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Episode32/1.星の巡り(偽)

(74.)

 9月下旬、木曜日。

 水曜日は普段と同じ日常を過ごし、瑠衣を家まで送り自宅へと帰宅した。


 そして、翌日。今まさに帰りのホームルームで、文化祭のクラスの催しものは何にするか、クラス全体で話し合っていた。


 壇上には文化委員の男子と女子二人が立っている。

 そこから少し離れた横で椅子に座る雪見先生が眺めている状態だ。


 ーー当たり前の風景、平凡な日常。


 普通なら11月に控えた文化祭というイベントがあるし、平凡とは少し乖離した日常と思えるかもしれない。

 陰キャの僕には程遠いイベント。だけどクラスメートとして部外者ではない当事者。


 なのに、非日常に当てられ過ぎた僕の瞳には、それが非凡とは思えなくなっていた。

 未だに僕は、晴れない気分のまま、普段と変わらぬ日常を眺めている。


 一年時、僕は上手くクラスの輪に入れず、妙な緊張感と不安を感じながら文化祭に参加していた。

 でも……今はそんな気持ちさえ一切感じられない。


「文化祭の出し物候補は他にない~?」


 文化委員の女子ーーたしか蒼井とよくつるんでいる……来栖(くるす)みどりだ。来栖さんは黒板に提案された五つの候補を書き終え、頭だけ振り向きクラスメートに問う。


 黒板には、メイド喫茶、お化け屋敷、遊園地、屋台(たこ焼き)、TSキャバクラと書かれている。


 僕にはなにも関係ない。

 空ろな心……。


 ……ん?

 TSキャバクラ?


「TSキャバクラ? これ出したひと説明してよ~? TSってなに? そもそもキャバクラって、あたしは下品な気が……」


 来栖さんは首を傾げる。


 いや、TSって……トランスセクシャル、つまり性転換ってオタク用語じゃないか?

 いや、ほかにも意味や別の略称にも使われているけど。

 

「遊園地のヤツも意味不明じゃないか? 遊園地って、具体的になにをつくるんだよ」


 文化委員の男子ーーたしか名前は……犬飼(いぬかい)(まこと)も疑問を口にする。

 たしかに、遊園地って、具体的になにをしたいのか不明瞭だ。


「TSFはトランスセクシャルフィクション。そのフィクションを抜いたのがトランスセクシャル。ちょうどここに異能力で性転換した豊花ちゃんがいるだろ?」


 宮下が手を挙げ、僕に視線が集中する。

 いや、いやいやいや、諸に僕に関係あることじゃないか。


「それって豊花ちゃんに接待してもらうってこと? 可哀想~」


 クラスの端のほうの席に座っている女子は、笑いながらそう口にした。


「そもそも、俺はTS&男の娘キャバクラって書いた筈だぜ? なに男の娘の部分省いてんだよ?」


 クラスの女子に言われたことに対して、宮下はおどけた態度で文句を言う。


 ……っていうか、豊花ちゃん、って……。

 今の今まで一度も会話したことない女子(クラスメート)だよね?


「う~ん……ごめんなさいね。担任としてもキャバクラは容認できないかな? メイド喫茶もメイド服を予算で用意できないし」


 雪見先生がやんわりとした口調で却下する。


「キャバクラって、宮下おっさん過ぎない?」


 来栖さんが宮下に突っ込みを入れる。


「冗談だよ。喫茶でも別にいいぜ?」

「まあ、それなら問題ないかな? 男の娘ってなに?」


 来栖さんは考えるような素振りを見せる。


「女の子に見える男の事だよ。女装させるって言えばわかりやすいか?」

「言い出しっぺの宮下は真っ先に女装すんだよな?」


 犬飼くんが笑いながら言い放つ。

 宮下の女装姿を想像してみたが……似合わない。男らしい部分のある宮下に女装はミスマッチだろう。


「宮下はともかくとして、華奢な体してる男子なら数人いるかな……」

「おいおいマジかよ? 別の案話そうぜ? 俺は野郎の女装なんか見たくねーって」


 ちょくちょく言い争いになりつつ、放課後は過ぎていく。


 そもそも文化祭は11月中旬、そのまえに中間テストがやってくる。

 まだ文化祭についてアレコレ言うには時期が早い気もする。


 こうもやいやい皆みたく本気で臨む気持ちにはなれない。


 第一……。


「宮下……僕を巻き込もうとするの、やめてくれない?」

「バレたか」

「いや、むしろバレないと思っていたの?」


「本気で選ばれると思っちゃいねーよ。おまえが昨日も変わらず上の空だったから、ちょっとは現実(まえ)に目を向けてほしくてな?」


 宮下なりに考えた末でのいたずらだったのか。

 たしかに一瞬、ハッ? とはなったけど……。


 宮下と雑談してる最中に、メイド喫茶にバツが付けられていた。


「その内容だと、安全面が気にかかるから難しいわね~」

「ちぇー」


 話の中身を知るまえに、雪見先生の発言で、今しがた遊園地にもバツが付けられた。


「お化け屋敷って、僕たちだけでやっても寒くない? この狭い教室でお化け屋敷は本気を出さないと微妙な空気で終わる可能性高いと思わない?」


 クラスの……名前なんだったかな?

 背の低く可愛い顔立ちをした、まさに“女装が似合いそうな男子”が声を上げる。


「たしかにそうかも。石井(いしい)の言うことにも一理ある気がするけど、みんなどう思う?」


 そうだ、石井くんだ。

 ……未だに半数のクラスメートの名前を覚えていない。


 でも名前を出されたらそうだったと思い出すから、どこかで見たり聞いたりしたことがあるのはたしかだ。記憶の再認は機能しているらしい。


「俺も石井の意見に一票。ほかのクラスと被るかもしれねーし、この教室で驚かせるにはビックリ系がせいぜいだろ?」


 宮下が僕と話すのを中断して、石井くんに同意する。


 ビックリ系ーーホラーゲームの演出のひとつ、ジャンプスケアの様な、バッと飛び出したりして驚かせる真似しか教室じゃ無理だって感じか……。


 そのあとも、やりようはあるんじゃないか、演出次第、やっぱり無理、できる、ならアイデア出せよーーなど、クラスの陽の者は言い合いをして、なかなか決まらない。


 僕や陰の者はしょせんは日陰者。

 文化祭などイベントは、陽キャが決めればいい。


 それ以前に、僕はそれどころじゃない。

 石ころ程度の僕が、いったいどうすれば裕璃の殺害を止めることができるのか?


 考えないようにしても、思考に挟まり物事に集中できない。


 いっそ、SNSで異能力特殊捜査官見習いと明かし、裏で異能力犯罪死刑執行代理人が殺戮をしており、今回集団強姦被害に遭いかけた被害者が加害者を殺害したことで、加害者を殺そうとしているーーなんて、すべてぶちまけたらどうだろうか?


ーー考えなしか、きみは。まず機密情報漏洩で罰されるリスクや、虚偽の情報扱いとされ罰される可能性だってある。そして、異能力犯罪者を殺す機関がある等というのは“都市伝説”として既に出回っている。ーー


 そうなの?


ーーああ。隠謀論扱いされているがな。そもそもターゲットが犯罪者だ。同情を買う人は少ないだろう。それに、つい先日、あんな大量殺戮があったのに、ニュースではねじ曲げた報道がされていただろう?ーー


 ユタカの言うとおり、一昨日の夕方、テレビやネットのニュースでは『神奈川県内の特殊指定異能力犯罪組織。仲間同士の言い争いを発端に、組織内で大規模な殺し合い発生。死傷者、行方不明者多数』と報じられていた。


 そこには、無論、異能力犯罪死刑執行代理人という名称も、それどころか愛のある我が家のことも一切含まれてはいない。


 詳細に掲載されていたサイトで読んでも、革命により共産主義を目指していた異能力者を多数抱える反国家団体(特殊指定異能力犯罪組織)が、内部分裂により各地で殺し合いに発展したとなっていた。


 リベリオンズが共産主義を目指した組織というのは初耳だけど……そもそも愛のある我が家も異能力犯罪死刑執行代理人も書かれていない情報を信用していいものなのか、と思ってしまう。


 そもそも、共産主義ってなに?


ーーある一定の者たちが唱える理想論、絵空事だ。競争社会の資本主義とは真逆とも言える。社会主義、共産主義を謳いながら一部資本主義要素を取り入れていない“正規の国”を私は知らない。競争がなければ成長が鈍化するからな。さらには独裁政治と相性が良い。平等などという甘言に騙されて命を失った若もーー


 ごめんよくわからない……。

 日本がどっちなのかすら今の今まで知らなかったし。


ーー……まあいい。それより、ホームルームは終わったみたいだぞ?ーー


 ん?


「わ、わりぃ、豊花……」


 宮下が何故か謝ってくるなか、黒板を見た。

 そこには『TS&男の娘喫茶』と書き直された文字と、それ以外にバッテンされた状況が残っていた。


「ごめんね? ほかの男子も頑張るし、女子たちも妙にノリ気な子もいて……」

「杉井、頼んだ」


 考え込んでいる間に、いや、ユタカと話している間に、文化祭の出し物が決まってしまったらしい。

 文化委員の二人が一言謝り、僕の席から離れていった。


 TSの文字が、残ったまま……。


「……」

「怒るなよ、マジで悪かったって……受け悪そうにキャバクラとか男の娘とかTSとか書いたんだけどよ……」

「…………」

「本当に悪かった……」


 宮下に謝られるまま、僕は嘆息するのであった。


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