Episode05/2.未だ傷つく心
(15.)
校門に入った段階で、既に周りから注目の的になってしまっていた。
14歳の少女が、下手したら小学生に見えなくもない女の子が私服のまま高校に入ってきたのだから無理もない。
奇異な目で見られているのがジワジワと肌身に染みてくる。
それを気にせず、僕は振りきれない自己嫌悪にイライラしながら、走り歩きで職員室に向かった。
職員室に着くと、ドアをスライドして開き、雪見先生を探す。
雪見先生は職員室の入り口に近い場所が自分用の席なのか直ぐに姿を見つけた。
早速、雪見先生に声をかける。
「本当に豊花くんなの~? びっくりしちゃうわ~、なにもかも別人じゃな~い」
「あ、あはは……あの、これ。渡したほうがいいかと思って」
僕は雪見先生に『異能力者保護団体申請完了証明書』なるカードを差し出した。
「あらあら、たしかにこれがあると他の先生方にも説明しやすいわ~」
雪見先生は穏和な雰囲気を崩さず証明書を受け取った。
「放課後までに返してくれれば大丈夫なので、いろいろお願いします」
「わかったわ~。豊花くんは先に教室に行って待っててね~。クラスのみんなには、ちゃんと説明するのよ~?」
「え、はい。わかりました……」
クラスメート32人全員が理解できるまで、この身体の説明をしなければならない……だと?
こういうとき説明責任を果たしてくるのが担任の役割じゃないのかーーと頭では愚痴を吐きつつ僕は頷いた。
「私も他の先生方に説明して準備が終わり次第、なるべく直ぐに教室に行くから待っててね~」
「……わかりました。失礼しました」
まあ、言われたとおりにするほかない。
僕は職員室をあとにして、自分の教室へと向かった。
僕のクラスは二年A組……そういえば、隣のB組には葉月さんがいるんだっけ?
なんだか葉月さんのことを考えていると、裕璃に対して怒っていた気持ちが少しだけ和らいだ。
当初、女の子になりたかった理由のひとつは、裕璃と宮下以外の友人関係を構築したかったからだ。
もうひとつの気持ち、裕璃に対する偏見を払拭して悔しい気持ちを失くしたいという理由もあったけど、それはむしろ悪化している気がした。
これは、僕はまだ元の性別視点で異性に対し、性欲を起因とした感情を抱いたままだからなのか?
葉月さんの下着を見せられたとき、恥ずかしさとは別に同姓に対して性欲を無意識下で抱いてしまった事ーー要するに異霊体侵食率がステージ1だからなのかも……。
ちょっとだけ、B組のクラス内の様子をガラスから覗いてみた。
周りの目が気になるけど。
どの席に座っているんだろう?
「せいっ!」
「うっ!?」
バシーンッーーと豪快に背中に叩かれた衝撃が走り音が鳴る。
ちょっと痛い……。
背中を誰かに叩かれ、思わず背筋を伸ばしてしまった。
誰が叩いてきたんだと振り返ると、そこには昨日知り合った相手ーー。
「昨日ぶりじゃない。杉井」
ーー葉月の姿が、そこにはあった。
なんだろう、この気持ち?
妙に緊張してしまう。
「どう、上手くやっていけそう? それとも無理そう?」
今しがたクラス内を眺めて探していた相手ーー葉月瑠璃。
なんでなんだろう?
葉月のことを見ていると、やたらと動悸が強くなるし、手汗が滲んできてしまう。
「えっと、まあ、頑張って受け入れてもらうよ。おはよう、葉月さん」
「だから“さん付け”は要らないって」
ついつい葉月さんとよそよそしく言ってしまった。
女子を呼び捨てにすること自体、裕璃相手以外には経験がない。
同級生でも、稀に関わりない女子に話しかけられたときは苗字にさん付けで呼ぶ癖がついてしまっている。
「うーん、なんか昨日より元気がないように見えるんだけど? なんか、心ここにあらずって顔してるわよ? そんなにかわいいんだから、もっと堂々として笑顔になりなさいよ。恵まれた容姿がもったいないわよ?」
「あ、あはは……その、ちょっとだけ、身勝手な内容なんだけど……ショックを受ける出来事がさっきあったばかりなだけだから、すぐに復活するよ」
それは、異能力とは無関係な問題。
いくら愚痴ろうと、いくら考えようと、解決しない悩み。
しかも自己中で自己嫌悪さえ抱いてしまう他人には話せない悩み事だ。
「なになに? 言ってみてよ? 相談くらいは乗るって言ったじゃない。保護団体で会ったのも縁だし、話くらい聞いてあげるわよ、水くさい」
昨日初対面の僕に対して、葉月はやたらとフランクに接してくる。
「いや、その……異能力とはなんにも関係ない話だからさ」
「べつに、異能力には関係ないからって相談しちゃダメ、なんて言ってないけど? なんでもいいから悩みの種を言ってみてよ。ほら、あと少しで予鈴のチャイムが鳴っちゃうわよ?」
そこまで言ってくれるなら……。
言ったら嫌悪感を抱かれるかもしれない話題なのに、悩みを打ち明ける異性の友達がいない僕は、葉月に対して未だに引き摺っている悩み事を打ち明けようか迷っていた。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ話を聞いてくれるかな? 不快な気分にしちゃったらごめん」
「なになに?」
僕はいったい、誰に、なにを、相談しようとしているんだ?
葉月とは関係ない人物、葉月と無関係の問題、独りよがりな悩み……それを、どうして単なる同学年の女子に言おうとしているんだ?
でも、誰かに吐き出したかった。
抑えられずに自然と葉月に相談してしまった。
「幼い頃から好きだった幼馴染みがいるんだけど、このまえ、その子から『彼氏できた』って聞いちゃってさ。彼氏がどんな人なのか気になって訊いてみたら、その、えっと……彼氏と、性的な、そういう行為をしているって聞いちゃったんだ。付き合って一週間足らずでそんな関係を築いているのに勝手にショックを受けちゃって……」
話してて情けない気持ちになってくる。
「そしたら、なんだか胸が苦しくて、ついつい怒鳴っちゃって……僕が勝手に好きだっただけで、とやかく言う資格なんてないのに、変だよね? ごめん、こんなつまらない話で」
「……そいつ、なんなの?」
「え?」
意外な反応だった。
てっきり、ぐずぐず悩む僕を笑うか、叱責するものかと思っていた。
なのに葉月は、幼馴染みーー裕璃のことを言ってきたのだ。
「あのさ、ハッキリ言って頭おかしいよ、その子。どんなヤツなの? 名前は?」
「待って! 裕璃は僕に好意を向けられているって気づいていないから、友人として話してきただけなんだよ。裕璃からすると、僕は単なる幼馴染みの友達だし、そういう話もノリでしちゃったんだと思う」
「へ~、裕璃っていうのね、そいつ。私と名前の響きが似てて嫌になるわね……。杉井、あのね?」葉月はつづける。「別に、彼氏つくったアピールなんて好きにすればいいの。でもね? 幼馴染みに対して彼氏ができた発言だけならまだしも、『彼氏とセックスしましたー』なんて自ら友達にアピールするなんて、普通の人はいちいちしないから! センシティブな話題なんて不快でしかない。裕璃って子に伝えておいて」
な、なんでだろう、女の子からダイレクトに『セックス』とか言われると、ちょっと気まずくなってしまう。
でも、なんだか葉月は怒っているように見えた。
そういった話題、葉月は苦手か嫌いなのかな?
でも、葉月みたいに明るい女の子、彼氏なんてよりどりみどりな気がするけど。
「いや、まあ、今さっき登校前に怒鳴っちゃったから……伝えることはもうできないと思う……」
というより、さすがに裕璃からしたら、見知らぬ他人からの伝言なんて伝えられても『え?』ってなるだけだ。
「良い判断したじゃない。付き合って一週間足らずでって……頭も股も緩い女のことなんかでぐずぐず悩むなんて時間の無駄よ」葉月は過激な発言をした。「裕璃って子は誰だか知らないけど、今の杉井のほうが断然かわいいと思うし。いや、誰が見てもそうだから。もうそんなどうしようもない子のことで一喜一憂しないようにしたほうがいいわよ?」
今の僕のほうがかわいいーーそれはたしかに、贔屓目を除いてもそうだと自覚している。
でも、恋心は見た目だけじゃ決まらないし、僕が可愛くなったからって、状況が一変するわけじゃないと思うんだけど。
「う、うん。わかった」
ひとまず頷いておいた。
言われたこと全てに肯定はできないけど、葉月に気にするなと言われたことで、少しは気持ちが楽になった。
予鈴のチャイムが鳴る。
「ーーせっかく……に……の友達になってもらう計画が……じゃない」
「え?」
チャイムのせいで、葉月がなにかを呟いたのか聞き取ることができなかった。
なにも解決していないのに、葉月にいろいろ言われただけで、裕璃への執着が薄れた気がした。
いや、なにもじゃない。勝手に悩んでいる気持ちを軽くしてくれたんだ。
なにか不思議な気分になってくる。
今朝のモヤモヤが少し晴れたような気持ちを抱く。
「それじゃ、またあとでね」
「うん? え?」
またあとで?
建前で適当に言っただけかもしれない。
だけど、葉月にもう一度会えるかもしれないと思うと、なぜだか気分が明るくなれた気がした。




