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Episode31/1.日常?①

(70.)

 頭の片隅から霧のようなモヤモヤを感じつつも、週を跨ぎ祝日を越え火曜日になった。

 学校では金土日月で裕璃の起こした問題を表面的に解決へ向けて動き出したみたいだが、火曜日から一生徒が平常どおり登校する事には変わらない。


 とはいえ瑠璃から聞いた話じな、学校はかなりの騒動に発展しているらしい。

 保護者への説明会等で、てんやわんや一悶着もあっただろうし、未だに解決には至っていない。

 保護者の不安もあるし、何より殺害された三人の親や教育委員会など、各所への対応に忙しいと思う。


 そして本日。だからと言って生徒の立場としては、何事もなく登校する日がやってきたのには違いない。


 いつもどおりプリーツスカートを履いてシャツブラウスを着る。女子用制服に着替えたあと、処方されている薬ーークエチアピンを飲み、アルプラゾラムを鞄にしまう。


 誰かに言われたからではない。どうしても頭にちらついて離れない不安感が増しているのを自覚しているからだ。


 ふたつの不安ーー。


 ひとつは、裕璃が行方不明になったこと。

 そしてふたつめは、金沢叶多が逃亡をつづけていること。


 それらのせいで、心配と不安が重なっていて、これ以上不安に苛まれた際に、直ぐに頓服の異霊体侵食阻害薬(抗不安薬)を使えるように気をつけるためだ。


 無論、喜ばしい事もあった。

 瑠璃は僕のことを『人生で初めて出来た唯一の大切な友達』と断言してくれたのだ。


 瑠璃曰く、打算的な気持ちじゃない。

 感情からーー本心から大切な存在だと言っていた。


 だけど……喜びや嬉しさのなかに、瑠璃から『赤羽のために危ない事をするな』と忠告されてしまった。

 情を感じさせるために、敢えて“唯一の友達”からのお願い事だと強調してまで……。


 瑠璃が本心から僕を友人だと思ってくれたのは、直感を通じて理解している。


 けれど……幼馴染みで恩人とも言える裕璃のことを、気にするなと言われただけで、裕璃のことが脳裏から離れることはない。


ーーユタカ、早く学校に行ったらどうだ? 少し遅れ気味だぞ。ーー


 ユタカに言われなくてもわかっている。

 僕は鞄を持ち、親に「行ってきます」と伝えて家から外に出た。




 学校に到着すると、あんな大惨事があったというのに、生徒の大半はいつもどおり気にしないで登校していた。


 皆、気にしていないのだろうか?

 あんな、バラバラ殺人があったというのに……。


 しかし、それは違うと直ぐにわかった。

 登校する生徒のなかには、敢えて校舎へつづく道を迂回して、死体と血溜まりが広がっていた地面をなるべく踏まないようにしている生徒もちらほら見かける。


 ああ、そうか。

 あの現場は、なにも全員が直接目にしたわけじゃない。


 現場を見ていなかったひとや、既に清掃されて、そこに死体があった形跡がなくなっていることから、気にしないひとは気にしていないだけだ。

 諸に現場を見てしまい、気にするひとが迂回しているのだろう。


「おはよう、豊花」


 と、背後から瑠璃の声が聴こえてきた。

 振り向くと、いつもと変わらない笑顔の瑠璃がいた。

 隣には瑠衣も一緒にいる。


 瑠璃は死体に見慣れているのかもしれない。

 流石は第2級異能力特殊捜査官ーーその名は伊達じゃない。

 死体のあった箇所を避けることなく、校舎へと真っ直ぐ向かう。


 しかし、その隣の瑠衣まで、特に気にする素振りは見せていない。

 「豊花、おはよ」と言いつつ手を繋いでくる。


 ちょっと待ってくれ。

 これじゃ、裕璃の言動も相成り、まるで僕が瑠衣に恋心を向けていると勘違いされてしまうじゃないか。


「瑠衣? 豊花が困っているでしょ。直ぐに豊花から手を離しなさい」


 瑠璃は予想外……今までだったら気にしなかった事を気にしているかのように、瑠衣の手を僕から無理やり離させた。

 

「す、杉井さん!」

「へ?」


 前方から走り寄ってきた、ネクタイの色からして後輩の男子生徒に、いきなり名前を呼ばれた。

 少し見覚えがある。たしか……瑠衣の教室にいた気がする。


 でも、僕は名前すら知らない、関わりのない後輩だ。

 彼は緊張しているのか、なかなか言葉を発しないで、噛み噛みになりながら話しかけてきた。

 

「あの……ごめん。名前覚えるのが苦手で……なにくんだっけ? いったいどうしたの?」


 後輩だし、瑠衣の教室で目にしただけだし、委員会も違う。

 帰宅部の僕とは部活でも接点がないし、そもそも瑠衣、瑠璃、宮下、裕璃、蒼井以外の生徒とは、ほとんど会話を交わしたことすらない。


 僕が聞き返すと、後輩はもじもじしながら、ようやく口を開く。


「あの、そのーーこれ、受け取ってください! あとで一人のときに読んでください!」


 ……why?

 渡してきたのは、手紙だった。

 なにか瑠璃や瑠衣には聞かれたくない、重要な話だったりするのだろうか?


「いや、言いたい事があるなら、歩きながら説明してくれない? わざわざ手紙で伝えるほど重要な事なの?」

「古風ねぇ……豊花、たぶんそれってラブレターよ? それにしても、せめて下駄箱に入れるとか、机に忍び込ませるとか、ほかに方法もあるでしょうに」


 ら、ラブレター?

 男だった僕に?

 ……へ!? 


 後輩は焦る素振りを見せる。

 この時代に……ラブレター?

 そもそも、どうして関わりが一切ない僕に?


「いや、もしも瑠璃が言うとおりラブレターだとしたら、僕は応えられないよ?」

「……どうして無理なんですか? 顔ですか? 性格ですか?」


 どうやら瑠璃の推測は当たっていたらしい。

 後輩はあわてふためき、僕に質問責めをしてくる。


 そもそもの話、僕は元男なんだけど……男に興味はないし。

 第一……。 


「ごめん。僕はきみがどういう性格なのかも、名前すらも知らないし。そもそも、好きな人がいるから……期待には応えられない」


 嘘はついていない。

 だって、僕は瑠璃のことが好きなんだし。


「そ、そうですか……やっぱり僕なんかじゃ相応しくないですもんね……」


 いや、だから、それ以前にほぼ初対面でしょ?

 そうか。クラスが違うどころか後輩なんだし、僕が元男だってことも、もしかしたら異能力者だとも知らないのかもしれない。


 後輩はとぼとぼ歩いて校舎の方に戻っていく。

 様子を窺っていたのか、その生徒の友達らしき男子二人から慰められていた。


「無理だって……」

「だから言っただろ? あんな美少女なんだし、普通なら彼氏くらい既にいるって」


 のっぴきならない言葉が聞こえた気がするのは、気のせいであってほしい。既に彼氏がいるだって?


 僕は同性愛者じゃない。

 彼氏なんてつくる気にもなれない!

 いや、今は、いや、これから永久に異性として見られるのかもしれないけど。


「流石にモテるわね? そんな容姿してたら」


 瑠璃におちょくられるように言われてしまう。


「まさか、会話すらしたことのない後輩から告白されるなんて、思いもしなかったよ……」

「豊花、好きな人、いるの? 私? 私のこと、だよね?」


 そもそもの話、瑠衣はありすのことが好きなんでしょ?

 態度を見ていれば、瑠璃みたいな観察眼なんてなくても、そのくらい瞭然だ。


 なんだか瑠衣が、瑠奈みたいに誰彼構わず女の子にナンパするような、最低なレズビアンになるんじゃないかと、平気で二股かけるようになるんじゃないかと……少しだけ不安になってしまう。


 あんな風になっちゃダメだよ瑠衣……。


 だけど、瑠衣が食いかかってくるのは想定内だったけど、瑠璃まで妙に気にしてきたのは意外だった。


「その……方便だよ。理由もなく振ったら傷つけるだろうし……やさしい嘘みたいなもの」


「ふーん……まあ、豊花が誰を好きになっても、口を挟む権利なんて私にはないし……でも、金沢みたいなヤツには引っ掛からないように気をつけなさいよ?」


 瑠璃は少し投げやりに忠告してくる。

 僕が好きなのは瑠璃ーーだととっくに勘づかれていると思っていたけど、それはなさそうで残念な様な安堵した様な複雑な気持ちを抱く。


 いや……とっくに気づかれているのかもしれないけど、明言しないよう気を使ってくれているのもしれない。

 沙鳥が瑠璃(本人)の前で余計な事を言っていたりしたし。


「いやいや、僕が男を好きになるなんてあり得ないから! 瑠璃は僕が元々男だったってこと知ってるでしょ?」

「たしかにそうだったわね。でも、その外見しか知らない私からすると、ちょくちょく豊花が男だったってことを忘れそうになるのよ、わかる?」


言わんとすることはわかるけど……。


「豊花も、私の、ものだよ?」


 いやいやいや、瑠衣は大切な友達だけど、瑠衣のものになった気はない。


「少なくともあんたはありす(あいつ)のことが好きなんでしょ? 欲張りするのはやめにしなさい」


 見知らぬ後輩を振ってしまったことに少し罪悪感を覚えながら、僕らは談笑しながら、それぞれの教室へと向かった。

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