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Episode29/1.暗転(後)

(67.)

 御薬袋の転移能力により、目的地の廃ホテルから少し離れた鬱蒼としている幾重にも木々がある地点に、僕たちは一瞬でワープしてきた。


 視界に映る景色が一瞬で変わるため、二度目の転移だというのに未だに慣れない。


 残暑の湿った暑さと緊張が合わさっているからか、妙に汗が額から垂れてくる。

 まだ昼の三時を過ぎたばかりだ。夜なら少しはマシになるだろうけど、一番暑さを感じる時間帯。


 じめじめとした残夏の匂いと、草木の泥臭い匂いが混ざり鼻孔を擽る。


 辺りに身を潜めるように、刀子さん、ありす、真中沙絵(まなかさえ)さんが腰を屈めている。

 そこに、やたら紳士然とした格好の男性ーー陽山が歩きながら近寄り、僕たちの前に姿を現した。片手に双眼鏡を持っている。


「陽山? なぜおまえが此処にいる?」


 刀子さんは陽山を警戒しながら疑問を呈す。

 陽山は嘆息すると、スマホを見せてきた。


「携帯に月影日氷子と思しき着信がワンコールだけあってね。なにかと探ってみたら、人質として拐われたそうじゃないか」


 陽山は刀子さんらの付近に屈む。


「僕は自死する者を愛しているのに、他人に殺されでもしたら困るんだ。僕は月影日氷子に死んでほしいわけじゃない。自害する瞬間を眺めたいだけさ」


 どこまでも歪んだ発言をする陽山を、ありすは不快そうな表情で見つめる。


「動機はともかく、陽山もリベリオンズ殲滅に手を貸してくれるってこと?」

「まさか。僕は僕で好きにやらせてもらうーーだけど、きみたちの邪魔をする気は毛頭ない。突入するタイミングは合わせることにしよう」


 陽山はあくまで月影さんの救出に来ただけであって、リベリオンズの生き死にには微塵も興味がないーーといった口ぶりだった。

 刀子さんは「足を引っ張るなよ」とだけ愚痴るように言う。


「では、打ち合わせどおり、早速我々一同は屋上に翔び上がり、上から攻めると伝え、戦力を分散させますね」

「ああ、おまえらの少しあと、正面から突入する」


 刀子さんの返事を聞いて、沙鳥は瑠奈に屋上まで飛翔するよう命令した。

 一階正面の見張りに見られても構わない。いや、むしろ目撃されたほうが都合が良いとまで沙鳥は口にする。


「んじゃ、みんなわたしの周りに集まって」


 瑠奈の周りに、沙鳥、舞香、六花、そして、最後に僕も集まった。

 瞬間ーー上空まで、僕らを連れて瑠奈は一気に飛翔する。


 風圧を感じるが、勢いの割に空気は強く当たってこない。

 瑠奈がなにか対策をしているのだろう。


 上空から屋上目掛けて、一気に着地する。

 着地前に勢いが緩み、そのおかげで勢いの割に足にダメージは負っていない。


「ではーーリベリオンズの皆様、お元気ですか?」


 沙鳥は屋上の地面を見下ろしながら、送心するため独り言のように呟き始める。


「これから屋上から一階へ、順番にリベリオンズの面々を殺戮していきます。以上」


 沙鳥は端的に廃ホテル内にいる人物全員に伝えると、瑠奈は六階に通じているであろう屋上の扉を風刃を放ち、バラバラにして吹き飛ばす。


 六階にも人がいたのか、ヤバイと思ったのか、顔写真にいなかった男たち二人が慌てた形相で屋上にやって来た。

 非・異能力者のリベリオンズの構成員ーー。


「ひとり、殺さないようにしてください。新たな目標のためにやるべきことがあります」


「テメーら愛のある我が家のーーべっ?」


 怒声を上げた男性の真横に舞香が転移したかと思えば、舞香は男性の肩に右手を当てる。直後、男の上半身が六花の前に現れ、下半身はその場で崩れ落ちる。


 それを目の当たりにしたもう一人の男は、恐怖からか身を翻して逃走を図るが、瑠奈が放った風弾(ふうだん)により、屋上にある扉のすぐ隣ーー壁に勢い良く衝突した。

 そのまま呻き声を上げ、痛みに悶える。


 目前に現れた男の上半身(死骸)から止めどなく溢れる血液を、六花は手酌で掬いじゅるじゅると音を立てて飲み始めた。


 血と鉄の匂いと、容赦ない攻撃による惨状、女子小学生の女の子が血を汚い音を立てながら飲む光景が一気に広がり、思わず吐き気を覚えてしまう。


 ーー異様な光景だった。


ーー血液パックなどではなく、敵から血液を奪う……いや啜るのか。B型肝炎等にならないか心配になるな?ーー


 16年生きて僕が少しずつ形成していった認知が、音を立てて崩れていくのを実感する。

 常識まで歪んでしまいそうだ……。


 沙鳥は瑠奈により倒され悶えたままの男の髪の毛を鷲掴みにして引き上げ、無理やり面を上げると、男の目と自身の瞳を交える。


「貴女がもし、誘拐されて嫌々ながらリベリオンズの命に従っているのであれば、貴女の命は助けて差し上げます」


 沙鳥は一度立ち上がり、痛みに悶えている男に蹴りを入れた。


「この方ではなく、この男の目と耳を経由して、覗き見している貴女ーー暗号名シルファさんに対して言っております」


 沙鳥は再び男の髪の毛を引っ張り、面を無理やり上げる。

 男の顔は痛みと絶望に染まりきっていた。


「隙があるなら、こちらに連絡を」沙鳥は僕に渡したのと同じ名刺を男の目に映す。「隙がないなら、相対した際、両手を挙げて無抵抗を合図してください。これを仲間に伝えた瞬間、貴女は敵と認定します。では」


 沙鳥は男から手を離すと、瑠奈が男の胴体に風刃(ふうじん)を放ち真っ二つに切断する。


「あの顔写真の中にいた新入りと(おぼ)しきシルファという方には、なるべく危害を加えずに屋上ーー私の前まで連行してきてください」

「なにを企んでいるのかわからないけど、承知したわ」


 舞香は返事をするなり、僕と六花についてくるよう手招きした。


 既に二つの死体が、肉塊になった人間が二つもあると言うのに、舞香や沙鳥、瑠奈、果ては最年少らしき六花まで、平然とした顔つきで気にも留めていない。


 僕は嘔気を我慢するのに精一杯だと言うのに……。

 けど、沙鳥は言っていた。瑠璃救出の主役は貴女だと。


 沙鳥、瑠奈と別れて、舞香と六花と一緒に屋上から六階に下った。

 人質が居るのは403号室、つまり四階だ。


 屋上への階段は通常の階段とは別の位置にあるらしく、近場に階段が都合良くあるわけではなかった。 


「ホテル内の地図さえあれば、こんな苦労しなくて済んだわね」


 辺りを見渡して階段を探そうとするなか、通路の奥から六階に上がってきたと思しき六人の男女が視界に映る。

 向こうも僕らに気がついたのか駆け寄ってくる。


 顔写真にあった男女は三人。


 ライトとドットという男性の異能力者。

 もうひとりは、リリーという女性の異能力者だ。


 あとは見覚えのない男性三人……非・異能力者の構成員だろう。


 ーー!?


 リリーが真っ直ぐこちらに指を向ける姿を見た瞬間、僕は咄嗟に身を躱す。

 直後、僕の真横にリリーの指から真っ直ぐ閃光(レーザー)が通り過ぎた。

 前情報で朧気に異能力は把握していたが、いま避けられたのは完全に直感の異能力による恩恵だ……。


 舞香の姿が見えないかと思えば、舞香はドットの真横に転移していた。先ほどみたく肩に手を当て、すぐさまドットを真っ二つに分解した。

 六花はリリーの閃光が放たれたのを背を屈めて避けると、颯爽と敵に駆け寄っていく。


 僕もナイフを取り出し、震える身体を奮い起たせ、五人となった相手に向かう。


「ーー感覚」


 再度放たれたリリーの閃光を、また来るという直感と、いかに避けるかを感覚で判断し、スムーズに躱して接近を止めない。


 そのリリーの目前に非・異能力者のリベリオンズが二人、立ち塞がる。滑り込むよう割って入ってきた。


 ひとりは拳で武器を所持していないようだが、ひとりはバールを手にしている。

 僕は殴りかかってくる拳を避けながら、バール男に注視する。しかし、得物なし男の様子も時折窺う。


 バールを一、二、三回振るが、僕はそれを、後退し、頭を前のめりに倒し、体をずらしつつ後部に顔を逸らし、三撃とも躱す。

 その隙に僕の小さな肢体を捕まえようともう一人の男がタックルしてくるが、それを大幅に下がり巧く回避する。


 すぐあと、リリーから放たれた一筋の閃光を頭を傾げ避けた。


 ーー不思議だ。


 舞香の蹴りよりだいぶ遅く感じる。

 手加減した舞香ひとりより、この人たち二人を相手にするほうが、よほど楽に感じられた。


 僕は感覚的に牽制目的でナイフを振るが、相手は避けなかった。腕に切り傷を与えてしまう。

 

 バールを避け、拳も避け、隙を窺い反撃。


 致命傷には至らない箇所ばかり切るように、無意識下で抑えているのを自覚する。

 どうしても、殺人に対して抵抗感を覚えてしまう。


ーーここでの殺人は罪にはならない。異能力者保護団体側か愛のある我が家が処理してくれるだろう。遠慮は不要だ。ーー


 バールの重たい一撃を躱すなり、ナイフで薄皮一枚切り刻む。


 そういう問題じゃない。

 ひとり殺したら、例え犯罪者相手でも、許容されていても人殺しだ。


 僕にはまだ、人殺しになる勇気なんてない!


 と、ふとリリーの閃光が来なくなったことに気がつく。


「ふざけんじゃねーぞメスガキがぁああ!」


 男はバールを両手で持つと、天高く振り上げた。

 ……が、それは虚空にさえ振り下ろされることはなかった。


 男の腹から小さな拳が生えてきたからだ。

 もう一人の男も、真っ二つになり絶命している。


 拳が引き抜かれ、バール男の姿勢が崩れ落ちる。

 倒れた男の背後にいたのは、血塗れの己の拳をペロペロ舐めている女児ーー霧城六花だった。


 ドットとライト、非異能力者の男一名は例外なく真っ二つになっており、舞香が殺したのだと直ぐにわかった。

 リリーと非異能力者の男二名は、腹部や心臓に孔が空いており、大量の血溜まりができている。六花の仕業だろう。


「豊花? 情けをかける相手じゃないことはわかっているわよね?」

「……はい」


 舞香がリリーたちが上がってきた階段に走り歩きで向かう。

 僕と六花はそれに追従するように歩く。


「人質の部屋に最短で向かう。けれど立ち塞がる相手は容赦しない。これが沙鳥のーーリーダーの命令なの」


 階段まで辿り着いて五階に降り、すぐに四階につづく階段がある。

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