナエアウラ・ステラ・アリシュエール∴シルフ∴シルフィードの私室だからね。でもーー」


 朱音は瑠奈に歩み寄ると、思いっきり頭を叩いた。


「いっ!」

「瑠奈、きみがこのまま魔女序列七位の座をキープできるならいい。けど、瑠奈の序列が下がったら、この部屋は他人が使うことになるんだよ? わかっているかい?」


「わかってるよぅ……でも、ただでさえ同性愛が死罪の国で、国王の居城が隣だよ? やりづらいったらありゃしない!」


 瑠奈は愚痴愚痴呟くと、壁から移り朱音と共に部屋の窓に移動する。

 ぼくたちも窓際に移動し、城下を見下ろした。


「え?」


 そこには、僕がイメージしていた城下街は広がっていなかった。

 目下にあるのは、なにかの小屋や井戸、城に着いているとイメージしていた円柱の建物と壁。その少し進んだ隣に城門らしき門があった。


「歩いて街に出るには、そこの主城門を出た先を歩いて魔女序列20位以上の居館と騎士の居館を通り過ぎて、その奥にある城門を潜って暫く歩く必要があるよ」


 なんか……共通言語は日本語とはわかっていたし、国名が王国アリシュエールだとは把握していたけど、もうちょっと活気のある風景を期待していた。


 窓ガラスは現実と遜色ないほど綺麗なのに、窓から見下ろした風景が、これじゃ城というより城塞だ。


「そして、ぼくらの向かう先は街じゃない。この城の正門とは反対、崖の下にある草原と森林の奥地だーー瑠奈?」

「へいへい」


 瑠奈は面倒そうに返事をすると、窓を思い切り左右へ開け放つ。

 瞬間ーー片方の窓ガラスが開ける勢いで、居館二階と思しき高さから地面へ落下し砕け散る。


「……さあ、行こっ!」

「勢いで誤魔化さないでくれよ……いや、その勢いのせいで窓が片方弾け飛んじゃったじゃないか……」


 朱音は瑠奈に対して嘆息する。

 瑠奈はイライラした表情で、窓の下の壁を蹴り始める。


「ガラスの精霊はいるのに留め具の精霊がいないのがおかしい! だいたい落下くらいで砕けるガラスなんて、精霊がいる意味あるのかなぁオイ!?」


「落ち着くんだ。いいかい、落ち着いてくれ。瑠奈?」


 キレている瑠奈に対して、朱音は怒りを鎮めようとやんわり声をかける。


 瑠奈ーールーナエアウラの故郷という割には、瑠奈にとってこっちでの暮らしは、あまり良い思い出じゃないのかもしれない。

 やけにイライラしている瑠奈を見て、僕はなんとなくそう思った。


「……ふぅ。とりあえずマナの吸収は始めたよ。皆を飛行させつづけるために使うマナの消費速度より、わたしのマナの吸収速度のほうが早い。さっさと行こっ? バーミリオンの作業場と寮まで皆を連れていけばいいんでしょ?」


 怒鳴りながらも瑠奈はマナの吸収とやらをやっていたらしい。

 それを聞いて、朱音は頷く。


「相変わらず、マナの吸収は速いんだね? マナの容量は魔女序列上位陣より少し低いけど、それでもマナを集めながら他の精霊操術を扱えるマルチタスクな部分は瑠奈の強みだ。現世界(あっち)に世界樹があれば今より強くなれただろうね。風界も覚えれば、もしかしたら魔女序列一位のメアリー・ブラッディ・アリシュエーー」


 瑠奈は朱音の口を強めに手のひらで塞いだ。


「気色悪いヤツの名前を出さないで? またその名を出したらーーディープキスで口を塞ぐから。そのつもりでいてよ?」


 瑠奈は静かに怒りを見せながら、とんでもない言葉を口にした。


「……わかった。ぼくが悪かったよ」

「朱音は異世界(こっち)に思い入れあるのかもしれないけど、わたしにとってこっちは既に異世界。魔女序列六位より上はアリシュエールにとっては味方でも、わたしにとっては敵なの。おっけぃ?」


「わかったわかった。それじゃ、さっさと工場まで行こうか」


 朱音は言うと、僕らに視線を移し言葉をつづけた。


「みんな、瑠奈の目の前の窓から順番に飛び降りてくれ。瑠奈が風の精霊操術でキャッチするから落ちることはない。不快感も、ぼくの異能力より遥かにマシだよ」


 たしかに、以前瑠奈のちからで廃ビル屋上まで飛翔し上がったときより、数段、朱音の異世界転移のほうが気分が悪くなった。

 マシになったとはいえ、未だにふらふらと車酔いの感覚が残留している。


 僕は少しだけ抵抗感を覚えつつも、まあ大丈夫だろう、と瑠奈の前の開かれた窓から身を乗り出した。

 一瞬だけ落下しそうになるが、一寸の間もなくふわふわとした空気に包まれ、窓のある高さまで浮かび上がった。


 おお……これが空中浮遊の感覚……。


 しかし、朱音が窓から身を乗り出したあと、あとの二人の姿が現れなかった。

 窓から見ると、裕璃と赤羽さんは戸惑い躊躇している姿が見える。


 瑠奈の飛翔に包まれた経験がないせいか、些か以上に困惑している様子だ。


「裕璃! 大丈夫だよ? 落下したりしないから」

「う、うん」


「うんうん、さっきのガラスみたいに粉々なったりしないもん」


 裕璃が足を上げて乗り出そうとしたのが、瑠奈の台詞のせいで一瞬止まってしまう。

 裕璃は足下の地面に広がる、バラバラに弾けたガラス片に視線を移し、顔色を曇らせる。


「瑠奈、余計なことを言わなくていい」

「ディープキスで口を塞いでくれていいよ?」


 朱音に叱られるが、瑠奈は反省する態度がまるでなく、卑猥な言葉で朱音に返答するのであった。

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