Episode06/1.男女の性差
(16.)
周囲の注目を浴びながら、僕は普段から座っている席に腰を降ろした。
チャイムと同時に入ることになった為、結局は雪見先生と一緒に教室に入ることになった。
そのおかげで、大まかな説明を雪見先生がみんなに伝えてくれた。
それを聞いて唖然とするクラスメート一同のなか、隣の席に座る宮下だけオーバーリアクションかと言いたくなる勢いで席から立ち上がった。
「嘘だろおまえ!? こんなチンチクリンなのが、あの杉井だぁ!? おまっ、名前に合わせて性転換するなよ! 身体に合わせて名前変えるだろ普通」
あれ、まえにもおんなじ問答があった気がする。
「別に名前に“花”が付いてるだけで、読み方は男性名なんだけど?」
「これからは杉井じゃなくて“豊花ちゃん”って呼ぶからな?」
「いや、杉井のままでいいから。ちゃんも付けないでいい。だいたい、万が一女性に思える名前だったとしてもーーそれこそ花子くんとかでも、名前に合わせて性転換するなんて普通ありえないでしょ?」
「おまえは実際に女になっただろ?」
僕の一番仲の良いーーというより唯一の男友達が、この“宮下賢司”という少々デリカシーのないヤツな時点でわかると思う。
友達と呼べる絶対数が極端に少ないことが……。
とはいえ宮下は男女共にモテる。
見た目も爽やかで清潔感があり、眉をカットしていたり、髪を整えていたりするうえ、性格も明るく男女隔てなく態度を変えない。少し細マッチョ風な容姿をしている男だ。
背も175cmほどあり顔も整っていて、モテるのも頷けるルックスをしている。
僕には裕璃を除くと宮下しか友人と呼べるクラスメートはいないが、宮下はクラスメートの中心人物で常に周りを笑顔にさせる。
なのに彼女がいない、いや、つくらないのは僕のなかでは疑問のひとつだ。
もうひとつ疑問なのは、なぜ僕のような陰キャと仲良くしてくれているのか謎なところだ。
まあ、一部で馬が合うのは事実だが……。
もしも、もしも万が一、裕璃の恋人が宮下だったなら、僕は今より素直な気持ちで嫉妬に駆られることはなかったと思う。
「はいはい、宮下くん? 席に座って静かにしましょうね~」
雪見先生が叱ると、宮下は素直に座ると、声のトーンを落とした。
最初こそ、『この子は誰だ誰だ』といった好奇な視線に曝されたものの、僕が杉井豊花だとわかると、それは別種のものに……驚きといった表情にみんな変わっていく。
「そ、それにしたってよ。杉井、いや、豊花ちゃんか。本当に異能力者になったのか?」
「宮下の耳が正常なら、雪見先生の言ったとおりかな?」
「ちっ……せっかくいろいろ考えていたのに」
「え、考えていた?」
いろいろ考えていたって?
なんだろう、女になったらパァになる考えとは……。
雪見先生が朝のホームルームを終えて教室から出るのを見計らい、宮下は話をつづけた。
「まさか女になっちまうなんて思わねーだろ、普通」
「ちょっと待って、いったいなにを考えていたの?」
宮下は声を小さくして返事をしてきた。
「いや……ほら、おまえ赤羽のこと好きだったのに、赤羽のやつ唐突に彼氏つくっただろ?」
うぐっ、裕璃関係の話題だった……やぶ蛇だ。
「そうだけど、べつにソレはもういいよ」
「よかねーだろ? 赤羽の付き合ってる彼氏、単にヤりたいだけのヤリチン野郎で普段から何股もかけてるって話だぜ? それにあくどいこともしてるって噂もあるし」
「え? それ本当?」
薄々気づいていたけど、やっぱりろくでもない人間じゃないか。
金沢ってひと。
「だから、とっとと奪い返ししちまえーーって言うつもりだったのに、現実はこれだよ。女の子になってどーすんだよ」
「取り返す……」
なんだろう?
そもそも、元から僕の恋人だったわけじゃないし、奪い返すとか、取り返すっていうのは語弊がある気がした。
それに、もしも今から裕璃の気持ちが変わってくれたとしても、それはなんだか違う気がする。
もう僕が好きだった裕璃じゃなくて、別の存在に生まれ変わってしまったような……そういった謎の気持ちに襲われる。
「まあ、もう過ぎた話だよ。それに今朝、ケンカ別れみたいになっちゃったし、どっちにしても、もう遅いかな?」
「あーあ、こーんな女々しい姿に変わりやがって。うーん……」
「え、あ、なに?」
まさか宮下に身体を凝視されるとは思わず、ついついテンパってしまう。
「いやーーやっぱり杉井じゃなくて豊花ちゃんだよな? その見た目だと、どうしたって年下にしか映らないし、いくら中身が男だからって、女になった身体には目がいっちまうしな」
「え……ちょっと、僕は杉井豊花だよ? せめて宮下にだけは変な目で見ないでほしいんだけど」
そう。
未だに妙に視線を買ってしまっているのだ。
それも、男子女子問わず……。
男子が向けてくる視線は、おそらく奇異なものを見たいといった好奇心か、隠れロリコンからの熱い眼差しくらいだろう。
しかし、それに反して女子は、なにやらみんな複雑そうな表情を浮かべていた。
なんだろう……もしかして、女体化ではなく異能力者に対する感情かなにかが渦巻いているのかもしれない。
(17.)
ようやく午前の授業が終わり、自分のせいで摩訶不思議な空気が漂ってしまった教室から抜け出すことができる。
昼休みーーそういえば、普段なら裕璃が席まで来て一緒に昼食を摂ろうと誘ってくるタイミングだ。
「あ、あのさ、一緒に食べない? ゆたーー」
「杉井、一緒にご飯どう?」
まさしく裕璃が後ろから話しかけてきたーーと思ったら、真横から颯爽と現れた葉月が裕璃の言葉を遮った。
「え、葉月さん?」
「だから葉月でいいって。というか、ごめん。すぐに呼び方変えてもらうことになっちゃう。うん。まあ、そんなことより一緒にお昼食べよう。べつにいいでしょ?」
葉月は裕璃を気にせず声をかけてくる。
「え、あ、いや、うん。一緒していいなら、ぜひ」
元から友達が少ないのが祟り、クラスメートからは未だになにも声をかけられていなかった。
これじゃ、裕璃以外の女子と仲良くなるという目標が遠ざかっているじゃないかーーそう思っていたタイミングだったから、裕璃以外の女子に当てはまる葉月からの誘いは、むしろありがたかった。
それ以前に、なんだか嬉しい気持ちになる。
「じゃあ、ちょっとだけ付き合ってくれない? 一年の教室で食べるからさ」
「……え、一年の教室?」
「そう、妹がいるって教えたでしょ? 私が登校してる日は、必ず妹と一緒に昼食を摂ることにしてるのよ」
そういえば、そんなことを言っていたような気がする。
だからといって、一年生に混じって違和感はないだろうか?
……いや、むしろ今の姿じゃ、まだ一年生のほうが違和感は少ない気がした。
「わかった、行くよ。で、何組なの?」
弁当を持ちながら席を立つ。
「1年B組よ。さっ、はやく行きましょ?」
ふと、葉月の視線が裕璃へと移った気がした。
裕璃を見ながら、口角をほんの少し上げたーーような錯覚がした。
教室から出るとき、振り返って裕璃の様子を見た。
……なんだよ、その顔。
裕璃にはもう、大切な彼氏がいるじゃないか。
裕璃は、なにか大切な物を取り上げられてしまったような悲しげな表情で、僕と葉月のことをジッと見ていた。




