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Episode40/1.僕が望んだ物語の結末

(86.)

 昼の三時過ぎーー。


 刀子さんら四名の異能力犯罪死刑執行代理人が立ち去ったあと。


 裕璃が起きるまで、僕はリビングに置いてあるテレビのニュースをなんともなしに見ていた。いや、眺めていた。


 裕璃が本当に目を覚ますのか心配で、そして起きたとき酷く錯乱しないか不安で、常に頭のなかを無駄な思考が支配する。


 リビングには、沙鳥、朱音、そして隣に鏡子と、僕を含めて四人の異能力者がソファーに座り集まっていた。


 しかし、舞香は用事があるとのことで、塒2の家から立ち去ったため今はいない。


 沙鳥はテレビを眺めており、朱音はスマホを弄りながら、別室で横たわる裕璃の覚醒をただただ待っている。


 裕璃の救出後、計画には朱音の力は必要不可欠、みたいな事を沙鳥は口にしていた。


 今ならその理由がわかる。


 沙鳥は、裕璃を刑務所にも研究所にも行かせない代わり、朱音が異能力で創造した異世界に送り、そこのバーミリオンとやらの仲間に加え、違法薬物密造の仕事に就かせようとしているからだ。


 たしかに、ネットでは被害者の金沢たちの写真だけでなく、どこから流れたのか、中学時代の裕璃の写真まで流出してしまっているから、安心して表を歩けないだろう。


 もはや現世界では、表社会を歩くだけで混乱を招く要因になってしまう。

 だけど、裕璃には裏社会で生きるノウハウなんてない。


 なにより、裕璃自身、不特定多数に顔が晒された社会で暮らすのは、苦痛に感じるだろう。

 だからといって、異なる社会ーー異世界……か。


 テレビでニュースを眺めていると、偶然にも異能力関係の内容が流れ始めた。


 一瞬、裕璃の施設からの逃亡に関する内容かと身構えたが、見出しを見て、どうやら違うらしいと直ぐに気づいた。


『ーー異能力者保護団体で異能力者に対し処方可能と指定されている異霊体侵食阻害薬へ、新たに既存の医薬品を追加する認可が下りる運びとなりました』


 これは……高杉さんが、抗うつ剤なども異霊体侵食阻害薬として加わるかもしれないーーと言っていたのを思い出す内容だった。


『厚生労働省によりますと、異霊体侵食阻害薬として新たに追加される医薬品は、SSRIなどの一部抗うつ剤。第三種向精神薬に指定されている睡眠薬、また、向精神薬に指定されていない睡眠薬の一部です』


 抗うつ剤は一応、理解できないわけじゃないけど、不安や錯乱、不穏に効果があるんだろうか?


 それに、睡眠薬って……どう考えても異霊体侵食阻害薬には当てはまらない薬にしか思えない。


 そもそも、聞いたことはある気がするけど、第三種向精神薬ーー“第三種”って、いったいなんだろう?


ーー“”第三種“”向精神薬とは、濫用のリスクが高く依存性があると判断され、法的に向精神薬だと定められた医薬品の区分のひとつだ。第一種~第三種向精神薬まであり、第一種が一番リスクが高いと判断されている。ーー


 なるほど……第三種向精神薬に指定されている睡眠薬って多いの?


ーーそもそも、豊花が頓用(とんよう)として出されている、“異霊体侵食阻害薬”という名の皮を被った抗不安薬“アルプラゾラム”も、第三種向精神薬に指定されている。抗不安薬は既に向精神薬に指定されているものに認可が下りているから、睡眠薬まで範囲を拡大したのだな。ーー


 いや、それは美夜さんやユタカの話から既に察しているし、把握できているけど、睡眠薬もそんなに多い種類、向精神薬に指定されているわけ?


ーー私の知る限り10種類は確実に越えている筈だ。しかし、一部との言葉が引っ掛かるが……詳しくは厚生労働省のホームページでも見れば書いてあるだろう。それより私は別の疑問がある。ーー


 テレビでは、あまり目にしたことのない“異能力者担当大臣”と書かれているおじさんが、記者会見なのかなんなのか、どこかで記者からの質問に応答している姿が映っている。


 ユタカ、別の疑問ってなに?


ーー第三種向精神薬に指定されている睡眠薬の大半は、ベンゾジアゼピン受容体作動薬に分類されている物だ。アルプラゾラムも、ベンゾジアゼピン系と言えば、私が言いたいことは伝わるか?ーー


 え、いや?

 むしろ、睡眠薬と抗不安薬が、ベンゾジアゼピンという同じ系統に属す薬という事実をいま知って驚いたくらいなんだけど……。


ーー……端的に説明するなら、催眠と鎮静に関与しているベンゾジアゼピン受容体ω1に強い親和性を見せる薬が睡眠薬。抗不安や筋弛緩、抗痙攣に関与しているベンゾジアゼピン受容体ω2に強い親和性を見せる薬が抗不安薬。そう覚えておけば十分だ。無論、例外もあるが……。ーー


 なるほど……と思いつつ、ほとんど理解できなかった。

 小難しい話は苦手だ。変な用語が突然飛び出すし。


 改めて、自分の理解力の悪さを自覚して、情けない気持ちになる。


ーーまあいい。私の気になる部分は、第三種向精神薬に指定されていない睡眠薬まで、異能力者に処方できるよう認可が下りた部分だ。これがベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系だが、まだ向精神薬に指定されていない、鎮静や不安に関与する睡眠薬を指しているのであれば、納得できなくもない。ーー


 ユタカはやたらと饒舌に語り、不要な知識まで教えてくる。



 ユタカ曰く、ベンゾジアゼピン系の薬は抗不安薬だろうと睡眠薬だろうと、大なり小なりベンゾジアゼピン受容体ω1にもベンゾジアゼピン受容体ω2にも、どちらにも作用するらしい。


 非ベンゾジアゼピン系は、ベンゾジアゼピン受容体ω1にのみ作用すると書かれてあるサイトが、ネットの一部に見受けられるという。

 しかし、実際には非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬も、ベンゾジアゼピン受容体ω2にも少なからず影響を与えているーーとユタカは述べた。


 向精神薬に今のところはまだ指定されてはいない、“非ベンゾジアゼピン系”に分類される超短時間作用型の睡眠薬(睡眠導入剤)“エスゾピクロン”も、ベンゾジアゼピン受容体ω1に選択的に働くというだけで、実際にはベンゾジアゼピン受容体ω2にも少なからず影響を与えている。


 そして、ベンゾジアゼピン系でありつつも、今はまだ向精神薬には指定されていない短時間作用型の睡眠薬ーーリルマザホン。


 これらを“向精神薬に指定されていない睡眠薬”として指しているのなら、異霊体侵食阻害薬としての効果も微小の期待はできる、とユタカは主張した。



 僕は手許のスマホでそれらしきページーー厚生労働省を調べて、それらしき項目をタップすると、異能力者省のサイトのページに飛んだ。

 そこにあった異能力者保護団体従事者専用ページのなかに、11月から新たに異霊体侵食阻害薬に加わる、既存の医薬品一覧が掲載されているページを見つけた。


ーーだが……もし、レンボレキサントやラメルテオンといった、オレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬の処方の認可が下りたのであれば、それはまるで利にかなっていない。異能力者保護団体は、不眠症患者の治療まで始める気か?ーー


 ユタカが挙げたオレキシン受容体拮抗薬というカテゴリーに分類される睡眠薬。

 そして、メラトニン受容体作動薬に分類されている睡眠薬。


 これらは異霊体侵食速度に関与するーー不安や恐怖、錯乱、怒りなどのネガティブな感情には、なんの効果もないらしい。


 それを、わざわざ異能力者保護団体内で処方できるようにしようとしているんじゃないか?

 ーーと、僕からすると異様なくらい気にしており、長々と愚痴を吐くかのように、僕の脳内でユタカの言葉が僕の思考となり、その声が流れていく。


 しかし、異能力者省のサイトのページに掲載されている薬剤の名前の羅列を見ていくと、そこにはユタカが今しがた名指しした、“レンボレキサント”も“ラメルテオン”も、追加される医薬品の一覧に載っていた……。


ーースボレキサント、レンボレキサント……ダリドレキサントはまだ日本未発売では? ラメルテオンもメラトニンも……ふざけている。“異霊体侵食阻害”という名前は単なる飾りなのか? これらが追加された経緯が知りたいものだな、まったく。……呆れてしまうな?ーー


 憤慨したあと呆れ半分になったユタカの声が、思考を借りて頭に流れ同意を求められる。

 そんな事、僕に言われても……。


 テレビに意識を戻すと、会見の様な映像からニュースステーションに戻っていた。


『ーーでした。また、異能力者担当大臣は、この認可が下りたことにより、異能力者の異霊体侵食速度の更なる抑制が見込めるとし、異能力犯罪率の低下が期待できるとの見解を述べました。では、次のニュースです』


 異能力者関連のニュースがちょうど終わった。


 次のニュースは、異能力者とは無関係な内容が流れるだけだ。


 ーーと思ったが、何やらこれまた、異能力に無関係とは言い切れないニュースだった。


『本日未明、横浜市の住宅街に、異形の生物の目撃が相次ぎました。専門家によりますと、このような生き物は存在しない、新種の可能性も低く、異能力者が関与しているのではないかとのことです』


 画面がインタビュー映像に移される。


 画面下部に、目撃者の証言、と書かれてある。

 映像には、老年のおじさんと思しき顔から下が映された。


『いや~、早く起きすぎて眠れなかったからねぇ。近所を歩いていたら、手なのか足なのか、四本の手足がある、ヘドロって言うのかな? それを全身に纏って、どろどろとヘドロを地面に滴ながら、ゆっくりと帰り道を進んでいくもんだからさぁ、びっくりして、思わず別の道から帰ったよぉ』


 次に、高校生くらいの年齢と思しき三人組の男たちに映像が変わる。


『マジヤバかったよなアレ!』

『くせーったらくせーの!』

『動画撮ったんだけど、見る? 見たい?』


 三人組は口々にはしゃいでいるように騒ぎ立てている。 


 映像がテレビ局内に戻ると、画面に先ほどの高校生が撮影したと思わしき映像が映された。


 ーーそれは、たしかに“異形”としか形容できないものだった。


 灰色の粘着性がある液状の汚濁を全身に纏っており、地面に液が垂れている最中の動画。顔も体も全身に纏いつく灰色のヘドロの様な物のせいで、中身が一切視認できない。


 それが、のろのろとした速度で、ゆっくり、じわりじわりと、ただ前へ前へと進む姿が撮影されていた。


 近場からでなく中距離、距離を置いて撮影した映像らしく、サイズ感が今一把握できないが、少なくとも2mより高い背丈だと感覚でわかる。


『この生物について、異能力者の関与がないか、この生物に危険性はないかなど、既に調査を進めているとのことです』


 次は、今度こそ異能力者とは毛頭関係ないニュースが流れ始めた。

 テレビに対する興味が失せていく。


ーー間違いなく異能力者の仕業だな。それも、存在干渉型の異能力発露の残光を纏っている。ーー


 ユタカは今しがた見たニュース内容の答えを述べる。


 テレビ越しでも、異能力発露の光って見えるものなのか……。


「厄介な事態になるまえに、異能力者保護団体には解決してもらいたいですね」


 沙鳥は微笑を浮かべながら、優雅に紅茶を一口飲む。


 沙鳥がティーカップをテーブルに置くのと同時に、裕璃の声らしき悲鳴がリビングまで聴こえてきた。

 この家の部屋ーーおそらく裕璃の寝ている部屋の扉が、勢い良く乱暴に開く音までリビングに聴こえてくる。


「裕璃!?」


 またもや、不規則な不協和音を奏でているような裕璃の悲鳴がリビングまで響き渡る。


 すぐにドスドスとした早歩きする足音が聴こえるや否や、リビングに赤羽さんがやって来た。


「悪ぃ! ようやく裕璃が目ぇ覚ましたんだが、錯乱してて話にならねぇ!」

「瑠奈さんは? あと、渡しておいた鎮静剤は使いましたか?」


「微風なら裕璃を抑えてくれてるけどよ、注射のやり方は説明聞いててもよくわからなかったんだ! 頼む、急いで部屋に来てくれ!」


 赤羽さんが慌てた様子で早口に捲し立てる。

 沙鳥は立ち上がると、鏡子に凭れかかられている僕の肩を叩き、「豊花さん、貴女もついてきてください」と一言告げてきた。


 そのまま沙鳥は、裕璃の居る部屋へ赤羽さんと共に向かう。

 僕は慌てて沙鳥に言われたとおり、後からついていくのであった。

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