Episode38/1.計画
(83.)
御薬袋の異能力によって、御薬袋自身を含め四人の異能力者が研究所へと架かる橋の前から少し後方へと転移してきた。
舞香、沙鳥、御薬袋……そして僕の四人がーー。
橋の入り口には侵入防止の突貫工事でつくられたような、まるで関所のような柵と、そこに勤めていると思われる異能力者研究所の職員らしき老年の男性がひとり配置されている光景が、視界へと入り込んできた。
「不当な扱いを受けている少女を解放しろー!」
「未成年の高校生を拷問するなー!」
「異能力者研究所は内部の行いを開示せよ! 不透明な現状を改善しろ!」
いや……それよりも、十数名の一般市民と思しき男女が橋の入り口前に集まり、なにかを抗議している異様な状況に違和感を抱き、直ぐに視界を市民の集団に移した。
そこから少し離れた後方に行き、沙鳥は島全域を見渡すように視線を向け、相手に対して、敢えて今から起こす行為を伝えるため、送心を使う条件を満たすために小声で独り言の様な言葉を発し始めた。
「同盟を破り襲撃してきた異能力犯罪死刑執行代理人への罰として、清水刀子に対し、後に弁明を求めます」
沙鳥ははじめに、裕璃とは関係ない言葉を喋り出した。
同盟を破りーー破った?
異能力犯罪死刑執行代理人を纏めていると思われる刀子さんの名前を出したということは、同盟違反を異能力犯罪死刑執行代理人の誰かが起こしたのだろうか?
「そして、不当に拘束されて拷問を受けている赤羽裕璃を、これより救出します」
沙鳥は言い終えると、僕と舞香に顔を向けた。
橋の前に集まる男女のひとり、二人が、僕たちに顔を向ける。
「では、私と御薬袋さんは居場所を移し待機しておきますので、舞香さんは第二実験室へと飛んで、赤羽裕璃の回収をお願いします」
それだけ言い残すと、御薬袋に連れられ、この場から姿を消した。
本当に僕と舞香の二人ーーいや、実質的には舞香のみで裕璃を救出するらしい。
そんな事、本当にできるのか?
そう杞憂していた僕の手を、舞香は強く握った。
「さっさと終わらせるわよ。急がないと、刀子さんに邪魔されて、最悪私たちが殺される可能性が高くなっていくわ」
「え、でも、だからどうやってですか? 研究所には対異能力の特殊系統の異能力者が駐在しているんですよね?」
舞香は気にする必要はなにもないーーと言わんばかりに、いきなり異能力を発動したらしい。
気がつくと、橋の手前から見ていた景色が、研究所の入り口の真横にある壁が視界に広がっていた。
舞香の異能力で、僕を連れて転移してきたのだろう。
ふと、脳内に危険信号が走る。
直感的に真横を見ると、こちらに駆け寄ってくる刀子さんらしき姿がギリギリ視界に映った。
「舞香さん!」
「心配無用よ。研究所の構造はーー」
刀子さんの手には拳銃らしき物が握られており、即座に銃口を僕らに向けたのを視覚と直感で察した。
「ーー頭に叩き込んでいるわ」
直後、銃声が響くまえ、寸でで再び僕の視界に飛び込む光景が一変した。
「ゆーー裕璃!?」
目の前には、ベッドの様な土台に拘束されている意識不明の裕璃の姿。そして、研究所上級職員の新田さんと、部下らしき研究職員。
最後に、以前会ったことのある第1級異能力特殊捜査官の高杉さんが、全裸の裕璃を囲む様に立っている様子が広がっていた。
意識が朦朧としている裕璃に、見たことのない研究職員が、謎の薬剤を裕璃に注射しようとしていることが直ぐにわかった。
「なっ!? あまりにも早すぎる! きみたちはなぜ、赤羽裕璃がこの第二実験室に居るとわかったのだ!?」
新田は驚愕を露にして、口調から焦りが隠せていない。
舞香は返答せずに、新田に横蹴りを入れて、背後に吹き飛ばす。
壁に激突した新田は、苦しそうにくぐもった声を上げた。
「高杉くん! 応援が来るまで何とか抵抗したまえ! 直ぐに武装した準職員が駆け付ける! 異能力も森山くんによって扱えない筈だ!」
新田は、あたふたしている職員を横目に、高杉さんに命令を下す。
しかしーー。
「申し訳ありません。常備していた拳銃を何処かの部屋に置いてきてしまったみたいです」
「なんだと!? そのような凡ミス、到底許されるべきことではないぞ!」
高杉さんは、なにかを舞香に目配せする。
直後、舞香は転移し高杉さんの前に現れると、腹部に膝蹴りを食らわせた。
しかし、端から見ると手加減している様に感じられた。
舞香から一度、真っ向から指南を受けたからか、僕の主観だとどうしてもそう思えてしまう。
「ぐっ……!」
高杉さんは大袈裟に見えるほど、わざとらしく腹部を抑えながら床に座り込む。
ようやく事態を把握した残りの職員が舞香に近寄るが、回転蹴りを諸に食らい、真横に吹っ飛ばされた。
「なぜだ……なぜきみは異能力を使えている!?」
新田はふらふらと立ち上がるが、壁に背を預け、自由に動けないでいる。
「急ぐわよ?」
舞香は裕璃の拘束具を外していく。
僕もそれを手伝い、裕璃を台から解放した。
全裸にさせられた裕璃の体をなるべく見ないように気を付けながらーー。
「待ちたまえ!」
新田は声を上げるが、舞香は拘束具から解放した裕璃を抱えると、「私の体に触れて」と僕に言ってきた。
言われたとおりに舞香に触れると、再び視界に映る景色が変わる。
そこには白い床と、辺りに広がる島の風景。
研究所の屋上? 屋根らしき場所に舞香は転移したのだ。
風が頬を横切るのを肌で感じる。
異能力封じの異能力者ーーそれが正常に発動していなかった?
「あの拘束具にも異能力封じの細工がさせられているらしいから、解除しないと裕璃を運べないのよね。でもーー二重に用意していた対策も、内側から崩壊すると無意味に変わるわ」
舞香は辺りを見渡す。
「ここより高い建物は、この研究所のある島内には存在しないわ」
研究所のフラット屋根に登ってくる手段は、異能力でも用いないと不可能ーー舞香は呟くように言う。
舞香は一瞬だけ、サッと屋上から研究所入り口のある下方を見下ろし確認する。
「刀子さんの姿が見当たらないわね。一番厄介な手段に出るのを想定して、民衆を盾にするしかないわ」
舞香は裕璃を抱えながら、僕を連れて橋の中心、その橋の真横の海上に一度転移した。
直ぐに自由落下が始まる。
「ちょちょちょちょっと!? 舞香さん!?」
「黙ってなさい」
寸刻、何度目になるのか、視界に映る景色が一変した。
ここはーー橋の前?
抗議者が集まる付近に、舞香と僕は着地した。
「その子はもしや!?」
抗議者が僕らに群がる。
直後、小さな銃声が耳に届いた。
「ええ。不当な理由で拘束されて、まさに拷問真っ只中にいた女子高生ーー“被害者”よ」
舞香は抗議のために集まった人たちに端的に説明する。
だけど、僕はふたつの事が気がかりでならない。
まずは全裸の裕璃を不特定多数の目に晒されること。
そして、何より今しがた耳に届いた銃声。
「私たちはこれから対応の上、彼女を然るべき場所に移送するわ。貴方たちも、もう解散して大丈夫よ。問題は解決したわ」
舞香は「あなた方の声が正義を動かしたのよ。誇っていいと思うわ」と抗議者へ言い残すと、再び居場所を変えるべく転移した。
三崎町の上空へと転移した直後、再び繰り返し転移を行い、背の低い建物の屋上に辿り着いた。
何処の建物なのか、僕には一切わからない。
辺りの風景も見慣れない。
そりゃそうだ。
僕は三崎町どころか、三浦半島に来たことなんて一度もないのだ。
そこには、沙鳥と御薬袋の二人が予め待っていた。
「スムーズに遂行できましたか?」
沙鳥は敢えて疑問を口にする。
「ええ。でも、さすがは刀子さんね。あの短時間でスナイパーライフルを用意して、おそらく私の転移先を予測して狙撃してきたもの。転移が1秒でも遅れていたら、私たちは銃弾に貫かれて海に落下死していたんじゃないかしら? 最悪の事態を想定しておいてよかったわ」
あの乾いた音は、海上に現れた僕たちを狙撃した銃声だったのか。
というか、舞香の転移先を刀子さんは橋の上じゃなくて、橋の真横に転移するのを予測できていたーーって、刀子さんがいくら異能力犯罪死刑執行代理人だとしても、単なる非異能力者だ。
なのに、舞香の転移先を予測して銃口を橋の真横の海上に向けていたのか?
畏怖と驚嘆を抱かざるを得ない。並大抵の異能力者じゃ歯が立たない存在なんじゃ……。
「すぐに塒2へ転移しましょう」沙鳥は御薬袋に視線を移す。「御薬袋さん。塒2玄関前への転移をお願いします」
「わ~っかりっましたぁっ!」
裕璃を抱えた舞香と僕は、沙鳥と御薬袋の傍に寄る。
舞香は女性とは言え160cm半ばくらい背丈もあるし、足の筋力は蹴り技の威力から相当丈夫だろう。
本当なら僕が裕璃を抱えるべきかと思ったが、この幼い体躯では裕璃をお姫様抱っこするのは不可能だ。
御薬袋が異能力を発現したらしい。
次第に視界がぼやけていき……やがてーー以前に一度訪ねてきた一軒家の前に、僕の瞳に映る景色は変わった。




