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Episode29/4.暗転(後)

(68.)

 瑠奈に連れられ少し真っ直ぐ飛んだかと思えば、瑠奈は林の上空で飛行を停止した。

 地上を見下ろすと、複数の人が入り交じり戦っている様子が窺える。


 定期的にぴかぴかと激しい輝き全身から放つ、なかなか直視できない人物を瑠奈は指差し、「あれがルーナね? 逆恨みでわたしに因縁つけてくるヤツ」と教えてくれた。


 裕璃の姿を探すが、ルーナの輝きが辺りに影響しており、上空からでは視認できない。


 舞香がルーナの真横に現れたかと思えば、触れられる直前に大きく避けて躱している姿が目に映る。

 六花は拳でルーナを突く。が、ルーナには効かず、逆に手に持っているドスで反撃される。それを六花が回避した光景まで確認できた。


 刀子さんは少し離れた位置でマリアと思しき人物と対峙しており、何やら互いに間合いを窺っている。


 だけど、裕璃の人影は何処にも見当たらない。

 まさかーー既に現場(あそこ)にはいない?


「降りるよー!」

「ひっ!」


 身構えるまえに林のなかに落下するように着地する。

 初回みたく、地面すれすれで減速されて、ふんわりと地に足を着けた。


「ようやく、わたくしの前に姿を見せましたわね。ルーナエアウラ・ステラ・アリシュエール∴シルフ∴シルフィードさん?」


 ルーナは上空から現れた瑠奈を見つけると、長々とした別称で呼ぶ。

 ルーナエ……なんだって?


 彼女は白い輝きを常時身に纏い周囲に放っているせいで、どのような容姿かすら僕の目には映らない。


現実(向こう)で通じないからって異世界(こっち)に来ても、なんにも変わらないのは理解してるの? ルーナ・アセドアルデヒド・アリシュエール∴ルナール?」


 瑠奈は面倒そうな口調でそう返事をした。

 こちらもまた名前なのか別称なのか……とにかく長い呼び名だ。


「破壊・制圧力だけで実力を測られるせいで、貴女が序列7位で、わたくしが20位? 過ちはアリシュエール王国の判断基準でしてよ? 現にーー」


 舞香が光に包まれながら、再びルーナの隣に転移する。

 しかし、直後にルーナは舞香の腹部に、更なる輝きを集めた拳を叩き入れる。舞香は滑るように背後に引き下がり、腹を手のひらで抑えた。

 

 六花が背後から素早く僕を通り過ぎてルーナへと突進するが、体当たりが直撃しても、ルーナは平然とした様子で六花を弾き返す。


「ーーこちらの方々は、私に手も足も出ませんわ」


「その誤った余裕、わたしが叩き直してやる!」


 瑠奈は背後に大きく下がると、呪文の詠唱の様な言の葉を紡ぎ出す。


「ルーナエアウラの()()いて 風の精霊を喚起(かんき)する」


 瑠奈の足下に魔法円のような複雑な緑色の模様が広がる。


契約(けいやく)(した)がい (いま) 此処(ここ)現界(げんかい)せよ シルフ シルフィード!」


 瑠奈の左右に、緑髪をした羽のある少女二人が現れた。

 僕は辺りを見渡し、裕璃を探しつつ、その様子を横目で見る。


 おそらく瑠奈が口にしたとおり、シルフとシルフィードという名前の女の子なのだろう。

 でも、あのファンタジーな世界観の雰囲気と、ワンピースの様な白色の衣服の背中に空いた穴から生えている、あの羽はいったい……?


 舞香が奥の手として、離れた位置からルーナを真っ二つにしようとしたのか、片手をルーナに向ける。

 しかし、ルーナはフラッシュバンの様な閃光を体から放つと、そこにはルーナの姿が失せていた。


 辺りの木々に木霊するように、ルーナの声がどこからか響き渡る。


「さあ、手早く済ませてくださいませ。ルーナエアウラ、貴女の全力をーー精霊操術を……わたくしの全力で以て、叩き潰して差し上げますわ」


 精霊操術?

 瑠奈が扱っている不思議な力の名称だった筈。


 精霊……つまり、あの羽が生えた緑髪の少女は精霊?

 シルフーーファンタジーや異世界ものの作品で頻繁に目にする、風の精霊シルフってこと!?


 ルーナが言い終えて寸刻、瑠奈は大声で「同一化!」と叫ぶように言葉を発した。

 二人の少女ーー精霊、シルフとシルフィードが瑠奈の身体に重なる。

 直後、瑠奈の容姿が変貌した。


 瑠奈の髪が腰辺りまで伸びるや否や、片側のモミアゲの一部以外は黒髪だったのに、髪の毛すべてが透明感のある浅緑色に染まっていく。

 黒い瞳はティフニーブルーに変色していた。


 周囲にライトグリーンに輝く小さな光子が現れ、瑠奈の体を纏うように舞い始める。

 幼い顔立ちながらも高潔さも感じられる不可思議な姿ーー。


 その姿は、ただでさえ幻想的な容姿だったのが、完全にファンタジー世界から出してきたかのような見た目だと思えた。


 ルーナが木の影から姿を現す。


 ーーようやく、ルーナの全身が目に収まった。


 黄色がかった銀髪をしており、大人びた顔立ちで、立ち居振舞いや仕草が綺麗で、こちらもまた幻想的な風貌をしていた。


 思わず二人に交互に見惚れてしまい、裕璃を探すのを忘れそうになる。

 首を大きく振るい、裕璃の探索を再開する。

 しかし、ここら辺にはいないのか、手がかりさえも影さえも見当たらない。


「わたくしも、全力を以て下剋上を果たさせてもらいますわーー」

 ルーナはつづけて唱えた。

「ーー月界(げっかい)


 すると、まだ五時にもなっていないというのに、上空に偽物と思しき月が現れる。

 ほんの少し黄色がかった白色の無数の閃光が、木々の隙間から大地に差し込み始めた。


 瞬間、視界が眩む。

 まぶたを閉じる以外じゃ防ぎようのない、幾つもの空から差す光。

 それが視界に映るだけで、気が狂いそうになるーーそんな錯覚さえ抱いてしまう。


 ルーナ自身も再び輝きを放ち、視界が白い光だけで埋まりそうになる。


「チッ。かくれんぼとサンドバッグにしかならない聖霊操術師風情が。調子に乗ってんじゃねーぞーー風刃炸裂(ふうじんさくれつ)!」


 瑠奈は激昂するや否や、手のひらを前に向ける。

 直後、手を向けた射線上に幾重にも乱発される風刃が炸裂し、瑠奈の前にある木々がバラバラに切断されていく。

 しばらく前方までの草木を切り倒したあと、ようやく風刃が炸裂する様が止まる。


「ちょっと瑠奈! 私たちまで巻き添えになるから控えるか慎重に放って!」


 どうやら風刃が当たりそうになったのか、舞香は怒鳴るように瑠奈に伝えた。


 ーーいや、違う。


 よく確認すると、舞香の右腕には既に切り傷があった。

 実際に巻き添えを食らったあとらしい。


 木々が倒れて少しだけ視界が広がるが、空から放たれる無数の閃光で裕璃を探すのが困難のまま変わらない。


「チッ、うるっさいなー。全力出さずに負けたら責任取れんのか舞香ッ!」


 瑠奈はキレ気味に舞香に返事する。


 と、真横から誰かが襲いかかると直感が訴え、僕は視線をそちらに向ける。

 そこには金髪碧眼の女性ーーマリアが駆け寄ってくる姿があった。

 その背後から、追いかけるように刀子さんが走り来る姿も目に入る。


 一番無力な僕を人質に、刀子さんから逃げようとする気だ!


 ーー僕はそう思い、ナイフを真横に振る。マリアが躙り寄るのに対して牽制するためだ。


 思わず退いたマリアの背後に、刀子さんの日本刀による平突きが入る。

 貫通して抜くまでの一瞬、マリアの胸から刃が生えている様に見えた。


「ま、まって! まちなさーーッ!」


 倒れたマリアの命乞いを聞き終えるまえに、刀子さんは首に日本刀を真横に一閃。

 喉から血が噴水の様に飛び出し、辺りを朱で染める。


「やはり、足手まといにはならないな」


 自身の判断は正しかったーーと言うかのように、刀子さんはひとり頷く。


「あ、あの、裕璃は……?」

「ん? ああ。私らがしくじったのか、こいつと対峙している最中には、既に姿が見られなかった。逃した可能性が高いな……」


 刀子さんは、明らかに裕璃を殺害対象として見ていた。

 口ぶりからしてわかる。


 リベリオンズ殲滅作戦の殲滅するリベリオンズの一員として、裕璃をカウントしていることが……。


「赤羽は逃走。マリアは処した。あとは、あいつらが決着をつけるだけだな」


 刀子さんは手出しするつもりはないのか、気が狂いそうになる月明かりを平然と眺めながら、呟くように口にする。


「舞香、六花、刀子、豊花! 一ヶ所に固まるかこの場からさっさと失せろよ! 全力出せねぇだろーが!」


 瑠奈の背後が白く輝くと同時にルーナが現れ、背後からドスで刺そうとする。

 しかし、瑠奈にドスが当たる直前、謎の風壁(ふうへき)に遮られ、甲高い金属音が鳴り響く。


 ドスの刃が真っ二つに別れ、使いようがなくなる。

 瑠奈は振り返りながら、腕に纏った風刃をルーナに振るう。


「うっ!」


 ルーナの胴体に瑠奈の腕が直撃するが、鈍い声を出すものの、軽傷さえ与えられない。


「サンドバッグになるしか脳がないクセに粘るじャねーか! ルーナさんよー! アリーシャみたいな慎ましい聖霊操術師を少しは見習え!」

「ふふふふ、あははははッ! 全力尽くしても、わたくしの身体に切り傷ひとつ負わせられない憐れなルーナエアウラさん? その有り様で、よく魔女序列七位と謳えますわね?」


 閃光と緑の光子が交差する。


「っていうか、テメーよりアリーシャのほうがよっぽど脅威的な聖霊操術師だけどな!」

界系奥義(かいけいおうぎ)も扱えないグズになにを言われようと、わたくしのほうが高貴であるのはたしかでしてよ?」


 光のせいで、ちらほらとしか二人を視認できないなか、二人の言い争う声だけが耳に届く。


「これでは微風の足手まといだ。微風に任せて、残りは一旦ここから身を引くべきだろう」


 刀子さんがそう口にした直後ーー。


「瑠奈、舞香、それに六花。なにをちんたらしておるのじゃ?」


 ーーいつ、現れたのか。


 僕の右隣から聞き慣れない声が、透き通るように辺りに響いた。

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